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トレイルラビットの実力

 さすがSランク冒険者パーティーと言うべきか、想定できるわけもない無能の大失態に対する反応は実に早かった。

「くそっ、焼き払えエリー!」

「言われなくても! Scatterスキャター Sparksスパークス!」

 等級としては下の上程度の火の粉をまき散らす小範囲攻撃魔法。だが強い魔物がいないこの地域で天才魔術師が両手の親指と小指の四つ同時に発動させれば、並の中級魔法を上回る範囲殲滅能力を発揮する。


ReinforceリインフォースStrengthストレングス

 サムエルの魔法が魔物達の第一陣を焼き払うことなど確認するまでもないと、アナに筋力強化魔法をかける。

「標的が来る前にここを離れる。悪いけど無能と不愉快なお供達を運んでおいてくれ」

「あのお荷物達が素直に運ばれてくれますかね?」

 《ラピッドステップ》の良心とも言えるフロウにそう言われる辺り、無能達の評価が良くなることは金輪際ないだろう。

「問題ない。EnchantエンチャントStrainストレイン Bindバインド

 付与した物に触れた相手の全身を強制的に限界までこわばらせ行動を抑制する魔法。それを無能達の肌着に直接付与することで拘束する。


「ナ、ナ ニ ヲ ス ル」

 全身のこわばりにより上手く話せない無能の言葉は無視して、一刻も早く一歩でも遠くこの場から離れるために移動を開始する。あと一〇秒もしないうちに屑ニートは姿を現すだろう。視界を遮るものなど何もないこの場所では、ただ逃げるだけではどうにもならない。


 だから、最も強い仲間が殿を務める。

「また後でな、ピーター」

「ベブッ」

 時間制限という枷を外した、最強のトレイルラビットが。




 その場に着いた屑ニートが見たのは、信じられないことに鎧を着てなお雑魚魔物を相手に負傷でもしたのか、何人も装備ごと運んでいる筋肉女。しょぼい魔法をばら撒いて雑魚魔物を倒しているガキ。フード付きの道着というダサい服装で先導している男。あと何もしていない奴。そんな一団だった。

 もちろん屑ニートにとって目ぼしい女はいない。しいて言えば無駄に高そうな鎧を着た金持ちのボンボンらしき奴から謝礼をふんだくれるかどうか。その程度の価値しかない。


 つまり、無駄足を踏んだということである。


「やれやれ寛大な心を持つ俺様じゃなければ許されない行為だぜ? さあ許してやるからその命で償えやコラぶっ殺す!!!!」

 誰が聞いても意味が分からないことを叫びながら、距離を詰めようと地面を蹴る。

 しかしその瞬間を狙いすましたかのように、蹴ろうとした地面の土が跳ねた。跳ね上がった土が服を汚すが、それ以上に大量の土が跳ねたせいで地面を蹴るはずの足が空を切り、あわや無様にこけさせられかける。


 犯人は少しばかり姿勢を崩した視線の先にいた。ウサギらしき何かが。

「ベブッ」

 気のせいか鼻で笑っているようにも見える。

「死ね」

 あってないようなプライドを傷付けられた屑ニートは、瞬時に標的を目の前のウサギに変えて最強の拳を振り下ろす。たかがウサギに避けられた拳がそのまま地面に触れるか否かというところで、拳を中心に半径三〇センチほどの範囲の地面が砕かれた。


 固有能力【破砕皮装甲】の効果である。

 本来なら屑ニートではなく天正社の魂が宿るはずだったこの肉体は、固有能力を含む全てが天正社のために最適化されている。そのため身体能力そのものはまだしも武術の動作となると常人には気付けない程度のほんの僅かなズレが存在するし、固有能力に至っては完全に別物になっている。

 そして恐ろしいことに【破砕皮装甲】の効果は天正社が得るはずだった固有能力より遥かに凶悪で、能力者が認めた物以外は皮膚に触れると問答無用で破砕されてしまう。その効果は物質に限らず魔法に対しても有効で、不意打ちを含むあらゆる攻撃は基本的に屑ニートには効かない。事実上無敵の能力である。


 さらに言えば、いわゆる酸欠狙いの策も通じない。炎と共に結界の中に閉じ込めてたとしても、この異世界にも酸素の役割を果たす気体はあるが、生物の呼吸で必要なそれと火の燃焼で必要なそれは別物である。呼吸できなくなる前に結界を破壊し外に出ることなどわけもない。

 しいて言えば溺死させることはできるかもしれないが、身体能力の高さを考えればそれを可能にするだけの大量の水を用意することも、あるいは大量の水がある場所に追い込むこともほぼ不可能である。


 その圧倒的優位を理解しているからか、屑ニートの動きは守りを考えていない攻撃一辺倒なものである。例えるならアクションゲーム素人によくある駆け引きも何もない突撃。しかし屑ニートの場合は相手からの攻撃だろうと触れれば破砕できる。もはや守る守らないという程度の話ではない。


 そんな屑ニートが相手でも、時間稼ぎならできる。そもそも単独でAランク上位相当とされるピーターが支援魔導師の支援を受けているのだから、その動きを目で追える者さえそう多くない。そんなピーターの動きをしっかりと捉え、攻撃を繰り出し、回避行動を取らせているだけ大したものである。さすがは武神が用意した最強の肉体ということか。

 しかしそれでも屑ニートの攻撃がピーターに当たることはない。揺れる長く垂れた耳に掠めることさえない。

 それが自分を最強主人公様だと勘違いしている屑ニートを苛立たせる。たかがウサギ一匹に振り回されるコメディパートなど不要だと、苛立ちのあまり速さより威力を重視した大技を繰り出してしまう。そうなれば余計に当たらなくなるという当たり前のことにも思い至らなくなる。




 そうしてどれだけの時間が過ぎたか。何かに反応したのかピーターがぴくりと耳を動かし、屑ニートから逃げるように大きく跳ぶ。ベンジャミン達が逃げた方向より右に一〇度ほどずれた方向に。

「逃がすかクソが!!」

 ほんの数センチも離されることなく屑ニートが追いすがるが、ピーターが今まで以上に力強く宙を蹴ると、その姿が消えた。

 屑ニートの目でも追いきれない速さで移動した、というわけではない。空間跳躍である。それを理解したわけではないだろうが、自分の目で追えなかったことから何となくただの移動ではないと察したのか、屑ニートの動きが一瞬だけ止まる。


「……俺様を舐めやがってクソウサギがあああああああああ!!!!」

 だがそれも一瞬のこと。怒りのままに全速力で駆ける。わざわざ一度この方向に跳んでから消えたのだから、この先にいるのだと考えて。


 それがベンジャミンが指示しておいた罠だと気付けるような冷静さなど、今の屑ニートにはあるわけもなかった。

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