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06 訪問診療とマタタビクッキー

「チャドさん、骨折してるじゃないですか! 昨日ですか? 何で病院に来ないんですか」

「いやー骨折くらい舐めとけば治るさ」

「治りません! どうやって骨を舐めるつもりですか」


 訪問診療でチャドの家に訪れたロゼッタはチャドが仕事で足を踏み外し、骨折している事が判明して只今お説教中である。

 彼の妻である雌パンダのアンナと双子の子パンダ、アンディーとランディーに見られながらお説教されるという一家の大黒柱としては情けない姿を曝け出していた。


「わーパパ怒られてるー! ダッセーの!」

「わーパパ怒られてるー! ダッセーの!」

「子供達の前で見っともないわね。だから昨日のうちに病院に行っておけばよかったのよ」


 家族にも見放されて散々であるチャドであるが、ロゼッタは容赦しない。一流医療師を目指していた彼女は怪我や病気には人一倍五月蝿いのだ。


「チャドさん、いいですか。骨折は放置していても骨が自然とくっつくこともありますが、手足等の動く部分は折れた部分が転位して変な形に治癒してしまうことがあるんですよ」

「いや、でも俺は獣人──」

「少なくとも私の前で人間だとか獣人だとかの言い訳は通じませんよ。怪我人は怪我人。病人は病人。患者に変わりありません」

「…………すまん」


 反省しているから今日のところはこれくらいでいいかとロゼッタは患部に手をあてて癒す。

 なんとか獣人達の怪我や病気に無頓着なところを直せないものかと思考錯誤している毎日である。

 ロゼッタの訪問診療のお陰でこれでもよくなった方なのだ。

 ちなみにあれからベックはと言うと彼も頑張って週に一回は訪問診療に赴いてくれるようになった。……今日は来ていないのだけれど。

 まだまだ挨拶が不慣れでギスギスしているものの、最初に比べれば進歩している。



「おー、すげぇ。しっかり治ってる。流石獣医。ありがとな。これで明日から仕事出来る」

「それは良かったです。でも次からはしっかり病院に来て下さい。いつでも診療しますから」


 時間外や定休日でも診ますとちゃっかりアピールすることをロゼッタは忘れない。勿論怪我や病気にならないことが一番良いのだが。


「ロゼッタちゃん、夫の怪我を治してくれてありがとう。お礼と言ってはなんだけど、これから一緒にお茶しないかしら?」

「いえいえ、お気になさらずに。獣医として当然の事をしたまでですから」

「そんな遠慮しないで。あたしがお茶したいだけだから。ほら、座って頂戴」

「……ではお言葉に甘えて少しだけ」


 何だか帰れない雰囲気になってしまったロゼッタは促されるまま緑チェックのテーブルクロスが敷かれたテーブルを前にして椅子に座る。

 程なくしてテーブルに手作りと思われる動物の形をしたクッキーと紅茶をアンナが運んで来た。


「わぁ、とても美味しそうです。紅茶もいい色で。クッキーは手作りですよね?」

「ええ。ちょっとした私の趣味よ」

「凄いですよ。私、あまり得意じゃないので。お菓子作りなんてチョコを溶かして固めたぐらいしか」

 

 ロゼッタのお菓子作りの記憶は毎年2月(アクエリアス)の14日に行われるオルレアン王国のショコラデーだけである。

 市販で買った板状のチョコレートを湯煎にかけて市販の型に流し込み、更に市販のトッピングをまぶして固める。

 家族を亡くしてからは毎年ゼノに頼まれて作っていた程度。


「あらそうなの? クッキーはとっても簡単に出来るわ。ロゼッタちゃん、今日はこの後空いてるの?」

「ええ、まぁ。今日の訪問診療は一街区と二街区の予定でチャドさんのご自宅が最後です」

「なら、クッキーを作りましょうよ。私、娘とお菓子作りをするのが夢だったの。ほら、アンもランも男の子だし、夫に似てヤンチャでいつもああやって竹を振り回して遊んでいるのよ」


 娘ではないとロゼッタが口を出す隙も与えずにアンナはリビングの窓から外でチャドと一緒に竹を振り回して遊んでいる我が子達を見やる。

 釣られるようにロゼッタも彼等を見たが、チャドがアンディーとランディーに腕をバシバシと竹で叩かれていた。

 今度はチャドの腕が骨折しないか心配になる。


「でも……私が作ってもプレゼントする人とかいませんし」

「別にお菓子作りは自分で食べる為に作ってもいいのよ? それにロゼッタちゃんはベックさんとかにあげてみたらいいんじゃない?」

「丸呑みされますね……」

「じゃあ、ペットのネコちゃんは? マタタビクッキーでも作ってあげてみる?」

「シロですか? 丸呑みされますね」


 町の獣人達はロゼッタの家に引きこもっているシロを見たことはないが、如何せん消耗品である爪とぎや猫じゃらしを買っていたのでペットとして猫を飼い始めたという設定にしているのだ。


