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08 妥協

「シロが、この国の王様……」

「俺は押し付けられただけだけどな。めんどくせぇ」

「押し付けられた?」

「ああ。兄貴にな。まぁ、兄貴っつっても一日違いで生まれただけだが」


 フィリップが玄関扉を修復魔術で直している間に一先ず落ち着きを取り戻したロゼッタは詳しくシロに話を聞いた。思えばシロの境遇を彼女は知らない。彼が身の上話をしないのだから当たり前だ。

 ロゼッタが聞き出そうとしても、名前を聞いた時と同様の言葉を返されてしまうので諦めていた。彼女自身もシロに身の上話をしていないのでお互い様といったらお互い様であるが。

 

 彼について彼女が分かっていることと言えば、虎を怒らせるような何かをして追われていること。口が悪くて我が儘。舌打ちが癖になっている。肉とマタタビビールが好き。獣人の姿より獣化の姿が好き。高級杉丸太爪とぎで爪を研がないと時間が掛かる。意外と猫じゃらしで遊ぶ。一日の大半はソファーでだらけて寝ている。

 ざっと上げてみたが、これくらいしか分からない。殆どロゼッタがシロを観察して分かったことだけだ。名前は勿論のこと、年齢や家族構成も不明。その為、彼女は初めて彼の名前と兄弟がいることを知った。

 シルベリア王国の王様だったということには本当に驚いていた。こんな柄が悪くて一日中寝ているだらだらとしたシロが……とロゼッタは疑いの目を向けてしまうが、どうやら彼にも事情があるようだ。


「王位継承順位でいったら兄貴が王を引き継ぐんだが、あのクソ兄貴、俺に王位を譲って行方を晦ましやがった」

「行方を晦ますって……」


 この国の王族は兄弟揃って何をしているのだろうか。ロゼッタはシルベリア王国の王政が凄く不安になった。

 重鎮達のフォローが素晴らしいのか、はたまた獣民達がさして政治に関心がないのか……。どちらにしても危う過ぎるのだ。王政が緩過ぎる。他国に乗っ取られそうだ。

それこそ欲深い人間が沢山住むオルレアン王国とかに乗っ取られそうである。むしろよく今まで乗っ取られなかったものだ。これでいいのかシルベリア王国と彼女は口をあんぐりと開けてしまう。

 

 ロゼッタは自身が匿っておきながら言うのもあれだが、シロに早く帰って仕事をした方が良いと口にする。王様が逃亡するなんて駄目だろう。


「……帰りたくねぇ。王とか面倒くせぇ。早く兄貴見つけて王位返してぇ……」

「ちょっと、獣人騎士団の隊長さん。こんなのがこの国の王で大丈夫なの?」

「こんなのとは失礼なお嬢さんだなぁ。レオン様はやる気になればしっかりお仕事されてますよ。それからお嬢さん、オレは正しくは第三部隊の隊長、ベルクスね。仕方ないから親しみを込めてベルさんでもいいよ」

「……詳しい事情も知らずに人のことを勝手に誘拐犯呼ばわりする第三部隊の隊長さんとは親しく出来ません」


 先程の忠誠のポーズからちゃっかり体勢を崩してカーペットに胡坐をかいているベルクス。ロゼッタはそんな彼の言葉に白い目を向ける。

 確かに彼からすれば家宅捜索で家に押し入り、その家に自国の王様が居ればそう感じてしまうのかもしれない。獣人と仲が良いとは言えない人間が住まう家に居れば尚更。しかし決めつける前にしっかり事情聴取をするべきだ。


「まぁ、こちらも親しくつもりなんてからっきしないけど。……なるほどなるほど。お嬢さんの言う通りだね。これは失礼しました。お嬢さんの言い訳も一応聞いておこうかな」

「……第三部隊の隊長さん、良い性格してるわね」

「お褒め頂き光栄だね」

「褒めてないから。皮肉だから。性格が悪いって意味」


 ヘラヘラと笑いながら“一応”の部分だけを強調した言い方のベルクスにロゼッタは頬を引き攣らせて皮肉を言ってみたが、彼には効かなかった。

 

 これ以上彼と不毛な争いを続けていてもあれなので彼女はミアの森で傷ついたシロを治癒術で癒し、虎に追われているから匿ってくれと無理矢理頼まれたことを事細かく彼に説明する。


