闘争を司る神の思惑
唐突だが『神様の手違いにより命を落としたのでそのお詫びに最強チート能力をもらって剣と魔法の中世ファンタジー風異世界に転生する』という始まり方をする物語を目にしたことはあるだろうか。
もちろん物語と前置きしている以上『主人公にチート能力を与えて異世界に転生させるための舞台装置』などと身も蓋もなく割り切ることもできる。しかし少しだけ考えてみてほしい。
何故この神は詫びと称して異世界に転生させるのか、という点について。
物語にもよるが、基本的に転生させたらそれっきりであり、連絡が取れない以前に転生後の異世界には前世で聞いた覚えのある神や宗教の名前さえ存在しないことが多い。つまり主人公を転生させた神は自身の信者どころかその存在を知る者さえいない異世界に主人公を放り出している。
これのどこが詫びだと言うのか。
さらに言えば、物語によっては与えるチート能力は選ばせるのに、転生先に関しては元の前世の世界を含め選ばせないことが多い。それも加護を与えて転生先の異世界でも使徒として手厚く迎え入れられるようにするわけでもなく、逆に転生先の神や宗教団体との争いの火種になりかねないときている。
こうして考えてみた時、主人公を異世界転生させるための舞台装置としてではなく、手違いで下界の者の命を奪う失態を犯した神としての視点に立ってみれば、面白い見え方がしないだろうか。
例えばそれは、乱暴に扱ったせいで壊してしまった新品のオモチャを押し入れの奥に隠そうとする幼児のような姿に。
例えばそれは、赤点を取ったテストの答案用紙をもう読まない漫画雑誌の間に挿んで隠そうとする学生のような姿に。
例えばそれは、仕事のミスを問題が起きさえしなければいいのだと誰にも報告せずに隠そうとする新卒のような姿に、見えてきたりはしないだろうか。
そもそも手違いという言葉が出た時点で、人命を含む下界の様々なものを神が管理しているということになる。そして神が唯一神でない限りは、下界の管理は天使や下級神の仕事だろう。少々俗な気もするが、そう考えれば面白い仮説が立てられる。
要するに詫びとしてではなく、証拠隠滅のための異世界転生ではないだろうか。
そもそも神にしてみれば下等な存在である人間に詫びる時点でおかしな話である。人間が犬や猫を傷付けたとして、罪に問われることはあっても当の犬や猫に償うという話など聞いたことがない。言い方は悪いが七〇億もいる人間の内、特に突出した何かがあるわけでもない個体を死なせたところでどれほどの詫びや償いが必要だと言うのか。
少なくともどこの宗教の何という神なのかも明かさないような相手の話など、嬉々として受け入れられるものではない。死んだと告げられたのに妙に冷静だなどと言われる主人公もいるが、ろくな情報もなしに未知の異世界に転生させられると聞いて何も言わない時点で冷静さの欠片もない。つい今しがた手違いで自分を死なせた神相手に何を信じられると言うのか。
と、ここまで考えたところで少し考え方を変えてみる。
ここまでは本当に手違いであること、そして単独犯であることを前提としている。だがその前提は信用できるだろうか。前述の通り相手は名乗りもせずに未知の異世界に放り出そうとしている神である。信用できる余地などどこにもありはしない。
では仮に嘘だとすれば事実は何なのか。それは是が非でも異世界に転生させようとしていることが答えではないだろうか。
例えば各世界の神同士の間で成立した人身売買。チートを与えさえすれば誰でもいいからこそ、特に何があるわけでもない個体をくれてやったと考えたらどうだろうか。
例えば異世界の神による拉致。何故か回線が繋がるスマホなどにより地球の知識を手に入れられさえすれば誰でもいいからこそ、失踪したと地球の神々が気付けないような特に何があるわけでもない個体を連れてきたと考えたらどうだろうか。
人権? 神にとって信者でもない有象無象にどれだけの価値があると言うのか。人にとっての野良犬や野良猫くらいなものだろう。あるいはそれ以下かもしれない。
何にしても、相手は神であって人間ではない。人間を基準にした人間同士での価値観など意味もなければ役にも立たない。人間が人間と犬や猫を同列に扱わないのと同じだと思うしかない。
そんなことはありえないと思うだろうか。
そう思うのは勝手だが、少なくともベンジャミン達が生きる異世界においては現実に起きていることである。
闘争を司る男神オレツェエ。
異世界において対人、対魔物を問わず武術や戦術が停滞していることを不服とし、天寿を全うする前に亡くなった優れた武人の魂を手に入れて武術革命を起こそうと、他の世界の神々を相手に取引を持ち掛けていた。
そしてある世界の神との取引が成立し、一人の武人の魂が送られる手筈となった。
前世の名は天正社。酒にも女にも賭け事にも溺れることなく愚直に武の道を歩み続け、免許皆伝まであと一歩というところまで至るも、わき見運転の車に轢かれそうになっていた老婆と幼児を二人同時に傷一つ負わせることなく救い出し、代わりに命を落とした好人物である。
器はとうの昔に用意されていた。ベンジャミン達が生きる異世界に存在するあらゆる武術を体得し、人類の限界の身体能力まで有する、二〇歳前後のまだ若く健康な肉体が。
そして武神オレツェエは送られてきた前世の記憶や技能が刻み込まれたままの魂を器たる肉体に宿し、転生を完了させた。
こと武道においては異世界最強の能力を持つ転生者が下界に姿を現してから僅か二日後。事態は動き始める――
というわけで始まりました第二章です。
某なろう作品のアニメ放送が始まったので、ふと思ったことを。
昨今は省略されがちですが、転生させるならやはり前世の死因は必要な気がしますね。
欲を言えばそれを後の展開に繋げられればなお良し。