 アンナの口から出て来た二人の獣人にクッキーを渡すのを頭の中で想像してみるも、どちらも丸呑みされて終わるのしかイメージ出来ない。


「でも、折角誘って頂いたのでクッキー作ってみます」

「ありがとう! 材料は沢山あるからお茶し終わったら作りましょう!」


 うきうきとして喜んでいるアンナが二児の母には見えないくらい幼く見えてとても可愛いと思いながらロゼッタは紅茶を飲んだ。



「あ、アンナさん。上手く形が作れないです」

「それはシロちゃんかしら? 型を使わずに作ってみたのね」 

「はい……」


 クッキー作りはロゼッタが思ったより簡単だった。分量を計って材料をボウルで混ぜ、ある程度生地が固まって来たら形成する。

 アンナの家には色々な動物の型があったが、ライオンはなかったのだ。ライオン特有の鬣を型で再現するのはやはり難しいのかもしれない。

 自力で頑張って形成しようにも上手くいかない。目の位置は左右でズレるし、鬣はヨボヨボ。髭もふにゃっとしている。


「しっかり愛情が籠っていればシロちゃんも形なんて気にしないわよ」

「あははは……。そうだといいんですけど」


 あのナルシストの事だから絶対に形を気にするに違いないと思ったロゼッタだが、アンナには笑って誤魔化す。

 

 クッキーが焼けるまでは主にアンナの子育ての話を聞いていた。一人でも大変なのに彼女の場合は双子だったので倍大変だったようだ。

 

「勝手に冷蔵庫の笹を漁ったり、お風呂から出たらタオルで身体を拭かないから床がびしょびしょ。至るところで爪を研いだりしてたわ。本当躾って大変」

「……それは大変ですね」


──シロじゃん! シロと同じじゃん!

 

 ロゼッタは心の中でそう叫ぶ。


 母になるどころか恋人すらいないロゼッタ。けれども彼女はシロのせいで我が子を育ている気分になる。


「まぁ、手の掛かる子程可愛いって言うからね」

「……なるほど」


 確かに最近はシロも可愛気が出て来た気がしないでもないと思ったが、それは直ぐに撤回されることになる。



「…………何だこれは」



 アンナに教えて貰いながら作ったマタタビクッキーを家に帰ってからシロに渡したら第一声がそれだった。

 ベックにはクマの型を使って蜂蜜クッキーを作ったのだが、留守だったのでメモ用紙に一言書いて置いて来た。恐らくまたミアの森で魔狩りをしているのだろう。


「マタタビクッキーだよ」

「…………この形は何だ」

「え〜と……一応シロだったり?」

「……これが俺だと?」

「うん」

「右目がないぞ。髭はどうした」

「焼いたら取れた。はい、残骸」

「…………」


 焼く前は辛うじてついていた右目と細くてふにゃふにゃしていた髭は焼いたら取れてしまったのだ。

 案の定、シロは怒っているのかは分からないが、何とも言えない顔をしてマタタビクッキーを凝視している。


(メス)、お前センスないな」

「五月蝿い。食べないなら捨てる」


 やっぱり可愛いくないとロゼッタはシロからマタタビクッキーを奪い、ゴミ箱に捨てようとした。


「グヘッ。何するの。肉球で顔面押さえないでよ」

「……うるせぇ。別に喰わねぇとは言ってねぇ」


 シロはロゼッタに肉球で軽くパンチし、彼女の動きが止まった隙にマタタビクッキーを奪い返して口に入れた。


「……食べるならちゃんと味わって食べてよ」

「もう丸呑みした」

「はぁ……可愛いくない」

「ハッ。俺は恰好いいからな」


 思った通りマタタビクッキーを丸呑みしたシロを見てロゼッタは肩を落とす。

 シロに可愛さを求めてはいけないんだと彼女は今後の教訓にした。

 

 ロゼッタは気付かなかったのだ。

 

 シロがマタタビクッキーをロゼッタから貰った時に尻尾をピンと立て喜びの仕草をし、食べ終わった後は尻尾を大きくゆっくり振って嬉しくて機嫌の良い仕草をしていることに。




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