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09 王の帰還

「皆さん、もうすぐ王都ラベットに着きますよ! ロゼッタさんはシルベリア王国の王都は初めてですよね? ってロゼッタさん? だ、大丈夫ですか?!」

「ふぃ、フィリップ君……。これが大丈夫そうに見える?」

「す、すみません……」

「やれやれ。お嬢さんが何回も馬車酔いを起こすせいで予定より遅い到着だよ」


 レオンとロゼッタを乗せた二頭立ての四輪馬車と並走して馬を走らせていたフィリップは、シルベリア王国の王都であるラベットに着くことをレオンとロゼッタに伝える。しかしロゼッタはそれどころではなかった。

 

 彼女が上司であるベックと町の獣民に事情を話し、暫しの別れを惜しんでハーフェンを出発したのは四日前。予めフィリップから王都までは馬車で向かうと説明されていたので酔い止め薬は出発前にきちんと飲んだ。

けれども人目につかない且つ出来るだけ最短距離と言うことで選ばれた道が悪かった。あれは道じゃないと言い切れる。

 歩道整備のされていない道無き獣道をガタゴトと盛大に揺らされながら進むので気持ち悪さが一層増して何度もリバースしそうになったのだ。暴走馬車である。

 猛スピードで馬車を飛ばす御者の手腕もさることながら、それに平然と馬に乗ってついて来る獣人騎士団の第三部隊メンバーも凄い。一部は馬に乗らずに自らの足でついて来ているのを窓枠から見たロゼッタは思わず二度見してしまった。脚力がおかしいだろう。獣人は皆ああなのだろうかと考えようとしたが激しい揺れに胃の中までシェイクされて断念。

 ロゼッタはこんなにも必死だというのに目の前に座るレオンは揺れなんて感じていないのか、丸くなってすやすやと眠っていた。この暴走馬車に乗り慣れているのかもしれない。

彼と違って乗り慣れていない彼女は吐き気に耐えられずに何度も静止の声を御者と獣人騎士団のベルクス達に掛けた。それにより当初は三日でラベットに着く予定だった筈がもう一日プラスでかかってしまったのだ。ベルクスの機嫌が悪いのはそのせいでもある。


 ラベットに着いてからは馬車のスピードも落ちたのでロゼッタは安心した。その顔色は良くはないが、吐き気は収まったのだ。今度からはもう少し強めの良い薬を買うか、むしろ自分で作ったほうが良いかもしれないと彼女は思った。

 

 それにしても今更であるが、王都から最短距離で三日も掛かるハーフェンまで散歩と称して逃亡してくるレオンが凄い。それは散歩とは言えない距離である。

 そんなことを考えられる余裕が出て来たロゼッタにフィリップが初めて訪れるラベットの街並みはどうですかと聞くが、既に寝静まっている時間帯なので何とも言えないものだった。

 いくつもの坂をどんどん上っていく過程で馬車の窓から見えたのは薄暗い街並みだ。ぽつぽつと明かりが点っているところもあったが、居酒屋やバーといった夜のお店の類いなのだろう。

 

「随分と上に上るんですね」

「そりゃあ、城はてっぺんにあるからな」

「あ、シ……じゃなかった。レオン様、お目覚めになられたんですね?」


 いつの間に起きたのか、ぐわーっと欠伸をして後ろ足で耳周りを掻き毟っているレオンにロゼッタが敬語で話しかけると彼は眉間に皺を寄せて渋い顔をした。


「やっぱお前に敬語を使われると気持ち悪ぃな」

「なっ! こっちだって未だにレオン様って名前は呼び慣れないですし、敬語だってムズムズしてます!!」

「ならいつも通りでいいだろう」

「そうしたいですけど、国王様に向かって敬語なしというのは世間体が悪いかと」

「俺は別に気にしねぇ」

「私が気にします!」


 レオンが気にしなくてもロゼッタはそうはいかない。世間体というものある。彼のお膝下とも言える王都で一般人である彼女が彼に対して周りを気にせず自身の家にいた時のような不敬な態度は見せられない。下手をすれば本当に捕まりかねない。折角王都に来たからには満喫して何事もなくハーフェンに帰りたいのだ。

