元素魔術師の全力
エタったと思いました?
私も冷や冷やしていましたとも!
その知らせは、緊急時通信用の魔道具により翌朝には都市へと届いていた。
大沼で復活した例のヒュドラもどきの化物が、一直線にこの都市を目指して移動しているという悪夢のような知らせが。
進路上にあった畑や街道に被害が出ており、今なお被害は拡大し続けている。まだ集落が直接蹂躙されるような被害が出ていないことだけは不幸中の幸いと言えよう。しかし、その幸運もいつまで続くかは分からない。少なくとも、標的と思しき都市では壊滅的被害は免れないだろう。
――普通なら。
あいにく今回の事態は何から何まで普通ではない。見返してやりたいという個人の感情に始まり、復讐の神の干渉により複雑化し、多くの無関係なものが巻き込まれている。
そして何より普通ではない――最強の標的が待ち受けている。
再戦の時は近い。
そろそろ西の空が赤くなろうかという頃、彼らは動き出した。
「よし、行くぞ」
「ほーい」
「おう」
「ベブッ」
「はい」
本来なら都市が滅びてもおかしくない非常事態。たった一組の冒険者パーティーではなく、国軍が動かなければならない状況。にも関わらず普段通りの軽い調子でいられるのだから、馬鹿なのか頼もしいのか判断に困る一団である。
《ラピッドステップ》一行が北の城門前に着くと、不揃いの武装集団が待機していた。
非常事態により招集された冒険者や、東方都市勤務の騎士団である。装備がバラバラな冒険者達の中に統一装備の騎士団がいることで、逆に不揃いさが強調されている。
「あっ! コイツら!」
特に身を隠すこともなく歩いていた一行を見付けた誰かが叫ぶ。その叫びを皮切りに、周囲から怒声が飛び交う。
「テメェらよくもぬけぬけと!」
「よく顔を出せたな元凶の分際で!」
「何がSランクだ役立たず!」
「お前達が先に行けよ! そんで先に殺されて来い!」
昨日コウとロインを蹂躙した圧倒的な力の差を忘れているわけではない。ただそれでも叫ばずにはいられないだけで。
普通ならこういう事態が起きた場合、一度戦い敗走した冒険者の痕跡を追ってきたと考えられている。馬車で移動していたにも関わらず街道さえ無視して、一直線に都市へ向かってきている時点で痕跡も何もないのだが、非常事態を前に冷静な判断などできるわけもなく、不満を口にすることで少しでも心の平静を保とうとすることしかできないのである。
ベンジャミンも元凶と言えなくはないが、責任の割合で言えばコウの方こそ真の元凶であると知られれば、いくら固有能力の効果があろうとも死に損なうことなく殺されるだろう。それほど殺気立っている。
しかし、その程度の雑音を気にする者は今の《ラピッドステップ》にはいない。
「おう、先に行かせてもらうぜ!」
「むしろ邪魔だから着いてこないでね?」
「ベブッ」
「ここだと西日が逆光になりそうだから早く移動するぞ」
散歩にでも行こうとしているかのような軽い足取りで歩くベンジャミン達に、集団は唖然として何も言えなくなる。それは先頭にいたコウも同じだった。
そうこうしている間にも日が暮れて、先行きを不安にさせる薄暗さに覆われる。
逢魔ヶ時。そこに現れるのはただの鬼でも蛇でもなく、神話の怪物の名を冠した異端であり異質である最恐最悪の御先神である。
大雑把な襲来予想時刻しか知らない集団は、今か今かと恐怖に震えながら待ち続ける。
「よし見えた」
そんな集団を尻目に、虹彩を環虹状に変色させたベンジャミンが遥か彼方より接近する敵の姿を視認し、情報の共有を始める。
「前の時よりかなり巨大化しているみたいだな。首の長さだけで一五、いや二〇メートルはあるか。太さも一メートル強。全長は遠すぎて分からん。移動速度もかなり速いし、タイミングを外すと危険だな」
そこまで言うと、片目だけ視線を外してサムエルに向ける。
「あれに生半可な攻撃は無駄だな。解禁する。先制攻撃は全力でいけ」
「いいの!? やったぁ! ありがとね!」
何がそれほど嬉しかったのか、この状況で感極まって抱き着くサムエル。アナからは刺すような鋭く冷たい視線が向けられる。
「いいから早く準備しろ。ただでさえ時間がかかるんだから」
だからというわけではないのだろうが、雑にあしらうベンジャミン。
「は~い! 今さら撤回はなしね?」
「しないから早くしろ。むしろ早くしないと撤回するぞ。時間の都合で」
「それはやだよぉ!」
おもちゃを与えられた子供のような年相応の幼さを見せながら、ようやくサムエルが魔法の準備を始める。
そこに先ほどまでの幼さは欠片も残されてはいない。ただ歴戦の術師としての、Sランクの冒険者としての風格だけがある。
「Reinforce:Wizardry」
ベンジャミンの支援魔法が、天才魔術師の力をさらに底上げする。
「集え。Gravitation Sphere」
サムエルが左手で発動させた最上級引力魔法。
「消し飛ばせ。Explosion」
その引力球の中に、爆炎系の火属性上級魔法が火種としてくべられていく。
「Explosion.Explosion.Explosion――」
それも一つだけではない。いくつもの、いくつもの爆炎が暴発しないようにと引力球に覆われて、縛られて、捕らわれて、逃れようと荒れ狂う。
そして限界を迎える頃には貯蔵分を含めて枯渇寸前まで魔力を消費していた。
サムエルの手元から離れた直径一メートルの引力球が、漏れ出す光だけで薄暗い周囲を明るく照らす。恐怖を感じるほど美しく。
「来たぞ。カウント、五……四……三……」
ここまで来れば誰の目にも見える化物の巨体。早々に迎撃したくなるような場面で、サムエルはベンジャミンのカウントを頼りに敵を引き付ける。
「二……一……撃て」
瞬間、引力球が形を歪め前方に穴を開ける。
「Supernova Strike」
超新星。大質量星の最期に起きる大規模な爆発。
その名を冠するに値するほどの破壊力を溜め込んだ引力球が、前方への指向性を持たせた上で爆炎を余すところなく解き放つ。
余波だけで後方を突風が襲い、城門前では倒れる者も出る。
そして――
――例のヒュドラもどきの化物は、二つの頭を残して、胴を含むそれ以外の全てが跡形もなく消し飛ばされていた。
クライマックスなので書き溜めてみましたが、
まだ結びまでは書けていません。
でも今日は投稿しておきます。




