07 抜き打ち家宅捜索
クッキー作りをしてからは頻繁にアンナとお菓子作りをするようになったロゼッタ。
蒸しパンにカップケーキ、マフィンにドーナツとレパートリーも着々と増えてきている。
作ったお菓子は彼女が自分で食べたりもするのだが、大半はシロ行きだ。丸呑みしてしまうシロの為に少し大きめに作ったりと工夫を凝らしてみている。
意外に甘党なのか、単に食意地はっているのかは分からないが、彼はロゼッタがお菓子作りをして家に帰って来る日を心待ちにしていた。勿論彼がロゼッタに対して素直にそれを言う筈がない。
「それじゃあ、シロ。仕事行ってくるから」
もはや日課となりつつあるシロへの挨拶。一日の大半を寝て過ごしている彼は定位置のソファーで寝ていた。
起きるのが面倒なのか、尻尾の先だけパタパタと小さく動かすのだ。ロゼッタはそれを勝手に彼なりの行ってらっしゃいなのだと解釈している。
「おはようございます」
「おう。おはよう。相変わらず早ぇな」
「これでも以前ベックさんに始業15分前は早過ぎると言われたので始業10分前に出社して来たんですけど」
ロゼッタの自宅から職場までは徒歩5分くらいである。以前は8時40分に家を出て15分前行動をしていた。
しかしベックに早過ぎると文句を言われて現在は5分遅い8時45分に家を出ている。どうやらそれでもベックからしてみれば早いようだ。
「もう15分遅く来てもいい」
「それじゃあ遅刻です! ほら、早くその散らかった蜂蜜ジャーキーを何とかして下さい!」
ロゼッタは時間にルーズ過ぎるベックの対応に慣れたものだった。出勤していつもこんな感じであるから当然だ。
多くの獣人達はベックと同じ様に時間にルーズで、開店時間を30分過ぎた時に行っても開いていないお店も少なくはない。
人間と違って獣人はのんびりしている者が多いのだ。
「今日の午前中は三街区と四街区の訪問診療に行ってきますね。ベックさんはどうしますか?」
「俺は昨日頑張ったから留守番」
「……はぁ。行ってきます」
「おう、こっちは任せろ」
ベックは昨日ロゼッタと一緒に訪問診療に行ったからか、今日は全くついてくる様子がない。散らかった蜂蜜ジャーキーを片付けるという体で食べているベックに溜息を着きながらロゼッタは訪問診療に向かうのだった。
「シルベリア王国獣人騎士団?」
「そう。ロゼッタちゃんは知らなくて当然かもしれないねぇ。まぁ、ここにいる町の皆も殆ど関わりがないんだけど。彼等は王都を中心として働いてて、最近各地を回ってるんですって。何でも行方不明になったある獣人を探しているみたいよ」
ぎっくり腰で腰を痛めていた三街区に住むカバのご婦人、ドーラの治療をしたロゼッタは帰り際に彼女から何気なく話された世間話に帰り仕度の手が止まる。
「……その行方不明になった獣人の見た目とかは分かっているんですか?」
「それが極秘らしくてねぇ。ただの一般獣人には教えてくれないみたい。だからなのか、情報が出回るのが遅くてね、夜勤明けの娘から今朝聞いたの。今日ハーフェンに来るんですって」
「え! 今日ですか?!」
「ええ。四街区にはまだ伝わってなかったのね」
騎士団が来る前に家をお掃除しなきゃとロゼッタに治療されて動けるようになったドーラはロゼッタにお礼を言った後、直ぐにハタキを持って掃除をし始めた。
ドーラ宅を出たロゼッタは焦りと不安が入り混じった表情を隠しきれない。
獣人騎士団が探している行方不明の獣人は恐らくシロであろう。
(それにしたって極秘獣人で騎士団から各地を搜索されてるってどんだけ?! まさか大罪獣人?! しかも獣人騎士団が今日ハーフェンに来るとか余りにも突然過ぎるっ)
幸い午前の訪問診療は職場から近い四街区から始め、三街区のドーラの診療も終わり、本日予定していた獣宅は後一件。何事もなければ診療はすぐ終わる。
いつもは早く終わっても早めのお昼休憩は取らずに職場に帰るのだが、今日は早く帰ってシロに獣人騎士団の件を伝えるべきだろうとロゼッタは思った。
「シロ!!」
「……うるせぇ、何だ。まだ昼じゃねぇぞ。それとも俺に菓子を渡しに来たのか。態々ご苦労だったな」
「今日の訪問診療は二街区じゃないからアンナさんのお家には行ってないよ! それよりも騎士団! 獣人騎士団が行方不明の獣人を探しに各地を回ってて、今日来るみたい!」
「そうか……」
