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最強武闘家の勝機

 三者三様。まさにその言葉を象徴するような事態が起きてしまった。

 屑ニートは隙を見せた少年の背に向けて貫手を繰り出した。

 少年は隙を見せてでも無能を突き飛ばして守ろうとした。

 無能は自殺行為と知らず屑ニートへの不意打ちを邪魔されたと憤った。

 この場に三人だけの人間が、こうも違う生き様を見せていた。


 無能はひとまず安全圏まで突き飛ばされた。

 屑ニートは貫手があと一センチで届くところまできた。

 少年はまだ回避動作に移れる状態ではなかった。

 そして事態は、最も可能性の高い結末を迎えることになる――




 ――唐突だが、ここで少し言葉遊びをしよう。

 もう潰えた可能性ではあるが、一・三パーセントとは言え少年が勝てた可能性は確かに存在していた。引き分けという生温い決着に至る可能性は初めから存在しなかったが。


 では屑ニートが勝つ可能性は何パーセントだったのだろうか。


 単純に考えれば、いや何も考えなければ、一〇〇から一・三を引いた九八・七パーセントが正解となるのだろう。しかし忘れてはならない。答えに至る手がかりは既に示されている。これは少年と屑ニートの決闘ではない。

 初めにそう宣言している通り、これはただの言葉遊びである。そして無能を守ろうとして少年が致命的な隙を晒すことになったように、第三者の介入は初めから可能性の内である。

 つまり――




 ――音もなく放たれた強力な衝撃波による一撃が屑ニートの肩に直撃し、少年に触れるはずだった貫手を放つ腕ごと大きく後ろへ弾き飛ばした。

 いつの間にかそこに居たことに、屑ニートは気付いていた。しかし少年へ素早い一撃を当てることだけを考えて貫手を放った体勢では、どの武術の技をしても急な回避行動に移れはしなかった。できることなど忌々しい敵に向けて怒りのままに声を荒げるくらいしかない。


「そんなに先に殺されたいのか、このクソウサ公があああああああああ!!!!」


「ベブッ?」

 何を馬鹿なことを。殺されるのはお前の方だろう? と言わんばかりの表情をウサギの顔で浮かべているのだから、なかなかシュールな光景である。

 そしてそんな表情を浮かべながらでも追撃は欠かさない。宙を蹴り飛び跳ねる力で加速を付けた蹴りで追撃の衝撃波を放つ。直後に逆の脚で跳んで一旦冷静に距離を取る。一度でも触れられれば死に繋がる相手に対して必要以上に間合いの内側にい続けることもない。


 何が起きたのか理解できない少年が目を丸くしてウサギを見つめるが、たとえ凝視したところで何者なのか理解できるわけもない。

 やけに手入れの行き届いている茶色がかったオレンジ色のふわふわした毛を見れば野生動物ということはなさそうだが、トレイルラビットが存在しない地域に住む少年にはそれが魔物なのかさえ判別しきれていない。先ほどの洗練された攻撃動作と環虹状に色付いている虹彩を見ればただの野生動物とは思わないだろうが。


 そんな少年にも理解できることはある。

 ウサギがこの場に乱入した時点で、勝敗などもう少年にも屑ニートにもどうしようもなく決定しているのだと。




 謎のウサギと謎の男。両者の戦いに割り込んだところでどちらにも勝てはしないと察した少年は、せめて邪魔だけはするまいと無能を取り押さえてついでに口も押さえながら、見ていることしかできない自分の弱さを受け入れて何か一つでも学び取ろうと必死に観戦していた。

 素人目には紙一重の戦いに見えるだろう。天賦の才を持つ少年でさえ、少しでも気を抜いたらそう感じてしまいそうになるほどである。

 しかしたとえ厚みが紙一重に等しいとしても、その隔たりは決して越えることのできない絶対的な差として存在している。


 強者同士の戦いを見る中で観察眼が磨かれ続けている少年は、この戦いの勝敗を分けることになるものを少しだけ理解し始めていた。

 武神オレツェエが作り上げた最強の身体なだけあって、単純かつ総合的な身体能力は謎の男こと屑ニートの方が上である。しかし謎のウサギことピーターは固有能力による機動力での優位を最大限に活用することで、屑ニートの攻撃を完全に見極めた上で紙一重で回避している。

 それだけしかできないのであれば、この戦いの勝利は屑ニートのものとなっていただろう。だが今のピーターは一匹ではない。環虹状の虹彩が示す通り、存在接続魔法により一つで一羽の最強となっている。なら屑ニート程度の相手に負ける理由などありはしない。


 勝敗の鍵は、いかに屑ニートに攻撃を当てられるかにある。固有能力により無理に放っているためか、衝撃波の射程は三〇センチ程度しかない。それより遠いと急激に威力が落ちてダメージにならない。ウサギの脚の長さ、というより短さを考えれば、三〇センチ伸ばしたところで間合いは屑ニートの方が広い。

 さらに衝撃波を放つためには加速をつけて蹴り出す動作が必要であり、攻撃の直前と直後に相手の間合いの内で隙を見せることになる。

 これだけなら屑ニートの方が有利であり勝機もあるように思えるだろう。その認識に間違いはない。そもそも性能や能力の差を考えれば一つで一羽の最強とて必勝とはいかない。相手は武神オレツェエが作り上げた、努力するまでもなく完成された最強の器の持ち主なのだから。


 しかしそれほどの差があるにも関わらず、勝つのは一つで一羽の最強である。そしてそこにご都合主義的ラッキーパンチなど一つもありはしない。

 例えるなら対戦格闘ゲームだろうか。コマンド入力によりキャラクター達は超人的な動きで様々な技を繰り出すことができるが、ただ大技を繰り出すだけで勝てるほど対戦は甘くない。プレイヤー同士の実力が高くなれば単発の技ではなく複雑に繋がるコンボが攻撃の主軸となるし、実力者同士の戦いともなれば即死コンボさえ手札の一枚にすぎず、フェイントと誘いを駆使した駆け引きやそれまでの相手の動きを分析しての先読みこそが最強の必殺技と化す。


 そして屑ニートには何もない。前世でも努力をしてこなかった屑ニートには戦いにおける駆け引きや先読みの必要性など理解できないし、それ以前に身体に刻まれた武術をコンボのように組み合わせ繋げる発想さえない。

 いくらこの異世界のあらゆる武術を体得した身体があろうとも、単発で神速のウサギを捉えられるような規格外の技は存在しない。魔物が存在する異世界なので地球とは違い対人だけでなく対魔物用の武術もなくはないが、神速で宙を跳ぶウサギに対処するという限定的すぎる状況など想定されるものではない。

 だからこそ技を繋げて相手の動きを制限したり誘導したりする必要があるのだが、それはゲーマーを含めたとしても修練の先にしかない技術である。この戦闘経験の差だけは屑ニートが今から何をしたところで覆せるものではない。




 それでも一つだけ、少年には気になっていることがある。

 まぐれ当たりをを期待しているわけではない、勝利を確信している屑ニートのどこか余裕のある態度が何を意味するのかが。

前回入れ忘れた余談

少年の空気塊による攻撃のイメージは空圧○です。螺旋○ではありません。

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