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女戦士の境地

本日二話目。

「えっ……え?」

「……何が起きたんだ?」

「やった、のか?」

「だと思うが……?」


 目の前で何が起きたのかが理解できず、呆気に取られるしかない集団。

 それに対して《ラピッドステップ》は敵がこの状態からでも再生できることを知っているため、迷いなく次の手に移る。

ReinforceリインフォースStrengthストレングス

「うし。んじゃ行ってくらぁ」

 挙げた手を軽く左右に振りながら、再集結を始める黒い塵の下へ単身向かうアナ。その服装はまさしく露出の少ないただの私服。本当に散歩しに来たと言われれば一瞬信じてしまいそうになるほどに、街中でも見かける洒落っ気のない服装をしている。特徴があるとすれば、背負っているネズミ色のバックパックくらいなものか。


 先日の戦いで破壊された防具がまだ修理できていないというのもある。一撃で武器も防具も破壊されるのでは重量物にしかならないというのもある。

 だがそれ以上に、無駄な物を持つ必要と余裕がないだけである。

 集団の誰もが気付いていない。その軽い足取りとは裏腹に、足跡はぬかるみの上でも歩いたかのように、深くはっきりと刻まれていることに。


 魔導師の称号を持つベンジャミンや、天才魔術師と呼ばれるサムエルと違い、アナ・ウィスカーの名はあまり知られていない。せいぜい女を捨てた行き遅れ呼ばわりくらいなものである。悪意しかない。

 しかしそれも馬鹿な男の性を思えば仕方のないことである。魔力や固有能力の存在により性差による戦闘能力の差はほとんどないが、それでも盾役などの体格や筋力を活かす役割は男の領分という考えは少なくない。体格差があること自体は事実なのでなおのことである。

 そしていくら体格で劣らないとは言え、そんな男の領分を踏み荒らす――と馬鹿な男達から思われている――アナがまともに評価される機会は少ない。クエスト中の活躍など見せる機会はないし、武術大会のようなものには興味がないので実力が知られていないのである。

 余談だが、アナが《ラピッドステップ》に入れたのはベンジャミンがそういう趣味だからという説まであるという。


 だからこそ、今日はいい機会だとアナは考える。強さをひけらかす趣味などないが、さりとて強さを疑われても気にならないほど大人でも大人しくもないのだから。数少ない機会を与えられたのだから、それを活かさず殺す気などありはしない。

 城門前から聞こえる雑音を捨て置き、背負っていたネズミ色のマジックパックを地面に降ろして、普段は絞られている口を限界まで開き、歩きながら中から秘蔵の武器を引きずり出す。


 姿を現した武器を一言で表すなら、鉈だろうか。

 日本人が想像しやすいもので例えるなら畳、それも縦長に三畳は並べたような、長さも厚さも規格外なサイズの刀身の武器を、それでもなお鉈と呼べるのであればの話だが。

 もちろん支援魔導師の強化魔法があったところで、並大抵の筋力では動かすことすらままならない重量である。体格の良さにあぐらをかいている程度の馬鹿な男達では相手にならない、鍛えることを止めずに磨き上げ続けてきたアナの肉体があって初めて武器となる。


 そしてこの武器の本領はここからである。

「いくぞオラアッ!!」

 既に胴体を再生し終えていた化物が、再生を終えた分の首で反撃を試みる。アナはその初動を見逃さず、迎撃のために鉈を振るおうと力を込める。重すぎてまともに動きはしないが、アナには【瞬撃】の固有能力がある。どれだけ僅かでも初速さえあれば、その一撃は居合切りの如き速さと鋭さで振るわれる。


 速すぎるその斬撃は、化物に触れることなく空を切る。

 生み出された風刃は、化物に触れて難なく首を切り飛ばす。

 ただ無駄に大きいだけではない。希少な鉱石をふんだんに使い造られた魔剣ならぬ魔鉈であり、振るわれた速度に応じて生じる風刃の威力と射程距離が増幅される、アナの固有能力に合わせて造られた一品である。

 欠点は馬車に乗れば床が抜ける重量。Aランク以上の魔物に通用する威力を前提に、実戦に耐える強度を持たせた結果の悲喜劇である。マジックパックは収容するだけで重量をなくせるわけではない。

 故に基本的には秘蔵の一品。しかし徒歩圏内の戦場であれば猛威を振るう。支援魔法ありとは言え、単身化物を相手取れるほどに。




 後方に余波は届いていないはずなのに、集団の大半は吹き荒れる暴風を感じていた。

 攻撃を超高速化させるだけの単純な効果の固有能力を完全に使いこなし、効果に緩急をつけることで身体への負荷を軽くしながら瞬間的な威力は上げて、力の勢いに逆らわずに流れを整えて繰り出し続ける終わりの見えない連続攻撃。

 集団の中でその技量の高さを理解している者は少ない。しかし吹き荒れる暴風のようでありながらも、同時に洗練された舞のように踊るアナの姿に目を奪われる者は多い。


 風刃が再生する首を次々に切り飛ばす。

 仮に風刃の嵐を抜けて接近できたとしても、近すぎて魔鉈本体を避けられずに零距離風刃と超重量により頭が弾け飛ぶ。以前衝撃だけでベンジャミンの腕の骨を折った毒液吐きも、まるで届きはしない。

 男勝りの剛力だけでは決して成し得ない、女性らしいしなやかさを併せ持つからこその境地がそこにはあった。




 しかし、この攻勢も長くは続けられない。

 術師は魔力を質に合わせて変換して魔法を発動させる。対して戦士は脂肪を燃やして動くように、魔力を燃料にして限界を超えた力を発揮する。ここでも魔力の質による分類があるが今は置いておく。もしここで魔力という燃料が切れれば、アナに今の動きを維持する手段はない。

 圧倒的な力があるにも関わらず、《ラピッドステップ》は不利な状況にある。

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