支援魔導師の憂鬱
見上げれば、雲一つない青い空。
右を向けば、波一つない青い湖。
「……Linkage:Stage Th――」
「いやいやいや、それは本当に勘弁して下さいリーダー」
左を向けば、塵一つ残す気がないベンジャミンの本気にフロウが浮かべる青い顔。
極力前を向かないようにしながら歩くサムエルとアナは、ついに左からも目をそらして歩くことにした。気配だけでも充分に危険を察知できる腕があるとはいえ、不用心なことに変わりはない。
二人がそこまでして見ないようにしている前を向きながら、ベンジャミンは逆に不気味な優しい声色で諭すように言葉を紡ぐ。
「大丈夫だ。ステージⅢなら死体もここじゃないどこかに蹴り飛ばせる」
貼り付けたような笑顔で軽く答えるベンジャミンの目が死んでいる。気の置けない仲間に冷たい怒気を向ける時とは違い、見ている方まで陰鬱とさせられるほどに生気がない。
「いやそれ何一つとして大丈夫ではないですからね。そもそも死体の有無以前に行方不明の時点で大問題ですからね」
「ヤバいよアナ姐。リーダーが壊れた」
「んなもん叩けば直るだろ?」
調子の悪い家電に対するオバサンのような発言だが、それを指摘できる者はいない。
明らかに大丈夫ではないベンジャミンを落ち着けようと、ピーターがフードの中から伸ばした耳を必死にモフモフと動かしている。それがなければ既に最悪の事態が起きていたかもしれない。
そこまでベンジャミンを不快にさせている原因は、少し離れた前方でただただ的外れな戯言を垂れ流している。
「そこの男! 貴様のせいで行程に遅れが生じているではないか! これだから他人に寄生するしか能のない支援術師風情は迷惑なのだ!」
「……」
「駄目ですからね。治癒術師として気持ちは分かりますけど『その支援術師風情に魔法なしの接近戦でも勝てないお前こそ能がないとその身をもって理解させてやろう』って流れで叩き潰したりしたら、最悪降格処分もありえますからね」
実に素早い反応に慣れた様子の対応である。同じ半年でもコウとフロウでは《ラピッドステップ》への馴染み方にはこれほどまでの差があるらしい。
「大丈夫だ。心を折れば問題ない」
「だからそれ何一つとして大丈夫ではないですからね」
本来とは違う形で各方面の命を預けられているフロウの精神がいつまで持つか。それに王国の未来さえかかっていることを、まだ誰も知らない。
事の発端は三週間ほど前に王国南東部で起きた事件である。
どこからともなく突然現れた男が用心棒と称して辺境の村に居座った。用心棒と言われても魔物の被害は週一で現れるゴブリン迎撃時に村の若い衆に負傷者が出る程度なので「貴方様ほどの強者がこのような田舎にいてはもったいない」などと上手くお世辞を言いながら遠回しに立ち去ってもらおうとしたが男が逆上。男が現れてから次のゴブリン襲撃までの短い間に、辺境の村は用心棒を自称したはずの男の手により壊滅した。
辛くも逃げ延びた村人の生き残り曰く、男がまだ手をつけていなかった若く器量の良い女達を除く村人は目についた端から皆殺しにされて、残された女達のその後は分からないという。
そして男の実力だが、男が現れた時に村の会議で村長が語った話によると、若かりし頃に一度見たBランク冒険者パーティーと互角かそれ以上の何かを感じたという。素人判断なので信憑性には欠けるが、少なくとも男に村一つを単身で滅ぼせるだけの実力があるのは事実。迂闊な対応は被害を広げることになりかねない。
そんな話が村の位置の関係で東方と南方、両方の都市に持ち込まれた。より正確には生き残りの村人が二手に分かた結果だが、これにより事態がさらに面倒な方へ転がってしまう。
この件が南方のある人物に知られてしまったのである。
その人物は王国南南東に小さな領地を持つ貴族の三男坊で、親の権力によりお飾り役職として騎士団に所属していた。戦闘面でも事務処理面でも無能なため正しくお飾りであったが、何故かこの件に口を出し、仮にも村一つを単身で滅ぼせる男を『田舎の村で威張る程度の奴なんて雑魚』と甘く見て討伐を公言してしまった。そんな権限はないにも関わらず。
権限がないとは言え、一応は正式に騎士団の一員である者が公言してしまった以上、市民の信頼を失わないためにも何もしないわけにはいかない。
しかしそこで問題となるのが、実戦経験どころかまともな訓練の経験さえないくせに参戦まで公言してしまった無能の存在である。男を甘く見ているからこそなのだろうが、そもそも戦闘以前に現地まで辿り着けるのかさえ疑問である。途中までならまだしも、まさか現場の村まで馬車で優雅に向かうつもりでもあるまい――と言わせてもらえないのが無能たる証か。
本来であれば然るべき調査を行い、確実に遂行できるよう部隊を編成し、事態に対処するものである。しかしそれは既に不可能である。本人の公言と馬鹿親貴族からの圧力により、無能を連れて行かなければならないために。
敵戦力は不明。唯一の情報は生き残りの村人が伝えた村長の話という信憑性の低いものであり、その情報にしても個人がBランク冒険者パーティーそのものと互角以上という、にわかには信じがたい話。
仮に信じるなら騎士団でも上位の者でなければ足手まといにしかならない戦場に、戦死どころか負傷でさえ問題の種になる無能を連れて行かなければならない。それも男を甘く見ている状況から察するに、実力差を弁えずに突貫する危険性が高い。
戦場における最大の脅威は無能な働き者の味方とはよく言ったものである。足手まとい呼ばわりさえ生温い無能のお守りをしながら戦力が未知である敵を相手にするなど不可能であり、この状況を打破できる者など南方都市所属の騎士団どころか、王国全土を探してもどうにかすることができる者がいるとは思えない。
当の馬鹿な雑魚をそこそこの戦力に引き上げられるような、現代唯一の支援魔導師率いるSランク冒険者パーティーでもない限りは。
というわけで冒険者ギルドを通しての要請により、南方都市の騎士団に協力することになってしまった《ラピッドステップ》一行。むしろ騎士団側の人員が無能とその世話係達という意味不明な編成である時点で実質的に件の男の退治も含めて丸投げである。破格の報酬だと思い引き受けてみれば割に合わない内容にも不快感を募らせるベンジャミンは、人命に関わらない範囲でなら暴れてもいいのではなかろうか。
「……」
「魔物ですよね。魔物の存在を感知したから魔法発動待機しているんですよね。まさか前の人に両手の五指全ての魔法を使うようなことはありませんよね」
「大丈夫だ。両足の指でも発動させる」
「いやだからそれ何一つとして大丈夫ではないですからね」
しれっと半年経過させていくスタイル。