 面倒事を引き起こさない為にもロゼッタはレオンに敬意を払った態度で接しなければならない。シロだった頃とは違うのだ。今はまだ敬語を使うことに違和感を感じるが、その内慣れてくるだろう。否、慣れる前にハーフェンに帰るだろうけれど。少しの辛抱だ。


 

 ラベットの頂上にそびえ立つお城を目の当たりにしたロゼッタは思わず息を呑む。どっしりとした存在感のあるお城だ。下からどのように見えるのだろうか。

 フィリップ曰く町は数層に分かれていて、上層部は貴族の獣宅や彼等が御用達のサロンや宝石店と言った高値で取引されるお店があり、下層部は一般獣人の獣宅や比較的安値の市場があるようだ。お城が構えられている頂上は、一般獣宅区から霞んで見えるほど高いらしい。そんな高低差の激しい町であるラベットでは移動手段としてゴンドラリフトと馬車が欠かせないようである。


「本当に一番上にお城があるんだ……。万が一敵に攻められた時に逃げれなそう……」

「ラベットは要塞都市とも言われているから攻め込もうとする馬鹿は殆どいないよ。それにオレ達がいるし、城に辿り着く前に殺るからそんな心配はいらない」

「獣人騎士団は随分と腕に自信がお有りのようで」

「当たり前でしょ。獣人騎士団は完全実力主義の弱肉強食な社会だし」


 甘く見ないでくれるとロゼッタの言葉に気分を害したベルクスは仏頂面で言った。

 確かに彼等の身体能力はずば抜けて良い。一見貧弱そうに見えるフィリップも獣人には珍しいとされる魔力持ちだ。大いに活躍しているに違いない。






「「お帰りなさいませ、レオン様。ベルクス隊長。ようこそお越し下さいました、お嬢様」」


 真夜中だというのにエントランスにズラリと並んだ使用獣人達にロゼッタは驚く。これも暴走馬車と同様に慣れなのか、レオンとベルクスは特にこれと言って彼等に労りの言葉をかけることなく赤絨毯を堂々と歩いていく。

それに続くロゼッタは頭を下げ続けている彼等にどういう対応をしていいのか分からずに「ど、どうも」と声をかけながら二人について行った。

 ちなみにベルクス以外の獣人騎士団第三部隊メンバーは隊長であるベルクスに騎士団寮へ戻っていいと言われたのでお城に入る前に別れている。

 


「今回の逃亡は随分長かったですね、レオン様」

「……チッ。お早いお出ましだ」


 螺旋階段から足音を立てず、静かに登場したのは衽の先を腰に巻きつけて着る丈の長い深衣を身に纏った虎だった。

ふさふさな黄褐色の体毛には黒い横縞。鼻面は太くて短く、グリーンと茶色が混ざり合ったヘーゼルの瞳は吸い込まれそうなほど深いグラデーションをしている。

にっこりと微笑んではいるが、目が据わっていた。心なしか辺りが冷気で包まれたかのように寒い。


「ああ、貴女がレオン様を助けて頂いた恩人の女性ですね。御挨拶が遅れてすみません。私は宰相をしているティーガ・フィリアスと申します」

「は、ハーウェンの病院で獣医として働いているロゼッタです」


 ティーガはベルクスの後ろにいたロゼッタの存在に気付くと、先程とは違って優しい目と声色で自己紹介をしてくれた。自身とは全然違う対応にレオンがぐちぐちと文句を言っている。ティーガにも聞こえている筈なのに彼は構うことなく話を続けた。


「この度は御迷惑をおかけしました。……ベルも御苦労様です。しかしどうやら貴方はまた軽率な判断をしたそうですね。今回の件についての報告書と共に反省文も提出して下さい」

「反省文苦手なんですけど……。なんとかなりませんかね?」

「なりません。しっかりと反省して書いて下さい。私からは以上です。もう下がって結構ですよ」


 ティーガにそう言われてしまったベルクスは尻尾をしゅんと下げてレオンとティーガにお辞儀をし、この場から立ち去った。内心ざまぁと喜んでしまったロゼッタの性格はあまりよろしくないと言えるだろう。


