ビターショコラ~苦くて甘い恋~
出会ったのは、私の友達の高校まで同じで、今も仲良くやっている結実主催の合コン。しかし、合コンと呼ぶにはおこがましいようなものだった。実際に合コンを経験したことがないのでわからないけど。
「こちら、同僚の高屋隆信さん。そして、こっちは……」
他にも説明していたけど、思い出せない。男3の女3。
気づいたら、他の二組はできていた。
積極的な奴らだったのだと思う。
仕方がないから、余った……誰だっけ? と話すことにする。
「みんなできてるね」
「そうですね」
第一印象は堅実で真面目そう。私とは正反対な感じ。
「鈴城さん、ですよね」
「そうだよ。よく覚えてたね」
私は忘れていると言うのに。本当にすごいと思うよ。
「え? まあ、社会人として身につけたスキルですから」
そうやって慌てて謙遜するけど、なんだかその台詞に聞き覚えがあった。
「女子中学生として身につけたスキルですから」
「え? まさか、知っているのですか! 」
そう、マイナーだけど、それなりの人気を誇る、アニメ「精霊達のカーニバル」最近人気の異世界転移物だけど、中々に面白いと私は思う。そして、そのなかに出てくる台詞が、私の言った台詞。
「知ってるも何も、大ファンよ」
「そうですか……嬉しいです! あまり知っている方が居なくて」
わかる。わかるよ。その気持ち。
「なら、少し語り合いましょう」
しかし、虚しいことに、その店の閉店時間となり、そのまま解散となってしまった。
この近辺に二十四時間体制のファミリーレストランはない。
「今日は車ですか? 」
「ううん。歩き」
「僕もです。もしよろしければ、僕の家に来ませんか? 」
他の誰かなら遠慮していただろう。今は語りたい気持ちが上回った。
「お邪魔します」
「ええ、どうぞ」
そうして、私達は彼の家に行くことになった。
「え、ここなの? 」
「はい」
そこは私のマンションの隣のアパートだった。
「私のマンションの隣じゃん」
「なんと! そうだったのですか。ちなみに、何号室ですか? 」
「302」
そんな話をしてから彼の部屋にお邪魔する。表札には「高屋隆信」と書いてあったから、高屋さんと呼ぶのが良いかな。
「お邪魔します」
彼の部屋は綺麗に片付いていて、男性の部屋とは思えなかった。
「狭いところだけど許してね」
むしろ、私の部屋より広いですが!
私達は色々語りあった。
推しキャラについてや、今後のストーリー展開について。
「グッズまたでたらいいのにね」
そう、未だに出てないのだ。いや、出ているけど、ネット通販のみの2ヶ月待ち。マイナーなアニメだから、在庫が少ないようだった。
「そろそろお暇するね」
「ええ、そこまで送って行きますよ」
「ありがとう。高屋さん」
私がそう言うと数回瞬きしたあとに、笑って言う。
「下の名前で良いですよ。たかのぶで」
「わかった。じゃあ、私のことは真波って呼んでね」
「はい。真波」
そう私を呼ぶ彼の笑顔に胸がドキッとしてしまった。もしかして、これが恋ってやつなのかな?
それが、2月6日の土曜日のことだった。
2月7日の日曜日。天気は晴天。なんとなく外に出たくなった。予感があったのかもしれない。
「おはようございます。真波」
「お、おひゃよう! 」
つい、動転して噛んでしまった。後ろから声をかけるのが悪いんだ。
隆信君は笑ってる。
「もう! 」
「ご、ごめんなさい。いや、でも」
私はため息をつきながら、彼に尋ねる。
「どうしたの? これから仕事? 」
彼は笑うのをやめる。そして、逆に聞き返してきた。
「違いますけど、真波こそどうしたのですか? 」
「え、私? 私は散歩」
なんとなく。なんとなくだけど、今日は良いことが起こる気がしたからね。
「そうですか。僕もなんですよ。よければ一緒にどうですか? 」
願ってもないお誘いだった。二つ返事で引き受けた。
「ね、川に行かない? 」
「良いですよ」
特に川にした理由はないよ。ただ、一番私の好きなところだから。
「こっちですよね」
「ううん。こっち」
彼は知らないだろう。私も少し前まで知らなかったから。
ほんの少し歩いたところにある、けっして大きくはない小さな川。
「……綺麗ですね」
「でしょ? 」
大きな川よりもこちらの方が水深も浅く、流れる水が少ない。だから、こんな真冬なら、氷っていることも多いのだ。
「川の名前はなんと言うのですか? 」
「鈴城川だよ」
私の名字と同じ。だからこそ惹かれたのかもしれない。
「……」
何かを考えるように遠くを見つめる隆信君。私は疑問に思うも何も言わない。
「真波」
「なに? 」
「はい」
そう言って手渡されたのは、私の好きなキャラのラバーストラップ。
「いいの? 」
「はい」
「ありがとう! またお礼をするね」
そう言ってその日は帰った私達。
その後、日曜日まで、会うことはなかった。私も仕事をしているし、隆信君もそうだろう。だから、仕方ないと思いつつも、少し寂しく思うのだった。
日曜日。私は隆信君の家に遊びに来た。
「おはようございます。真波、どうしたのですか? 」
「今日はね、お礼をしに来たの」
「気になさらなくても良かったのですが」
隆信君ならそう言うと思ったよ。
「ううん。私がしたいからするんだ」
