支援魔導師の誤算
間に合ってしまった本日四話目。
《ラピッドステップ》メンバーの名前の元ネタ、
多分今回で皆さん察するかと思います。
シュジン・コウの感情さえどうにかすれば、今回の件もどうにかできる。
それは過去の例からも明らかな事実で、今回の件にも適応される確かな現実である――はずだった。
確かに今なお中核を成しているのはシュジン・コウである。もう逆恨みの感情など消え失せた今もなお、彼は復讐の神ザ=マァにより中核に据えられている。
かつてない規模の干渉が可能であった今回、復讐の神ザ=マァはコウ一人から糧を得るのではなく、コウを復讐心の集積場として、本来ならば取るに足らない者達からも微々たるものながら糧を得ようとした。
そしてその企ては、それを成すシステムは、ほんの数時間前に完成していた。
僅か数時間。されど数時間。コウの感情をどうにかするためとは言え、化物の到着を待ち受けている間に過ぎてしまった時間が、事態を激変させていた。
「何だ。何なんだよ、あれ……!?」
遠い城門前の集団からは見えていないだろう。小走りで向かっているフロウや、サムエルも気付いていないだろう。化物に最も近い場所にいるアナでさえ、気付いていないかもしれない。
化物の再生速度が見るからに落ちたかと思えば、今や再生そのものを止めている。それがベンジャミンの狙い通りの事態であれば喜ばしいことだが、現実はそうではない。
そもそも誰が想定できるというのか。散っていくはずの黒い塵が、化物の身体ではなくその傍らで、何かを起点に人型に集結する事態など。
そしてついに、化物の全身が急に黒い塵へと変わる。集団からは歓声が上がるが、もちろん《ラピッドステップ》は逆に誰もが警戒を強めた。
だからこそ、全員が初動に対応できた。
「Reinforce:Toughness! Enchant:Absorbent!」
まずベンジャミンが耐久力強化と衝撃吸収性付与をアナにかける。
次にフロウが全力で駆けだし前へ向かう。
「遮れ! Flame Shield!」
続いてサムエルが焔の盾をアナの前に張る。
そしてアナは重すぎる武器を手放し後ろに跳ぶ。
「癒し続けよ! Retain-Restoration!」
さらにフロウが継続回復魔法をアナにかける。
最後にアナが空中でマジックパックから盾にできそうな武器を取り出して構える。
《ラピッドステップ》がそれだけの対応を済ませるまでに起きたこと。
全ての黒い塵が例の人型に集結し、身長二メートルほどのサイズに圧縮された。
突如コウが激痛に襲われて、悲鳴を上げて地面をのたうち回り始めた。
そして人型が黒い塵の身体の動きを確認するように、僅かに身じろぎした。
ただそれだけのことが起きた後、アナが殴り飛ばされていた。
距離を詰め、焔の盾を破り、盾代わりの武器を砕き、拳を振るい、衝撃吸収性を突き抜け、アナの身体を殴り飛ばしていた。あまりの速さにベンジャミン以外はまだアナが殴り飛ばされたという結果にさえ気付いていない。
己の存在を示すように、その人型は産声を上げた。
「ザ゛マ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
錆びた金切り声とでも言いたくなる、汚く濁る産声を。
「はは、ご対面なんてサービスは、熱心な信者にしてやれよ、クソ神様……!」
他の誰に分からなくても、ベンジャミンには分かる。それがただの人型なわけはなく、復讐の神ザ=マァが、遣わした化物の身体を材料に自ら作り上げた依代であると。
つまり人型に宿る意思こそが、復讐の神ザ=マァそのものであると。
さすがにベンジャミンでも神との直接対決までは考えていない。いや、考えられるわけがない。決して勝てはしない相手との戦いなど、前提にする方がおかしな話ではないか。
(今の戦力で何ができる? ……何かできる気がしない)
サムエルは既に最大火力を撃ち終えた後。魔力ポーションで回復させてはいても、気力も魔力も上級魔法がギリギリ撃てる程度しかないだろう。普通ならそれだけで過剰なくらいだが、相手が悪すぎる。
アナは既に瀕死の重傷である。フロウが先に【無極増強】使用の継続回復魔法をかけていなければ、回復魔法をかける間もなく生命力を削り切られて即死していた。魔力ポーションでフロウを回復させたとしても、戦線復帰できるほどの回復はできないだろう。
フロウはもちろん、ベンジャミンとてあの人型相手に殴り合えはしない。
不幸中の幸いは、コウが逆恨みを止めたことであの人型が本調子ではないこと。それは言い換えれば、中核が不安定でもなお、アナを瞬殺できる戦闘能力があるということでもある。
《ラピッドステップ》と言えども今の戦力では話にならない。せめてベンジャミンが心待ちにしていた切り札があれば戦えるのだが。
それが手札に加わるのも時間の問題だとしても、今手札にないのでは意味がない。
その時、ふと人型が頭に当たる部分を小さく動かした。まるで視線をどこか別の場所に向けるかのように。
冷静さを欠いていたベンジャミンが、思わず釣られて視線の先を追う。
「……駄目、だ……止、めろ……」
その先に映るのは、激痛に顔を歪めたまま、地面に這いつくばったまま、それでも狂的に手を伸ばし制止しようとするコウの姿。
そんなコウを前に迷い、しかしすぐに肩を貸して前に踏み出したロインの姿。
本当に、どこまでも狂気の沙汰である。理解も賛同も、できる者などいないだろう。
そしてそんな二人にわざわざ妙にゆっくりと、拳に当たる部分を構えながら歩み寄る人型は、中身も外身も醜悪の極みと言えよう。
無駄に、あるいは恐怖を煽るために、時間をかけて二人の目前に着いた人型。
「……させ、な、い……」
それでもコウは制止を止めない。それでもロインは逃げ出さない。
恐怖のあまり一歩も動けずにいる集団も《ラピッドステップ》の面々も、誰もが二人を襲う悲劇を確信する。
そんな中、一人の男の場違いに思える叫び声が響いた。
「聞こえてるか坊主! 許可はもう下りてた! 許可はもう下りてたんだ坊主!」
その声に聞き覚えのある者など《ラピッドステップ》くらいしかいない。
男は冒険者ギルドで受付をしているので話す機会などいくらでもあるはずなのだが、やはり受付は女性に限る、という馬鹿な男が多いため、男と話したことがある冒険者は両手で数えられる程度しかいない。
騎士団にしても過去に大きな事件があった時に冒険者と共闘したことがあり、その時に事務的な話などで顔を合わせたことくらいはあるはずなのだが、やはり誰も覚えがない。
男の話は置いておく。要は冒険者ギルドの職員であると分かりさえすればいい。
そして何より重要なのは、男が伝えた言葉である。
その言葉を聞いて、その意味を理解した瞬間、ベンジャミンの身体が震えた。歓喜のあまり珍しく獰猛な笑みまで浮かべた。
切り札は手に入れた。
手札は揃った。
つまり――最強はここにある。
もはや神など恐れるに値しないのだと、激情のままに高らかに、その名を呼ぶ。
「いくぜピーター!!」
「ベブゥッ!!」
はい、世界一有名なウサギですね。
いよいよ大詰め。なのに書き溜め分は無し。
さて、どうなる次回!?