「ロゼッタさんももう遅いですし、お休みになられた方が良さそうですね。疲労の色が見えます。お疲れなのでしょう。メイドに客室までご案内させます」


 ティーガに顔色を指摘されたロゼッタだったが、彼も相当疲労困憊のようだ。顔には出さないようにしているみたいだが、時折胃の辺りを抑えていたのを彼女は見ていた。黒く縁取られているから分かりにくいけれど、目元に青隈も出来ている。青隈は睡眠不足やストレス、疲労、目の疲れ等が原因で出来るものだ。彼は全ての原因に当て嵌っていそうだ。

 ロゼッタは直ぐ様ティーガを診察して休ませたかったが、彼が呼んだメイドについて来るように促されてしまったので断念する。尤も、見るからに仕事を優先するタイプの彼が彼女の言う事を聞いてくれる筈もなさそうである。

後ろ髪を引かれる形でロゼッタは可愛らしいフリルのついたメイド服を着る白猫の後をついて行った。



「そろそろ元の姿に戻ったらどうです?」

「この姿のが楽で良いんだよ」

「魔力を消費するそのお姿が楽とは……本当に変わってますよね。しかし、立場と言うものがあります。きちんと二足歩行して下さい」


 ロゼッタと別れたレオンはティーガと共に執務室にやって来ていた。机の上に山のように積み重ねられた書類が目に入ったレオンは顔を顰めてしまう。執務途中に逃げ出した彼の自業自得であるが、あまりの量の多さに現実逃避をしたくなった。


 ぼてぼてと四足歩行で歩いてふかふかの椅子にどしんと座ったレオンの衝撃で書類が数十枚程ひらひらと舞い、絨毯の上に落ちる。

落ちた書類を丁寧な所作で拾ったティーガは未だに獣化している彼につい目頭を押さえてしまう。いつものように小言を連ねようとすれば、それを見透かしたレオンは舌打ちをして本来の姿に戻った。

 

 夜のほうが集中出来るからと書類の山に取り掛かるが、一向に減る気がしない。静かだった執務室には次第にレオンがとんとんと机に爪を立てて奏でられる音が響く。

 ティーガは彼がイラついて来ていることに気付き、気分転換にはならないかもしれないがこの空気を変えようと口を開いた。


「……それにしても、レオン様が自ら客人を招待するなんて初めてではないですか?」

「そうかもな」

「一体どのような心境の変化がお有りで?」

「あ? ……特に変化なんて何もねぇよ。単にそのほうが都合が良かったんだよ」


 目を通した書類に朱肉を付けた左手の肉球を押し付けていたレオンはティーガの言葉に自身と同じく書類に目を通している彼をチラリと見やる。


「都合が良かったというのはどういうことでしょうか」

「……あの(メス)を此処に置く」

「はい?! 私は招待としか聞いていませんが……。ずっと此処に滞在させるつもりですか!」

「ああ。まぁ、あの女は帰る気満々だけどな」

「それをどうやって説得するおつもりで……まさか……」

「お前に任せた」


 レオンの無茶振りにティーガは痛くなり始めた胃を押さえる。ロゼッタをどう説得させるのかと聞く前から嫌な予感はしていたが、当たってしまった。変に話を振るんじゃなかったと後悔する。尤も、先延ばししたところでレオンの方から任されていただろう。

 予定になかった仕事が増えてしまったが、ティーガは良い方向に考えることにした。レオンが何やら気に入っているロゼッタをお城に留まらせることが出来れば彼の仕事に対する姿勢や生活態度が改善されるかもしれない。そう思って取り組まなければやっていけない。

 

 こうしてロゼッタの知らないところで

密かに彼女の今後が左右される計画がティーガによって進められて行くことになった。


先日加筆修正のほうを行いました。

主な変更点としましてはロゼッタの夢を一流治癒術師から一流医療師にしたことです。

読み返さなくても物語に支障はないと思います。

詳しくは活動報告を覗いてください。

今後とも当作品をよろしくお願いします。

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