治癒術師の追放
その日、冒険者パーティー《ラピッドステップ》は結成から二年足らずという史上最速でSランクパーティー昇格を果たした。
「……もう一度、言ってくれませんか……?」
今言われたと思ったことは自分の聞き間違いのはずだ。聞き返せば本当は何を言われたのかが分かるはずだ。
そんな自分でも信じていない可能性にすがり、少年はどうにか震える声を絞り出して目の前の青年に聞き返す。
「何度聞かれても同じだ。コウ、お前にはこのパーティーから抜けてもらう」
だが現実は残酷で、青年は今まで行動を共にしていた相手に対するものとは思えないほど冷たい声で少年を淡い希望ごと切り捨てる。
「そんな……ふ、二人は納得しているんですか!?」
冒険者ギルドに登録されたパーティーのリーダーには義務や責任もついてくるが、その分パーティー内でいくつか強い権限を持つ。その中にはメンバーの加入・追放に関するものもあり、その権限を行使されれば少年の追放は免れないし、再加入も不可能となる。
だからせめてこの追放はパーティーの総意ではなくリーダーである青年の独断であって欲しいと願い、救いを求めて青年の後ろにいるもう二人の仲間に問いかける。
だが彼女達は何も言わない。
最年長で姐御肌な戦士は静かに少年の目をまっすぐ見ている。
幼さの残る魔術師は逆に少年から逸らした視線をさまよわせている。
対照的な反応ではあるが、察せられる答えは二人とも同じ。
二人とも青年の判断に同意している。
「……どうして……どうしてなんですか……?」
力なく呟かれた言葉は無意識にこぼれたもので、答えを求めてのものではない。
それを承知で青年は問い返す。
「この状況でなお理由に心当たりがないような愚かで怠惰な役立たずだから、だとは思わないのか?」
そう問いかけられた少年は思わず歯がみする。
実のところ、少年にも心当たりがないわけではない。ただその心当たりについてはパーティー加入時にきちんと話してあり、加入から半年以上が経過した今さらそれを理由に追放されたのであれば納得できるものではない。
だが他に心当たりのない少年は、無意識にそれを言葉にしていた。
「……僕が、最下級回復魔法しか使えない、無能な治癒術師だからですか……?」
魔法には様々な系統がある。
大きく分けても攻撃魔法・支援魔法・治癒魔法の三系統があり、それらの中でも更にいくつかの系統に分かれる。
だが、どの系統の魔法においても共通することがある。
最下級魔法は何の役にも立たない。
最下級攻撃魔法では小動物さえ殺せない。
最下級支援魔法では誤差程度の変化しかない。
つまり最下級魔法しか使えない術師など存在価値もない無能と言える。適当に木製の農具を持たせて前衛で戦わせた方が役に立つと断言できるほどに不用で、もはやなぜ術師を自称することが詐欺にならないのかという意見まである。
普通は追放以前に加入させてくれるパーティーがない。
何かの間違いでどこかのパーティーに加入できたとしても即日追放される。
少年はそういう存在である。
「……とにかく、お前にはこのパーティーから抜けてもらう。慰謝料として有り金を取り上げたりはしないでやるから、その金で次の職でも探せばいい」
「っ!?」
もう話すことは何もない。態度でそう示すように青年は背を向けて歩き出す。
戦士と魔術師も少年に視線を向けることなく青年の後に続く。
その後ろ姿を見でいられず、少年は顔を伏せる。
(……悔しい)
思いは声にはならず、漏れるのは吐息のみ。
悔しいのは、パーティーを追放されたからではない。
次の職でも探せばいいということは、治癒術師どころか冒険者を続けることさえ否定されたということ。
少年とて治癒術師としての実力が足りないことは分かっている。
だがそれでも今日まで努力をしてきた。
治癒術師としてはあまりにも貢献できないから、加入して一ヶ月が過ぎた頃から盾を手に前衛として敵の攻撃を一身に受けてきた。自己回復を駆使しての盾役は、少しでも貢献できていたと思っていた。
街や冒険中の雑用も積極的に引き受けてきた。買い出しでは余裕を持たせた上で必要以上のものは買わず、冒険中の食生活向上のために料理も勉強した。
少しでも貢献するためにできることは何でもしてきた。
その思いがあるからこそ、冒険者を辞めて次の職を探せばいいという言葉は今までの努力の全てを否定されたということで、少年は悔しさを感じずにはいられなかった。
そして何より、たとえ感情的になっただけだったとしても、その場ですぐに言い返さなければならなかった場面なのに何も言えず、むしろどこか納得さえしてしまった自分の弱さが悔しくて仕方がなかった。
「リーダーもお人よしだねぇ。迷惑料も装備も回収すればいいものを」
「要らない物だから回収もしない。ただそれだけのことだ」
「またまたぁ~」
悔しさに押し潰されるように顔を伏せている少年には聞こえない会話。
青年をからかう幼さの残る声。
仲間だった者を切り捨てたことに対する感情など、そこには何一つなかった。
その日、Sランク冒険者パーティー《ラピッドステップ》はパーティーから一人の冒険者を追放した。