「ちょっと、何でそんなに落ち着いてるのよ! 行方不明の獣人ってシロのことでしょ!」
「まぁそうだな」
訪問診療を終え、慌てて自宅に戻ったロゼッタはドーラから聞いた獣人騎士団の件を早口で伝える。
グワーっと欠伸をして後ろ足で頭を掻いているシロはまるで自分の事ではないかのように至極落ち着いていた。否、落ち着くどころかのんびりと毛ずくろいをしている。
こんなにもロゼッタが焦っているのが逆におかしく感じるくらいだ。
そもそもロゼッタは自分でもどうしてこんなに焦っているのかが分からない。極秘獣人で大罪獣人かもしれないシロを匿っているから共犯に思われてしまうかもとドギマギしているのだろうか。
「今日この町に来るからってこの家に来るとは限らねぇだろ。都心程じゃねぇがこの町はそこそこ広い。1日で家宅捜索は出来ねぇ。一街区からなら今日は来ねぇよ」
「それはそうだけど、大人数で来てたら手分けして家宅捜索出来るじゃん」
「……その手があったな」
「え、ちょ……シロって実はアホ? 一街区からかも分からないし」
「喰い殺されてぇのか? 寝起きで頭が回らねぇだけだ」
もはや恒例となりつつある二人の返しから言い合いが始まり、獣人騎士団への対処法も決まらない内に玄関扉を叩く音が聞こえ、ロゼッタとシロの動きは止まる。
「待って、まさかもう来ちゃったんじゃない?! どうしよう! こうなったら居留守! 居留守してやり過ごそう。流石に諦めて帰ってくれる筈」
居留守を決意して暫くすると玄関扉を叩いていた音が止んだ。免れたと安堵するロゼッタだったが、次の瞬間、ドカーンと言う音と共に玄関扉が吹き飛ばされた。
突然の出来事にびっくりしたロゼッタは思わず近くにいたシロの首に手を回して抱き着いてしまう。
「な、ななななっ。扉がっ! 賃貸なのにっ! どう言い訳すれば……」
「おい、女! 苦しい。絞め殺す気か」
「ご、ごめんっ」
シロの苦しそうな呻き声にハッとしたロゼッタはぎゅうぎゅうと彼の首に巻き付けていた手を謝りながら離す。
彼から離れた彼女は玄関のほうからこちらにやって来た侵入者を見た。
「やぁやぁ、どうもー。声が聞こえるのに出て来ないからさぁー、扉は吹き飛ばしちゃった。怒るならこのキツネを怒ってね。やったの彼だから」
「そんなっ。ぼくはベルクス隊長がやれって言うから!!」
シルベリア王国の騎士団服だと思わしき正装を気崩した雄狼は騎士団服を襟元までしっかりと閉じて着用している雄狐を弄る。そして思い出したかのようにロゼッタに向かって自己紹介をし始めた。
「初めまして、人間のお嬢様さん。オレはシルベリア王国の獣人騎士団で第三部隊の隊長やってるベルクス。こっちのちっこいのは部下のフィリップ」
「じゅ、獣人騎士団第三部隊所属のフィリップです。す、すみませんっ。ドアを吹き飛ばしてしまって……」
「まぁー取り敢えずさ、お嬢さん。君はシルベリア王国の現国王であるレオン・シルベスター様誘拐罪で王都までご投降をお願いしたいかなぁー」
「……………はい?」
国王。
レオン・シルベスター。
誘拐罪。
目の前にいる灰色狼、第三部隊隊長のベルクスから放たれた言葉にロゼッタは素っ頓狂な声を上げる。
彼女はこの国の国王の顔も名前も知らないし、ましてや誘拐した記憶なんてない。何やら誤解している彼に違いますと抗議しようとしたが、彼女の隣にいたシロが前に出て来た。
ベルクスとフィリップはその場で片膝をついて頭を下げる。
「ご無事で何よりレオン様。いつもの逃亡にしてはかなり長かったので初めは怒っていたティーガさんもちょっとだけ心配してましたよ。いやぁー、まさか人間に誘拐された挙句軟禁までされているなんて」
「はっ?! え、何でシロに片膝ついて頭下げてるの?! 今シロに向かってレオン様って……」
ロゼッタの聞き間違いでなければベルクスは確かにシロをこの国の国王の名前で呼んだ。
そんな馬鹿なとシロの後ろ姿をじーっと凝視しても彼はロゼッタのほうを振り返らない。
「もしかしてシロってレオン様のこと? 駄目だよー、お嬢さん。勝手に変なあだ名をつけちゃ。この御方はシルベリア王国の現国王、レオン・シルベスター様なんだから」
自身の家に居候していたシロが実はこの国の王様で、そんな彼を誘拐した罪人だと獣人騎士団の彼等から思われている状況にロゼッタの頭は爆発寸前だった。