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支援魔導師の呼出

幕間なのでいつもよりボケ多めな仕様です。

あと《ラピッドステップ》一行の過去が少し明かされる予定。

 屑ニートを討伐した《ラピッドステップ》一行が東方都市に帰還してから数日と経っていないある日のこと。ギルドマスターから私的な呼び出しを受けて執務室に顔を出していた。

 この私的というのが厄介なもので、本当に何ということのない話の場合もあれば屑ニートの件のように面倒ごとの場合もある。内容は分からない上に立場上の問題で下手に拒否することもできない。実質的に出頭命令と変わらない場合があるのである。

 とは言え今回はその手の厄介ごとではなく、しかしベンジャミン個人にとってはその手の厄介ごと以上の難件であった。


「まぁ落ち着きなよリーダー」

「とりあえず座って話を聞いたらどうだ?」

 ギルドマスターが差し出した一通の手紙を見るや否や中身を読まずに逃げ出そうとするベンジャミン。その普段とは違う姿に驚くフロウとは違い、サムエルとアナは少しからかうような調子で取り押さえようとする。その動きはどこか慣れたものである。


「こら離せお前ら! ExhaustイグゾーストStrengthストレングス!」

「本当に何なんですか!?」

 魔法を使ってまで逃げようとするベンジャミンの姿に思わず叫んだフロウの隣を、いつの間にか誰かが横切っていた。

ギルドマスター(わし)執務室(へや)で魔法を使うとはいい度胸だ。少し躾けてやろう」

「ならまず自分のところの馬鹿孫こそ躾けておけや爺さん!」


 沈黙は一瞬。


「貴様言うてはならんことを!」

EnchantエンチャントAbsorbentアブソーバント!」

 怒りやブランクのせいか少し狙いは荒いが、それでも並の冒険者より速く鋭いボクシングのジャブに似た攻撃が四連続でベンジャミンに向けて放たれる。現役時代の功績をもって王都に次ぐ四方都市が一角のギルドマスターの座に就いた猛者の腕は伊達ではない。

 対するベンジャミンも現役Sランク冒険者パーティーのリーダーを務めるだけあり判断は迅速かつ的確。放たれる拳の弾幕を前に強引な突破は不可能と見るや、下がりながらもローブに緩衝効果を付与させて隙を窺う。


 その姿に昔を思い出したのか、ギルドマスターも少し冷静さを取り戻す。

「ほう、今のを避けられるとは儂も衰えた――いや、ここは素直に貴様の成長を認めてやるとしよう。だからその成長した姿を存分に見せに行くが良い」

「ついにボケたか爺さん。会うのが嫌だからその不穏な手紙を読もうとさえしないんだろうが。それに俺が息災かどうか分からないわけがないだろうが」

「それとこれとは話が別だと分からんうちはまだ(わらし)よのう。まぁ女もおらず(みさお)も童では無理もなかろうが」

「さて残した(たね)であんな馬鹿孫が生まれたどこかの爺さんと比べたらどちらがマシなものかね」


「その減らず口を性根ごと叩き直してくれるわ!」

「文句があるならついでにその手紙も持ってあれに言いに行け!」




「……とりあえず、どういうことか説明してくれませんか?」

 旧世代の東方支部最強と新世代の東方支部最強が執務室の扉の前で無駄に高度な駆け引きを交えた戦闘を繰り広げている様子を離れて見ていたフロウが、ふと思い出したように隣のサムエルとアナに尋ねた。ギルドマスター参戦と同時に巻き込まれないよう退避していたらしい。

「まぁ一言で言うとねぇ、二人共マザーが苦手で避けているだけなの」


 まだ少年の頃に生まれ故郷から逃げ出したベンジャミンだが、そんな彼にも家族と呼べる存在はいる。もちろんピーター以外にもという意味で。

 それが王国北東部のとある修道院の裏手にある少し寂れた孤児院で暮らす孤児達、そしてベンジャミンを含む彼らの育ての親と呼ぶべき件のマザーである。

 ベンジャミンも世話になったことを感謝してはいるし、何なら冒険者としての稼ぎは生活費を除いて大半を匿名で寄付しているほどである。もっとも件のマザーには気付かれていたし、こちらは時間を取って顔を見せていたサムエルの密告により孤児達にも知られているのだが。


 話を戻そう。

 ベンジャミンが読まずに逃げようとした手紙。その差出人はお察しの通り件のマザーである。修道院でも性格は素晴らしいと評判なのだが、いかんせんキャラが濃すぎるせいで、嫌われはしないものの必要以上に近しくなりたくないという者も少なくない。

 まさにベンジャミンやギルドマスターがその内の一人である。


「たまには顔を見せに行かんかこの親不孝者が!」

「そんなに言うなら一緒に行く(道連れになる)か爺さん?」

「お断りだわい!!!!!!!!」

「今日一番の張った声で言うことか!?」


 先に少し触れたが、これが旧世代と新世代それぞれの冒険者ギルド東方支部における最強の冒険者同士による会話である。そんな二人に嫌われるでも恐れられるでもなくここまで避けられるマザー。ある意味では本人以上にそんなマザーに育てられている孤児達の方が気になるかもしれない。




 結論から言えば、ベンジャミンは執務室からの脱出に失敗した。相手が引退した元槍術家とはいえ支援魔導師が徒手空拳でどうにかできるわけがない、と言ってしまえばそれまでだが。

 そもそも相性が悪すぎる。ギルドマスターは固有能力の効果であらゆる弱化や状態異常を無効化できるため、支援魔法による搦め手を組み込むベンジャミンにとっては天敵である。

 しかし真に驚くべきは戦闘能力を直接的に上げられる類の固有能力ではないにも関わらずギルド最強の座に着いていたギルドマスター自身の素の戦闘能力だろう。たぶん爪楊枝で魔物を殺せる。


「ほれ招待状だ。せっかくの誕生日、たまには祝われてこんか」

「いい年した大人にはむしろ嫌がらせだろそれ……」

「何が『いい年した大人』だこの童めが。大人を名乗りたければ女の一人でも抱いてからにせんか」

「爺さんはそろそろ自重しろよ。そうは見えないだろうけど、仮にも今この部屋に女が二人いるのにそんな話ばっかりしやがって……」


「おいコラ待てやそうは見えない女(仮)ってアタシのことか? アタシのことなんだなおいそこの二人」

「私も久しぶりに院の皆に顔を見せに行こうかなぁ~」

「ボクは行ってみたいような、行って見てみたくないような……」


 そんなこんなで《ラピッドステップ》一行は、大きな仕事を終えた後の少し長い休暇に入るのであった。

心の準備が必要な方向けのヒント:名前の元ネタ

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