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《ラピッドステップ》の出頭

 不躾な視線は残らず無視して歩き続けた四人は、辿り着いた冒険者ギルドでもより強烈な負の感情を向けられながらも、奥にあるギルドマスターの執務室前まで毅然(きぜん)とした態度を崩すことはなかった。

 それは新入りのフロウも例外ではない。幸か不幸か、例の化物に殺されかけた経験と、その化物を相手に生還してみせた強者が仲間であること、そして何よりその強者達を率いる男に認められたという事実が、この程度のことでは揺るがない精神力の(いしずえ)を築いている。


 だからこそ、執務室前でベンジャミンが見せた一瞬の困惑には、表情に出ないよう気を付けながらも驚かされた。

「どうかしたんですかリーダー?」

 案内を終えた受付嬢の姿が見えなくなったのを確認してから、それでも念のため声を潜めて問いかける。

「そう言えばお前はここに来るのは初めてか。いや、ここまで来れば扉越しでも爺さん(ギルマス)の覇気が届くはずなのに、今日は探ってみても何も感じないから何かおかしいんだよ」

(扉越しでも届く覇気って何ですか!?)

 そんな人に呼び出されたくない。精神力が鍛えられたはずのフロウだが、自信の源でもあるリーダーのお墨付きが相手も同じともなれば話は別らしい。


 ここに来て妙な空気になってしまったが、出頭命令が下されている以上、だらだら足踏みしているわけにもいかない。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた例のヒュドラもどきが出る鬼畜展開かは分からないが、意を決して扉の向こうへ踏み込む。



 ――扉の向こうで彼らを待ち受けていたのは、紛れもなく最悪の存在であった。

 それはこの異世界のみならず、地球においても確かに存在し、あらゆる恐怖と厄災を振りまいてきた最上級の悪夢。

 特に恐ろしいのは、それが権力を手にした場合だろうか。

 (あわ)れな仔羊には抗う爪も牙もなく、生贄となる道を歩くことしか許されない。


 人はそれを――馬鹿と呼ぶ。



「お前ら降格じゃあああああああああああい!!」

「いや誰だよお前?」

 都市に戻ったばかりの《ラピッドステップ》一行が知らないのも無理はないが、東方支部の本物のギルドマスターは他ならぬ彼らのクエスト失敗により、中央本部に出頭命令が下されて二日前の夕方には都市を出ていた。彼らに出頭命令が下されるより前に。

 支部のマスターも事情を把握できていないだろうタイミングで呼び出したところで当然のように意味はない。何らかの存在が裏で干渉でもしない限り、まず起こりえない事態である。


 さて、支部のマスター不在時に勝手に降格処分を言い渡したこの馬鹿は何者か。

 冒険者ギルドにおいての立場で言うのであれば、何者でもない。ただ単にギルドマスターの孫というだけで、ギルドの職員ですらない。呼び出された場合を除けば専属秘書くらいしか入れない、部外者立ち入り禁止区域の中心とも言えるこの執務室で、まさにその部外者が我が物顔で戯言を口にしている。


 犯罪である。


 では馬鹿改め犯罪者が何をしていたのか、当人が自白してくれる。

「お祖父ちゃんが目をかけてやったからSランクに上がれたお情け共の分際で調子に乗って失敗して迷惑かけて恩を仇で返すようなお前らなんかお祖父ちゃんの手を煩わせるまでもなく僕チンが降格処分にしてやる除名されないだけありがたく思えこのクソ共がああああああああああああ!!」

 何度でも繰り返そう。犯罪である。


 それ以前に、ギルドマスター本人であっても降格処分など不可能なのだが。

「ただの孫が何の権限で降格処分だの口にしているのか知らないけど、仮にもギルドマスターの代わりを名乗るからには、ギルド内規程第八条二項の内容くらい知った上での発言なんだろうな?」

 ギルド内規程第八条は冒険者ランクの昇格、降格に関する条文であり、第二項の内容は簡単に言えば昇格、降格は短期間の結果ではなく長期的な実績で判断するというものである。

 つまり先日までまともでないものまで含めた上でただの一度もクエストに失敗したことのない《ラピッドステップ》に対して、今回のただ一度の失敗で降格処分にすることなど、本部のグランドマスターにさえできない。


「ごちゃごちゃとわけの分からないことをおおおおおおおおおおおお!! うやむやにしようとしてもそうはいくかああああああああああああ!!」

 わけの分からないことを叫びながら、まっとうな指摘をうやむやにして判を押そうと犯罪者が手を伸ばす。人の手で厳重に管理されているはずの判も、復讐の神の干渉があれば無能な犯罪者の手に落ちてしまうらしい。

 だが掴めない。

 犯罪者の手に落ちようと、馬鹿が手に入れようと、その手に掴むことができない。

「どうしてだよおおおおおおおおおおおお!? 僕チンには代理マスター権限があるんだそおおおおおおおおおおおお!! なのにどうして掴めないんだああああああああああああ!?」


「さぁ? 認められていないだけとか?」

 もちろん犯罪者に代理権限など与えられているわけがない。ベンジャミンにはそれが復讐の神ザ=マァの干渉によるものだと分かっているが、わざわざ教えてやる義理はない。代理権限に関しても、弱化魔法で握力だけを正確に弱らせていることも。

「話はもう終わりでいいな? 出頭命令にしろ降格処分にしろ、ギルドマスターどころかギルド職員でさえないお前にとやかく言われる筋合いはない。これ以上妙な因縁をつけてくるなら――覚悟はできていると見なす」

「ひいいいいいいいいいいいい!?」

 汚い悲鳴を聞き流しながら、一行は執務室を出る。水音と独特な臭いに関しては、気にするだけ面倒なので無視することにした。




 ――この時、ベンジャミンは油断していた。

 馬鹿で無能な犯罪者の相手をさせられたせいか、集中力を切らしていた。

 そうでなければ警戒できていたし、回避もできていたはずである。

 しかし事態は既に動いている。何の対策もないままに。


「お久しぶり、と言うほど前ではありませんかね。元リーダー」

 ――すなわち、コウとの接触である。

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