一人と一匹の最強
ベンジャミンの固有能力は【看破】の神眼と言い、鑑定系の固有能力の中でも五指に入る最上級の効果がある。特に自他問わず固有能力の詳細まで見ることができる点において、ベンジャミンはこの固有能力を重宝している。
目的のためにSランクに至る上で、自分と相性が良くSランクで通用する将来性のある仲間を探すことは、支援魔法の使い手であるベンジャミンには最重要事項であった。それでもサムエルにアナにフロウという恵まれた仲間達と出会えたことは、彼の人生で二番目の僥倖であった。
声を上げた一人と一匹に不快感を抱いたのか、はたまた何かの危険を察知したのか、人型の行動は迅速であった。
コウとロインを無視してベンジャミンの下へ瞬時に移動し拳を振るう。単純だが敵対者にあらゆる行動を許さない戦闘能力の高さで行えば、むしろ単純だからこそ無敵の必殺技と化す。
だから次の瞬間には、ベンジャミンの肉片が散らばっていなければならない。人型の中身である復讐の神ザ=マァにしてみれば、それは決定事項であるはずだった。
しかし現実には、逆に人型の身体を構成する黒い塵の方が飛び散っていた。まるで踏みつけられて跳ね上がった水溜りの水のように。
「おいおいどうした神様? うちの【跳越者】はまだ全力を出してはいないぞ?」
煽るベンジャミンを肉片に変えようと、既に再生を終えた人型が再び動く。次の瞬間にはベンジャミンは死ぬ。そうならなければおかしい速度で。
だがやはり人型の身体の方が弾け飛んでしまう。一瞬の間に割り込んでは人型を返り討ちにして邪魔をする何かがある。
人型は今回はそれが何かを捕捉していた。しかしその異常を前に、今度は再生を終えてもすぐには動けずにいる。無理もない。人型でさえ速すぎて完全には補足できないその影が――茶色がかったオレンジ色の、妙にふわふわした毛の何かなのだから。
人型には、その中身である復讐の神ザ=マァには理解できない。それが何なのか。
「ベブッ」
その特徴に該当する何かはいるが、認められるわけがない。たかが愛玩用として人気なだけの雑魚魔物に、神が自ら作り上げた依代を蹂躙できる力があるわけがない。
しかしどれだけ否定しても、現実は変わらない。
ベンジャミンにピーターと名付けられたトレイルラビット。その一匹こそがベンジャミンがSランク冒険者を目指した理由であり、組めば真の最強を成す切り札であり、幼少より一人と一匹で支え合いながら必死に生きてきた相棒である。
そして【跳越者】とは、特異個体であるピーターが魔物でありながら生まれ持つ、最強の固有能力の名前である。その効果は片鱗でさえ桁外れに高く、現時点で行使したものだけでも、人型に反応させない高速移動を可能にする水平方向への跳躍力、不完全な人型の身体を構成する黒い塵を蹴りで跳ね上げる、などと『跳ねる』ことに関しては神さえ『超越』するほどの力を得られる。
規格外の性能を誇る【跳越者】の固有能力だが、使い手に致命的な欠点がある、トレイルラビットという種である以上、ピーターも例外なく全力戦闘が一秒しか持たない体力の無さをしている。
その欠点を補うのがベンジャミンを魔導師たらしめる自作の魔法である。支援魔法とは何もかもが違う、系統外にして等級外の魔法。その効果により術者と対象者の存在を深い部分で繋ぎ、お互いの魔力や体力などの力の融通を可能にする。さらにベンジャミンは高い魔力制御技術により、この繋がりを通してピーターに対してノータイムで支援魔法をかけることができる。
つまり鍛え上げられたベンジャミンの体力をもって、魔導師の支援魔法をノータイムで受けられるピーターが、跳ねることなら神さえ越える力をもって跳ね回り敵を蹴飛ばす、ということである。
それが冒険者や騎士のような戦闘が本職である人間でさえ視認できない速度であることを考えれば、どれほど恐ろしい話か分かるだろう。蹴ると同時に敵を足場と見なして飛び跳ねれば、ベンジャミンの体力が持つ限り視認さえ不可能な神速のウサギが蹂躙する。
そして、忘れてはならない。ベンジャミン曰く、これでもまだ一人と一匹は全力を出してはいないのだということ。
「マ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
怒声らしき声を上げて、人型が動こうとする。しかし一歩も動くことができない。人型が動き出すより早く、ピーターが蹴り続けているせいで。
城門前の集団には何が起きているのかなど分かるわけがない。しかし彼らにも見えているものはある。恐ろしい速度で再生しているはずなのに、空中でさえ跳ねるピーターにより跳ね飛ばされ跳ね上げられた黒い塵が、薄霧のように広範囲に散らされ、集結できずにいる現実は見えている。
だがそれでも、復讐を司るとは言えやはり相手は神というだけのことはある。
圧倒しているのはあくまで不完全な依代であり、本体の戦闘能力はこの程度ではない。そういう意味もあるにはあるが、今の本題はそこではない。
神が下界に干渉するための膨大なエネルギー。その総量もまた桁外れであり、今の調子で削り続けてもベンジャミンの体力の方が必ず先に尽きてしまう。
勝てない。
それを知りながら、それでもベンジャミンに不安などない。虹色に輝く瞳で人型を、その奥のさらに先にあるものを見続ける。
やがてベンジャミンは小さく呟いた。
「――見付けた」