「おい、(メス)。無理矢理じゃねぇだろ。迷ったお前を助けてやる代わりに泊めてくれと言ったんだ」

「あれはそもそもシロがいなければ迷わなかったの!」

「俺だって別に傷を治してくれなんて頼んでねぇ」

「まぁ、まぁ。落ち着いて下さいよ。レオン様もお嬢さんも。それからシロではなくてレオン様ですから。敬語を使って下さいよ」


 ロゼッタとベルクスの言い合いの次はベルクスとバトンタッチしたかのようにシロと揉め始めたロゼッタ。それに横槍を入れたのは怖いもの知らずのベルクスだ。

 ちなみにこの場にもう一人いる獣人騎士団のフィリップは自身の尻尾をマフラーのように手前に持って来て両手で押さえ、ビクビクとしながら成り行きを見守っている。


「第三部隊の隊長さん、お分かり頂けましたでしょうか? 私は誘拐ではなく、むしろ保護したんです」

「そうみたいだね。それにしてもレオン様、どうして怪我をされていたのですか?」


 ロゼッタはベルクスに誤解をしていたのだから謝れとそれとなく威圧的な態度をとって見たが、彼は自身の誤りを謝罪することもなくこの件をサラッと受け流した。

 ベルクスと出会ってからまだ少ししか経っていないが、彼とは反りが合わないと感じたロゼッタだった。


「ちょっと油断したんだよ。執務の休憩がてら城から抜け出して兄貴を探しながら散歩してたらよ、何処から狙ってやがったのか、狩人に撃たれた。闘うのも面倒だし、森でやり過ごした。きっとあの狩人はあの森で迷子になって魔物に殺られたな」

「ほんと人間は野蛮だなぁ。レオン様もその場でガブッと殺っちゃえば良かったんですよ」


 ベルクスは尻尾をもさっと太くして左右にバタバタと振りながら嫌悪感を顕にしている。こうも露骨に嫌な顔をしているとなると、彼は人間であるロゼッタが嫌いだからあんな態度を取っているのかもしれない。

 その割に彼女のことをシロのメス呼びと違い、お嬢さんなんて呼び方をしているのだが。


「執務を放置して城から抜け出した挙句、油断して怪我をしたと知ったら絶対あの真面目な虎に怒られる。尚更帰りたくねぇ……」

「……結局シロが悪いじゃない。自業自得じゃん」

「お嬢さんは黙ってて。それからシロじゃなくてレオン様だから。後敬語。お嬢さん物覚え悪過ぎ」

「このオオカミっ! イチイチ癇に障る!」


 突っかかってくるベルクスを一度丸焼きにしてやろうかとロゼッタは喉元にまで詠唱が来るが、なんとか堪えた。

 早いところ彼等には退散してもらいたかった。シロと離れるのは少し寂しさを感じるが、灰色狼と赤狐はここに居座る白ライオンを連れて帰らなければ出て行ってくれないだろう。

 それに彼はこの国の王様である。いつまでもロゼッタの家で居候させてはあげられない。遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。


「シロ……あー、レオン様? 早く帰ってさっさと謝った方がいいんじゃないでしょうか? もう休暇は充分満喫したかと」


 厳密に言えば、彼は執務の最中に抜け出して来たので休暇ではないが。

 食べたら寝て、食べたら寝てと一日中ごろごろとだらしのない居候生活を送っていたシロことこの国の王であるレオン・シルベスター。

 そろそろしっかり働いた方が良い。


「……チッ」

「出た、舌打ち」

「……(メス)、お前も来い」

「…………はぁ? すみません。えっと、何故だかお伺いしても?」


 ロゼッタは何がどうしてそうなったのかが分らない。これにはベルクスとフィリップも目を丸くして驚いていた。

 

 王様に向かって思わず呆れた声を漏らしてしまったロゼッタは謝罪する。今更な気がするが、近くには五月蝿い狼がいる為、きちんと敬語を使う。

 尤も、本来ならばそれが普通であるのだが、如何せん今までシロがこの国の王であるレオンと知らずに接して来た彼女にとっては彼に敬語を使うのがムズムズとして違和感を感じるのだ。

 

「理由か? あー。何だ、強いていえば、前にも言ったが何故かお前の近くは居心地が良い。口煩いがな」

「……はぁ? 私はこの街の病院で働いているんで無理です」

「来い」

「無理です!」


 居心地が良いという理由だけで一緒に来いだなんて理不尽だ。ロゼッタにはロゼッタの暮らしがある。ハーフェンで獣医としての経験を積み、いずれは獣医をしながらこの国を回って怪我に無頓着な獣人達の価値観を変えて行ければいいな、なんて考えていた。一流獣医師の道のりはまだまだ遠い。



「来る来ないで揉めているところにあれですけど、どの道お嬢さんにはオレ達と一緒に来て貰うんですけどね」

「第三部隊の隊長さん、誘拐疑惑は晴れましたよね? でしたら一緒に行く意味ないですよね?」

「実はこの家に入る前から人間の匂いに混じってレオン様の匂いがしたからその時点でふくろう便でティーガさんに伝書を送っちゃった。いやー、この町って王都と違ってハヤブサ便ないんだね」

「第三部隊の隊長さん、貴方まじ何なんですか。よくそれで隊長やれてますね」

「ベルクス隊長っ! だからぼくは言ったんですよ! 早まらない方が良いのではないかと──……むぎゃっ?!」


 ベルクス自身が人間が嫌いだからなのかはロゼッタの知ったところではないが、それにしても軽率な判断過ぎだろう。彼に誤認逮捕された者が沢山いるに違いない。

 フィリップは常識のある獣人のようで、一度はベルクスを止めてくれたようだ。しかし、口をむぎゅっとベルクスに両手で挟まれているところを見ると、ロゼッタの家に押し入る前も言いくるめられてしまったのだろうことが伺える。