「そう、ですか」
少しイタズラっぽく笑う隆信君。
「では、期待しますよ? 」
「う。うん! 」
そのまま、部屋のなかに入る私達。
「そう。これ! 」
私は紙袋を渡す。
「開けてもいいですか? 」
私はコクリと頷く。紙袋を丁寧に開いていく隆信君。
「わぁ! 凄いです! 」
そう、私が渡したのはキャラクタークッキー。あのアニメの主人公のクッキー。隆信君は主人公推しなんだ。隆信君は喜んでくれてる。えへへ。頑張ったかいがあったなぁ。
「まあ、そっちはこの前のお礼で、今日渡したかったのはこっちなの」
ラッピングしてある四角い箱を渡す。隆信君が開ける。
「チョコレートですか? 」
「うん」
「なんでまた……」
「ねえ、隆信君。今日は何日か知ってる? 」
少し意地悪したくなって、そうやって聞く。
「2月14日ですよね……あ」
そう、隆信君はもうわかったように今日はバレンタインデー。
「義理じゃないよ」
「え……! 」
チョコレートと私の顔を見比べて、慌てる隆信君。
「勿論、友チョコでもないよ」
「まさか……」
こんなまどろっこしい言い方をしなければ良かったな。凄く恥ずかしいや。
「ほ、本命チョコだよ……」
そう言い切った時には耳まで真っ赤だったと思う。
「ありがとうございます。ですが、僕で良いのですか? 」
それは、遠回しに断られてるのかな? 私じゃダメなのかな? そうだよね、隆信君だもん。隆信君を好きな人は何人もいるよね。何人もいれば、私よりいい人がいる……よね。
仕方ないよね。でも、やっぱり……
「わ、私は隆信君の優しい所が好き。最初は私は名前も覚えてなかったけど、隆信君は覚えていてくれたことがとても嬉しかったの。オタクだってわかっても引かなかった優しさが好き。しっかり私を見てくれる目が好きなの。私を呼んでくれる声が好きなの。隆信君じゃなきゃダメなの……」
諦められないよ! そうは言いつつも断られるのは怖くって、必死で言う。目が潤んでくる。
「私じゃダメ、ですか? 」
お願い。お願いだよ。隆信君。私を選んでよ。
「そんなことないです。ただ、僕には勿体ないと思っただけですよ。だから泣かないで、真波」
瞳にたまっていた涙が落ちる。
「あり、が、とう。ありが、とう。ありがとう」
嬉しいよ。もう嬉しすぎて言葉もでないよ。ずるいよ私の心を独り占めしておいて。
「これからは一緒だよ。真波」
そんな風に声をかけられたら、もう我慢できないよ。
私は彼の胸に飛び込んだ。
彼はそっと抱き締めてくれた。
私も何も言わずに抱き締め返す。
ぎゅっと、力一杯。
もう離さないからね。
……
少しして、恥ずかしくなった私は、隆信君から視線を逸らす。ドキドキしている胸はまだ治まらない。
「真波」
「なあに? 」
隆信君が呼ぶけど、顔も見れない。
もう、まだ胸の音が煩いや。
静かにならないかなぁ。
「あのさ」
「ん? 」
どうしたのかな? 隆信君から話題を振ってくるなんて珍しい。
「自分のチョコレート食べた? 」
「味見はね」
そりゃあ、変なもの渡すわけにはいかないからね。
勿論、毒味と味見はしますよ?
主に兄で。兄ならまあ、何かあってもなんとかなるからね。
「真波」
うーん。やっぱり、隆信君の声は渋くて格好いいなぁ。本当に好きだよ。
「なあに? 」
「こっち向いて? 」
「いいよ」
なんで? なんて聞かないの。だって、隆信君だもん。断る理由もないよ。って、ああ! まだ、顔真っ赤だよ。しかも、目も腫れてるよ! 私は基本すっぴんだから、化粧が~。なんて心配はしなくていいから良いけどね。
「あーん」
隆信君は私の作ったビターショコラを私の口元へ運ぶ。
「ふぇ! な、な、なんで……」
な、な、な、なんで!は、恥ずかしいよ。変な声も出たよ。もう、隆信君のばかぁ。
「真波の作ったビターショコラ美味しいよ。こんな美味しいものは二人で分け合おう」
「でもこれは隆信君のために……」
そうだよ! もしかして、手作りダメだったとか? そうだったら悲しい以前に、昔の自分を殴りたい。
「じゃあ、僕は君と分かち合いたいんだ。この幸せを」
隆信君は私の肩を両手で掴み、私の目をじっと覗き込む。隆信君の瞳には私が映っている。
「わかったよ……隆信君が言うなら」
そんなこと言われたら誰も断れないよ。ま、まあ、ちょっと……ううん。かなり、あーんして欲しかったなんて、口が割けても言わないんだからね!
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあ、あーん」
今度はパクりと口の中にチョコを入れる。
そうして、私達のバレンタインデーは終わった。でも、私達の恋人生活は始まったばかり。いつか、今度は私が隆信君を振り向かせて、プロポーズさせてやるんだからね! ずっとずっと、君のための真波だよ。
……
ちなみに、今年がビターショコラだったのには理由があるんだ。ビターショコラは苦くて甘いから。隆信君のことで悩んでいる、短くはあったけど、時間は苦く、辛くもあった。けど、心が満たされて、甘くもあったんだ。だから、今年はビターショコラ。ねえ、来年はどんなチョコレートにしようかな? ねえ、君はどんなチョコレートが好きなの? 君の全てを教えてよ。ずっと隣にいるから