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支援魔導師の人柄

三日でPV一万……良いのかそうでもないのか分からない……

とりあえずランキングはまだ遠い。

「大丈夫かフロウ? 無理はするなよ」

「いやいやいや、無理くらいさせて下さいよ。これが治癒術師(ボク)の仕事なんですから」

 軽い調子で話そうとはしているが、その顔色はこの場の誰よりも悪い。無理もないだろう。Sランクパーティー加入後の初クエストではAランク詐欺の化物に殺されかけて、全身打撲の上に気絶と安静にしておくべき状態だったはずなのに気が付けば馬車の中で、簡単な説明の後は用量限界までの魔力ポーションの使用が前提な活性魔法フル稼働。精神的にも身体的にも魔力的にも限界である。

 むしろ空元気でも明るく振る舞おうとできるのだから大したものである。


 その様子にサムエルもアナも感心する。フロウの身体が時折どこか震えていることには二人も気付いている。身体的、魔力的なものもあるだろう。だが何よりあの化物に殺されかけた恐怖を拭い切れていないからだということが、観察眼に長けたベンジャミンでなくとも察せられる。

 どこぞの盾を持っているのに四ヶ月間もへっぴり腰が直らなかった残念な少年にはぜひ見習ってもらいたい姿である。


 だからだろうか。

「……やっぱりお前を仲間に誘って良かったよ」

 ウサギ以外の相手には滅多に向けない柔らかな笑みを、ベンジャミンは無自覚に浮かべていた。

「うえぇっ!? えっと、ありがとうございます?」

 急にそんな表情を向けられても反応に困るのは当然のことで、お礼は言いながらもフロウはどこか警戒するように少しだけ距離を取った。


「あらあら見ましたアナ姐さん。リーダーが早々にデレましたよ?」

「何っつーかあれだ。怪しい仲にしか見えねぇわ」

(いやいやいや、それ貴女達にだけは言われたくないから)

 今日もアナの膝の上にサムエルが座り、フロウからは死角なので断言はできないが、同性でも犯罪になりそうな場所にお互いの手が伸びているようにしか見えない二人には、確かにとやかく言える義理はないだろう。


「……悪いなフロウ」

 怖いほど静かに謝るベンジャミンに、今度はフロウも答えられない。

 例え冗談でも怪しい仲ではないかと疑われたのに気にしていないとは答えにくい。とは言え逆に気にしたとも言いにくい。そういう意味で答えられない部分も確かにあるだろう。

 しかしそれ以上に、冷静沈着そうな雰囲気の割に沸点の低い、いや沸騰したように熱くはならないが気は短く冷たい怒気を放つ、ベンジャミンの性格を早くも理解し始めたからこその無言である。

「使わせた魔法を無駄にしちまうけど」

 つまり、()る気である。


 既に発動待機状態にまでなっている弱化魔法と付与魔法の魔力により、五指の先が淡く輝いているのが妙に恐ろしい。それ以上に、普通は魔力の制御技術の関係で手のひらから魔力を放出して発動させるしかないものである魔法を指先で、五指同時に、暴発させずに待機させるという超絶技巧を平然とこなすベンジャミンの力量こそが何より恐ろしい。

 現代唯一にして最高の支援魔導師の称号持ちは伊達ではない。

 ちなみにこの時ベンジャミンが使ったのは左手である。右腕は化物の毒の影響がまだ少し残っていて万全ではない。だがフロウの【無極増強】により限界まで強化された活性魔法でなければ、右腕ごと切り落とすしか毒死を防ぐ手段はなかった。そういう意味でもフロウ加入は感謝こそすれネタにすることではないだろう。


 そしてこの後、外傷を負わせずに生命力だけを的確に削り二人を瀕死に追いやったベンジャミンの魔導師とは思えない戦闘を目の当たりにして、絶対に怒らせてはいけないとフロウが決意したという。




 そんな調子で二日が過ぎて、都市に到着した《ラピッドステップ》一行は冒険者ギルド東方支部へと向かった。

 道中で向けられるのは侮蔑や嘲笑ばかり。いくらAランクの討伐クエストに失敗したと言っても、仮に役立たずだからと追放したはずのコウが功績を挙げていたとしても、一週間にも満たないうちに畏敬の念を覆せるほど今日まで《ラピッドステップ》が積み上げてきた実績は軽いものではない。にも関わらず、誰もが彼らを落ち目と見なしている。いや、もう落ちぶれた後だと認識している。


「何だか感じ悪いですね」

「灰にする?」

「首切りだろ?」

「止めろ。相手にするだけ時間の無駄だ」

 どれが誰の発言かは言わずもがな。ちなみに冒険者同士が双方合意の上で許可された場所にて行う私闘であれば、相手に不慮の事故が起きても法律上は罪に問われないようになっている。過去の特に荒れていた時代のなごりで、今ではまず起こらない事態だが。


 無視すれば侮蔑や嘲笑が消えるわけでもないが、それでも無視して歩くしかない。

 先輩面して偉そうにしていたのに一年足らずでランクを抜かれた男が、これ見よがしに下卑た笑みを浮かべている。

 仕事上の付き合いでしかないとは言え、何度か難易度に合わない低報酬のクエストを引き受けたこともある依頼主の男も、何故か見下してくる。

 いつぞやのDランク馬鹿に至っては「あの時勧誘を断って正解だったぜ」と妄言を垂れ流しながら腹を抱えて笑うという妙に器用なことをしている。

 だが無視して歩くしかない。


 どこかの馬鹿が笑いすぎたのか、膝から崩れ落ちて滑らかな動きで跪くという笑い返してやりたくなるような奇跡を起こしたとしても、無視するしかない。

 それが偶然にも馬鹿がベンジャミンの中級弱化魔法の射程範囲に入った直後の出来事だったとしても、やはり無視して歩くしかない。

 実はベンジャミンのつま先が一瞬だけ淡く輝いていたとしても、周囲など無視して冒険者ギルドへ向かい歩くしかないのである。


 ――人混みの中にいた、唯一複雑な表情をしていたコウを無視するためにも。

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