治癒術師の出会い
場所は移り、時間は少し遡る。
自称治癒術師の少年が乗る馬車の行き先、王国東部の中でも東に位置する地域。
そこから王国東部の都市部へと向かう格安の乗合馬車。様々な目的で都市部を目指す男達の中に、一人の少女がいた。
奇しくも数日前、この異世界における成人を迎えた少女は口減らし同然に家を追われ、僅かばかりの路銀と使い慣れた古いナイフを手に、一人で生きていくことになった。
固有能力の関係で女ながら狩りに連れていかれたこともあったため、少女はまず冒険者になり生活基盤を整えようと計画していた。成人を迎えたばかりの少女が見知らぬ地で、それも一人で生活するのだから、善意か罠か分からないものを頼るわけにはいかない。
そしてこの日、不安を抱える少女に己の未来を左右する出来事が起こる。
少女の乗る馬車は、街道での魔物の群れとの遭遇という僅か二件しか前例のない非常事態に直面した。いや、ただ遭遇しただけではない。何人が気付いていたかは分からないが、少なくとも少女は気付いていた。道端に生えている背の高い草に隠れて、馬車の後ろに回り込もうとしている動きに。
本来なら魔物が現れないはずの街道に魔物の群れが現れた時点で非常事態。その魔物の群れが仕組まれていたかのように迷いのない動きで馬車を挟み撃ちにしようとしているのだから、異常極まりない事態だと言えよう。
そこからの少女の決断と行動は迅速だった。
少女の固有能力であれば一人逃げ切ることもできただろう。逃げた後に一人で都市まで辿り着けるかはさておき。
だが少女は戦うことを選ぶ。
これから先、頼れる誰かに出会えるかどうかも分からない。ここで逃げ出せば、これからも逃げ続けることになる。そう考えての決断である。
この決断が引き際を心得ぬ蛮勇となるか、それとも勇ましい英断となるかは、神のみぞ知るところである。
そして、時間は少年が走り出したタイミングへと移る。
その場にいるのはバンプウルフが八匹と、傷は負えども深手はない少女が一人。
少女が乗ってきた馬車はとっくに街道を引き返した。
魔物は死ぬと黒い塵になって消えるため死体もない。
いくら狩りの経験があるとはいえ、いや、むしろ下手に普通の動物相手の狩りの経験があるからこそ、魔物相手の初の実戦で既に群れの半数以上を倒している少女の技術とセンス、そして固有能力が優れているのが分かる。
この少女は、強い。
しかしそれでも、このままでは生き残れない。
まだ底をついてこそいないが、魔物との初戦闘というプレッシャーの中で通常以上に消耗した体力は残り少ない。
いくら才能があろうとも、命を懸けた戦闘経験のない素人が単独で倒せるほど魔物の群れは甘くない。
せめてあと一人。一人だけでも増援があれば、まだ分からないが。
バンプウルフ側も勝利を確信してはいるようだが、だからこそ間合いを測り慎重に動いている。まだ少女が息絶えていない以上、群れとしては勝利できても、個体として死んでしまっては元も子もない。
そんな緊迫した状況。互いに下手に動けないこう着状態。
そこに、遠くから足音が近付いてきた。
この状況を動かす何者かが、駆け足で向かってきていた。
少女はバンプウルフ達から意識をそらさずに、その向こうから近付いてきた足音の主の方へと視線を向ける。
そこには、増援の姿があった。
今いる群れの個体より二回りは大きな身体をした、群れのボスらしき一匹のバンプウルフの姿があった。
ここにきて魔物側の増援が現れたことで、戦意を失わないよう気を入れようとした少女。まだ折れない意思の強さは素晴らしいが、この状況では一瞬でも相手から意識をそらせばどうなるかなど分かりきっている。
隙を突いたバンプウルフ達の攻撃により、ただでさえ削られている体力を回避で更に削られる。
ナイフを構えてけん制するも、ボスの指揮下にある今では効きが悪い。
かわして、かわして、かわして、かわして。
掠めて、掠めて、掠めて、掠めて。
そしてついに少女の足が止まる。
まだ限界ではないが、すぐには動けない。
迫りくるバンプウルフの突進をかわそうにも間に合わない。
「うおおおおおおっ!!」
ついに少女が死を覚悟したその時、雄叫びを上げて誰かが飛び込んできた。
最下級回復魔法しか使えない治癒術師の、少年が。
その手に盾はない。盾を装備していては走るのに邪魔だからだ。そして今から盾を取り出している余裕はない。
両腕を交差させてガードし、生身で魔物の攻撃を受ける。
「ぐぅっ!」
踏ん張りの効かない体勢のため、少女の手前まで吹き飛ばされる少年。
「えっ、ちょっ、何してるんですか!? 早く逃げ――れないですね! ああもう!!」
唐突な事態の変化に先ほど死を覚悟したことも忘れて混乱する少女。混乱しながらも少年だけでも逃がせないかと考える辺りお人よしらしい。
そして少年を庇うために少女は前に出ようとしたが、他でもない少年がそれを手で制して、震えないよう気を付けながら声を絞り出す。
「僕なら大丈夫です」
言いながらもう一方の手で魔法を使う。それしか使えない最下級回復魔法を。
「――《エイド》」
声が聞こえないように呟き、少年は気休めにもならない回復を自分に施す。
回復魔法特有の淡く青白い輝きを見て、少年を回復魔法が使える冒険者だと勘違いする。一応間違いではないが、まさか最下級回復魔法しか使えないとは思うまい。
「はぁ……死んでも恨まないでよ?」
「大丈夫です」
言いながら立ち上がり、マジックパックから盾を取り出して装備する。盾は半年近い強敵との戦いの中で損耗しており、少年の虚勢のようにいつ壊れてもおかしくはない。
それでも、戦う。
「さあ――来いっ!!」