「……ちょうどいい。ティーガに誤解を解くために一緒に来い」

「いやいや、誤報だって手紙を送れば済みます。それから先程から会話に出てきているティーガさんって一体誰なんですか」

「ティーガは虎だ。この国の宰相をしている。生真面目で五月蝿い」


 なんとなくティーガが虎であることはロゼッタも分かってはいたが、念のため聞いてみた。ぐうたらな王様を支えている国の重鎮とも言える宰相な彼を尊敬した。相当頭のキレる獣人に違いない。


「せ、僭越ながらレオン様、ぼくにご提案が。彼女はレオン様の怪我を治して下さった命の恩人です。そこで、御礼としてお城に招待するというのはどうでしょうか? も、勿論先程急ぎのふくろう便で送ってしまった伝書も誤りだったとぼくの方からまた急ぎのふくろう便で送っておきますので」

「別にあの程度の怪我なんて放っておいても治ったから命の恩人でもねぇけど、確かに御礼として招待した方が一緒に来てくれそうだな。おい(メス)、喜べ。俺の命の恩人として城でもてなしてやる。だから来い」

「嫌です! 私は獣医として当たり前のことをしただけですし、そんな御礼とか要りません。誘拐疑惑を晴らせればそれでいいです」


 誤報だったとフィリップが改めてふくろう便でティーガに伝えてくれるだけでロゼッタは満足なのである。しかしレオンはそれに不満気に尻尾を揺らす。どうやら彼は何としても彼女を王都にある自身のお城へ連れていきたいようだ。終いにはロゼッタが来なければ帰らないと駄々を捏ね始めた。

 こんなにも懐かれていたなんてとロゼッタは驚くも、彼にとって自身は彼の居心地を良くする安定剤もどきに過ぎないと自己解決する。

 彼女がそう解釈するのも仕方がない。ハーフェンに住む獣人達にも彼女といると良い匂いがして落ち着くと評判だった。

 お洒落にそれ程興味のない彼女は香水なんて付けたことがない。それこそ制汗スプレーも可愛げのない無臭タイプのものを使用している。

彼女自身ではどんな匂いがするのかは分らないが、獣人達の好きな匂いらしい。……今しがた灰色狼という例外も現れたようであるが。


「お願いじまず〜。ちょっとご一緒に来て下さるだけでいいですからっ」

「ちょっ……フィリップ君、泣かないでよ」

「あーもうさぁ、説得出来ないんだったらお嬢さん気絶させて連れて行っちゃいましょうよ」


 ロゼッタに縋るようにポロポロと涙を流しながら綺麗な土下座をするフィリップにどうしたものかとたじろいでしまうロゼッタ。

 今の状況に痺れを切らしたベルクスの騎士とは思えない発言に彼女はギロリと彼の方を向く。全く騎士の風上にも置けない。しかし彼ならやりかねない。強引な手段で勝手に連れて行かれたら溜まったものじゃない。


「…………はぁ。分かりました。行きますから。その代わりお城でのおもてなしとやらが終わったら直ぐに帰りますからね」

「ありがどうございまずっ!」

 

 何度もロゼッタに頭を下げて御礼を言ったフィリップは早速ティーガに新しい伝書を送るからと去り際に右手の拳を左胸に当てた騎士の敬礼らしきポーズをしてロゼッタの家から出て行く。それに続くようにベルクスも出発する準備があるのか、レオンに敬礼をして出て行った。

 

 やっと一息つけると思ったロゼッタであるが、彼女にもやらねばならないことが沢山ある。上司であるベックに事情を話して休暇を貰わなければならないし、ハーフェンの獣人達にも留守にする旨をそれとなく挨拶しておきたい。王都に出発する準備もしなければならない。


 時刻を見ればもう直ぐお昼休憩が終わる。その為、ロゼッタは急いでお昼御飯を口に掻き込んだ。今日の昼食はシロ基、レオンと同じねこまんまだ。王様にねこまんまを出すのは如何なものかと一瞬悩んだが、ロゼッタの冷蔵庫には高級食材なんて入っていないのでいつものようにねこまんまを出した。

 初めこそ文句を言っていた彼であるが、それしかご飯がないということに諦めてからは顰めっ面ではあるも何も言わずに食べてくれている。

 獣人騎士団が家に押し入ってからまだ間もないというのにいつもと変わらずぐうたらしている彼にロゼッタは溜息が出た。

 

レオン・シルベスター(♂)

24歳。獣人。

銀色の瞳と真っ白な毛を持つホワイトライオン。

シルベリア王国の現国王。

執務の最中に逃亡。自身に王位を譲って行方不明になっている兄を探していたが、怪我をしてミアの森で自己治癒するのを待っていたところで偶然ロゼッタと出会い、半ば強引に彼女の家に居座る。

ロゼッタに名前を教えなかったのでシロという仮名を付けられた。

国王とは思えない程口が悪く、ロゼッタの家に居候中は獣化verでぐうたらな生活を過ごす。

好物はお肉とマタタビビール。

爪とぎは高級杉丸太爪とぎ派。


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