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03 『森のくまさん病院』での日常

 シルベリア王国の港町ハーフェン。その四街区の隅っこにひっそりと佇む小さな病院。患者が入院出来るベッドなんてものは存在しない。個別に仕切られた診察室が三部屋。そのうちきちんと機能しているのは一室のみ。

 入院施設を持たない無床医療機関とも呼べる『森のくまさん病院』は病院と言うよりは『森のくまさんクリニック』や『森のくまさん診療所』と名乗った方が良い。尤もこれはオルレアン王国の病院の定義であり、シルベリア王国では特にそのような定義がないのかもしれないが。



「……はぁ。患者、来ません」

「ハッ。別に患者が来ないってのは良いことだぜ。皆元気。それでいいじゃねぇか」

「違いますよ! ベックさんの顔が凶器になってるんです。いつも睨んでるようなその目付きに不機嫌そうな顔。それじゃあ怖くて皆さん来ません。看板の可愛らしい丸文字と可愛らしい病院名は詐欺ですか」

「…………」

「すみません。言い過ぎました。だからそんな凹まないで下さい。どうぞ、蜂蜜ジャーキーです。元気出して下さい」


──ベックさんメンタル弱過ぎ!


 図体がデカくて強面なベック。それこそロゼッタも初対面の時は獣医という生かす側の仕事よりも殺す側の暗殺業に携わってますと言われた方がしっくりきたのだが、此処で働き初めて僅か数日で彼の印象はがらっと変わった。


 見た目は凶悪、中身は柔和で驚く程メンタルが弱い雄熊だった。

 

 町で皆に避けられるから極力出歩きたくないと言ってロゼッタに買出しを頼んで引きこもる。自ら好んで赴く場所を強いて上げるならハーフェンの北側から出て少し先にある森くらいだろうか。

 試しにロゼッタが強引にベックをハーフェンの商店街へ連れて行けば、いつもなら向こうから嬉しそうに寄って来るメリィ達が隠れて出て来ない。こちらから寄って行くとベックを見た子達は怖いと言って大泣きした。

 彼はその場で表情こそ変えなかったものの、職場兼彼の家に帰ってからは余程ショックだったのか、大きな巨体を極限まで丸めて暫くの間部屋の隅で三角座りしていた。

 

 今もロゼッタの言葉に傷ついて床に尖った爪でぐるぐるとのの字を刻んでいる。やたら床に引っ掻いた跡が多いのはこのせいだ。

 彼女がご機嫌取りにと差し出した蜂蜜ジャーキーを受け取ったベックはそれを味わうことなく一口で食べる。これで少しは彼の機嫌も良くなったかと思ったが、まだ床を爪でガリガリしていた。


「そもそも俺達獣人は自己治癒力が高い。だから医者にかかるやつなんて殆どいねぇ。皆怪我は舐めときゃそのうち治ると思ってるからな」

「じゃあなんで私を雇ったんですか」

「パシリ」


 なんのためらいもなく言い放ったベックにロゼッタは自身のこめかみに青筋が立ち、口角がひきつるのが分かった。

 要するにロゼッタは獣医として雇われたというよりはこの町の獣人に避けられて引きこもりがちな彼の為に買出しに行く使いっ走りとして雇われたようなものだ。


(これじゃあゼノに鼻で笑われるっ!)


 あれだけゼノに一流の獣医を目指してマルガリータをギャフンと言わせてやる、とか、ゼノには負けないと啖呵をきっておきながらこれである。

 

 いざ獣医として仕事をしようにも自己治癒力が人間より遥かに優れているらしい獣人達は怪我に無頓着で病院に来ない。だから診療時間が短くいつも夕方前に扉に吊るされた板ボードは『OPEN』からひっくり返されて『CLOSE』に変わるのだ。

 一応時間外の患者もきちんと受け入れてはくれるみたいであるが、ロゼッタが勤務してそれなりに日は経つのに一度も退勤後に呼び出しされたことはない。

 単にベックが対応しているからロゼッタが呼ばれていないだけかとも思ったがきっと違う。



「もう家に帰っていいですか。患者も来ませんし、今日も早めに病院閉めますよね」

「……すまない。帰らないでくれ」

「まさかまた……」

「まぁ、ちょっとこっち来て相談に乗れや。どうやったらお前みたいに町の皆から好かれるんだ?」


 今日も今日とて患者が来る気配もなく、やることもないので帰ろうとキノコの形をした受付の椅子から立ち上がって帰り支度をしていたロゼッタはベックに引き止められた。

 またか……とロゼッタは溜息をつく。ベックは高確率でこのようにロゼッタに相談して来るのだ。


 床に三角座りをしていた彼はいつの間にか綿が出てボロボロになっている大きなソファーにどすんと座り、ぽんぽんと自分の隣を手で叩いてロゼッタが座る前に話し出した。


(いやいや、だから私はカウンセラーになった覚えはないんですけど!! これも獣医の仕事なの?!)


 けれどもロゼッタは気付けばベックのペースに乗せられて毎回彼の隣に座り、対獣人関係に頭を悩ませる彼の相談相手になっているのだった。


「やっぱりまずは挨拶ですよ。基本です。オルレアン王国では挨拶は友達を作る魔法の言葉だとも言われていました」

「何だそれ。向こうの国では挨拶で友達が出来るのか。それでお前も?」

「いいえ。出来てませんけど!」

「ハッ。駄目じゃねぇか」

「五月蝿いですね! 向こうでは私にも色々と事情があったんです!! こっちでは友達出来ました!!」


 とは言いつつもハーフェンの獣人達はフレンドリーな方々なのか、ロゼッタの場合は向こうから寄ってくるのだが……。

 それは置いといても挨拶は大切である。ベックに何か話すきっかけを与えてくれる筈だとロゼッタは思った。


「さぁ、では練習がてら私に挨拶をしてみて下さい。どうぞ」

「よ、よう……」

「睨まないでもっと笑顔でお願いします」

「ぐっ……。よ、よう。……こうか?」

「……ベックさん、それ笑顔ですか? めちゃくちゃ怖いんですが」

「うるせぇ。緊張して顔が強ばっちまう。必要以上に目に力が。瞬きが出来ねぇ。タイミングはいつだ」

「リラックス、リラックスです。瞬きはしましょう。瞬きしないから充血して余計怖いですよ。タイミングとかいつでもいいです」


 本人曰く笑顔であるらしいその顔は誰がどう見ても笑顔ではないと断言する顔だった。笑顔をキープしているのか、一切瞬きをしないベックの目は充血して真っ赤だ。


「……待て。よくよく考えれば経験上、挨拶する前に避けられる気がするんだが」

「……そこは気合いです。避けられる前にベックさんが挨拶するんです。実践あるのみですよ。町で皆に挨拶をして声を掛けてみましょう。明日にでもやりますか?」

「……いや、やめておこう。俺にはまだ早ぇ」

「お疲れ様でーす。帰りまーす」

「すまん! まだ居ろよ! 帰るな!!」 


 ロゼッタは相談する癖に行動に移さないベックに今日の相談はもう終わりだと打ち切り、彼の声を背中で聞きながら今度こそ帰るのだった。



『森のくまさん病院』──そこにはメンタル激弱の雄熊のベックと人間のロゼッタが働いている病院。患者は全く来ない。まったりしながら引きこもりのベックの為にパシリをしたり相談に乗る。それがこの病院でのロゼッタの日常だ。

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