最強武闘家の精神
件の男、テン・セイシャは転生者ではある。
しかし、テン・セイシャは天正社ではない。
一度死んだ以上はたとえ魂が同じでも前世の人物とは別人であるとか、その手の小難しい哲学的な話ではない。文字通り言葉通りの意味で、天正社とは違う人間の魂がその身に宿っているのである。
テン・セイシャの身体に宿る魂の前世の名は九頭新斗。才能や容姿や家柄などのあらゆる要素が偏差値五〇台前半という、平凡ながらも決して悪くはない人間として生まれた。それなのに何がどうなればそう育つのかは分からないが、生涯ただの一度も努力と呼べるようなことはせず、ただ天才は卑怯だ不公平だと独り愚痴をこぼしながら生きていた。
どこの世界で生きていたのか明言は避けるが、日本で言えば小学校から三流大学までろくに勉強せずに過ごして中退。職歴どころか就職活動歴さえなく、当然の義務だと言わんばかりの態度で親に養われ、親のクレジットカードでソシャゲに課金して日々ガチャを回す。そういうレベルの紛れもなく最低最悪な屑ニートであった。
そんな屑ニートの九頭新斗がどうして好人物な武人の天正社が転生するはずだった異世界に転生したのかと言えば――要は『神様の手違い』である。
九頭新斗が天正社と同日のほぼ同時刻にそう遠くない場所で死んだため、異世界に送る魂を取り違えたのである。神同士の取引でこのような酷い手違いが生じたとなれば、その詫びはいわゆる『異世界転生チーレム』の比ではないだろう。神格剥奪まで覚悟する必要もあるか。
余談だが、九頭新斗の死因は日本で言えば親のクレジットカード限度額までガチャを回すも爆死したことによる憤死である。まさに屑。
そんな暇を持て余す屑ニートである九頭新斗は、日本で言えばソシャゲのスタミナ消費の合間を動画やイラストや小説の無料投稿サイトで埋めるような怠惰な日々を過ごしていた。だから知っていた。いわゆる『異世界転生無双チーレム』系の物語を。日本人に限らずどこの世界にも似たようなことを考える者はいるらしい。
だから勘違いした。自分こそが『神様の手違いにより命を落としたのでそのお詫びに最強チート能力をもらって剣と魔法の中世ファンタジー風異世界に転生してあらゆる敵を相手に無双し美女美少女のハーレムを築き世に君臨する至高の存在となる主人公様』なのだと。
実に恐ろしい勘違いである。人間というものは四〇代半ばの中年男性になろうが職歴なしの童貞では大人にはなれないものらしい。重要なのは実年齢ではなく精神年齢ということか。
しかし屑ニートは何の疑いもなくそう信じている。むしろ内心「やっと俺様に相応しい才能や環境が用意されたか」と考えてさえいる。神様の手違いがなければ地獄に落ちることが確定していた分際で、よくここまで増長できるものである。
それで済めば問題はなかった。しいて言えばテン・セイシャの肉体が屑ニートの魂共々転生してすぐに魔物に殺されていただろうが、魂が魂なのでむしろ願ったり叶ったりの事態と言える。
しかし現実は違う。武神オレツェエが用意した武人として最強最高の肉体に、屑ニートの最低最悪な魂が宿ってしまっている。屑ニートの勘違いを力技で押し通してしまえるほどの、人の身に余る肉体に。
今回の事態の発端となった、三週間ほど前に王国南東部の村で起きた事件。その真相は実に身勝手でふざけた屑ニートの勘違いである。
屑ニートは勘違いにより勝手に物語のような事態が起きると考えた。例えば主人公様が現れた直後の襲撃では最低Aランク以上の超上位個体が現れて、主人公様の大活躍により絶体絶命の危機を乗り越える、と言った事態が。
しかしこの異世界ではそんなことは起こらない。根拠は二つある。
一つ目はAランク以上の魔物となると、その出現地点はある程度決まっている。いわゆる龍脈や龍穴のようなものがあり、死活問題である強力な魔物の出現予測地点の分布は遥か昔から知られている。神のイタズラでもない限りは件の村にAランク以上の魔物など絶対に現れはしない。
二つ目はそもそもの話として、今回の転生は武神オレツェエが別世界の武をこの異世界に取り入れようとしたものであるという点である。つまり定期的にゴブリンという外敵が現れるこの村は、異世界の武人より武を学ばせ、実戦にてその有効性を確かめるための試験場として最適な環境にあったのである。そんな地に才能ある者でなければ戦いにもならないAランクの魔物など現れては台無しになる。その恐れがないからこそ武神オレツェエはこの地にテン・セイシャを転生させた。
そうとは知らない屑ニートは身勝手に憤慨した。主人公様が最初に降臨してやった村のくせにイベントも起きなければハーレムに加えてやってもいい絶世の美女美少女もいない。仕方なく『クラスで一番人気の女子』レベルの女に相手させてやりながら待ってみたが何が起きる気配もないため、無駄な時間を使わせた村を滅ぼすという制裁を加えた。
というのが屑ニートの主観である。実に屑。
そしてそんな屑ニートは次の、いや真の最初のイベントと思われる事態に遭遇する。件の村を出てから数日後、魔物達が不自然にどこかへ集まるように動いているのを見たのである。
今度こそ強力な魔物と戦うイベントであり、ハーレムの一員に相応しいヒロインとの出会いであると、屑ニートはそう考えた。
違うなら違うで構わない。その時は寛大な心をもって、紛らわしい真似をした奴らを殺して許してやればいいだけなのだから、と。
屑キャラって書いているだけで心の中の何かが削られていく感じがしますね……
殺さなきゃ(ネタバレかどうかは本章の最後で)




