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02 ようこそハーフェンへ

 オルレアン王国の王都ユマンニーテから馬車を乗り継ぎ、本数の少ないシルベリア王国の港町であるハーフェン行きの船に乗ったロゼッタ。

 これまで乗り物に乗った事がなかった彼女はここに来て自分が乗り物に滅法弱いという事実を知った。

 出発の準備の買出しに付き添ってくれたゼノに酔い止め薬は大丈夫なのかと聞かれていたが、ロゼッタは平気だろうと軽率に言って買わなかった。その結果がこれである。自分の三半規管がこんなにも脆いとは……と馬車に乗って数分、ゼノに言われた時に買っておけば良かったとロゼッタは早くも後悔したのだった。

 

 ガタゴトと揺れる馬車で顔を青くし、危うく吐きそうになった所を相席していた子連れの親子に介抱され、酔い止め薬を貰えたのは運が良かったのだろう。しかし年端もいかない子供に背中を摩られ、その子供の母親と馬車を操縦している御者にも生暖かい目で見られてしまった自分が情けないとロゼッタは思った。

 人間にも普通に治癒術がかけられれば自分でなんとか出来たものを……と彼女は顔を顰めてしまう。


 

 馬車を乗り換える町で今度こそしっかり酔い止め薬を買ったロゼッタはそこからの馬車では気分が悪くならず、最初と違って流れゆく景色を堪能することが出来た。

 ところが次は船酔いが彼女を襲った。酔い止め薬の効果よりも船酔いが勝ってしまったロゼッタは馬車とはまた違うゆらゆらした感覚にダウン。我慢出来ずに海に嘔吐。


 そんな予期せぬ困難に見舞われたが、数日かけてシベリア王国の港町であるハーフェンに到着。

 船から降りて地に足がつくことに喜びを感じる。もう当分乗り物には乗りたくないものだとロゼッタは思いながら地図帳を取り出して職場を探す。


「えーと、ハーフェンの四街区にあるのか、『森のくまさん病院』……何かちょっと可愛い」


 キョロキョロと辺りを見回して地図帳と照らし合わせ、同時に観光気分で町並みを彷徨く。

 『八百屋サイ』『ビューティサロン・ド・ドッグ』『たぬき商店』『フラワーラビット』『ドッグポリスステーション』『エレファント消防署』『仕立て屋フェレット』『喫茶店キャッツ』『やぎ&ふくろう郵便局』『ナマケモノ書店』『ケーキ屋リッスー』『掃除屋アライグマ』etc……。


 看板に書かれた店名とそこで働く獣業員を見たロゼッタは成程と納得せざるを得なかった。色々なお店が立ち並んでいるが、どのお店も店名に自分の動物が入っている。ド直球過ぎて洒落た感じは皆無だが、ロゼッタには分かりやすくてありがたい。彼女の就職先である病院もきっと熊が働いているに違いないと確信した。


 獣業員もお客も皆動物なので改めてここが多くの獣人達が暮らすシルベリア王国なのだと実感する。服を着て人語を喋り二足歩行をしている彼等を見ると何だか不思議な気分になる。

 オルレアン王国の人々が愛玩動物として飼っているペットとはまた違う。

 ロゼッタが興味津々に彼等を見ていたからか、向こうも珍しいものを見たかのような目でこちらを凝視していた。


 正直、人間と獣人は仲が良くない。人間は獣人達を化物扱いしている節があるのだ。差別された獣人側としては人間嫌いになってしまうのもおかしい話ではないだろう。

 ロゼッタは彼等に偏見を持っていないが、彼女もまた人間であることに違いはない。


(じっと見ていたのが気に触ったのかな……。気を付けよう。引越し挨拶の時に何か品物を持って行こうかな)


 なんて考えたロゼッタだったが、如何せん自分の準備で精一杯でオルレアン王国から彼等に渡す品物を持ってくるのを忘れた。申し訳ないけれど、この町で何か買うしかない。挨拶回りの前には先程見かけた優しそうなたぬきが経営する『たぬき商店』に行くことにした。


(やっぱり食べ物関係を渡したほうがいいかな……。そもそも彼等は何を食べるの? 人間と同じ? それともカリカリしたドライフード? いや、でもケーキ屋さん見かけたし……)



 悶々と頭を悩ませていたロゼッタの周りには気付けば人盛りならぬ獣人盛りが出来ていた。夕方だから賑わっているのかと思った彼女だったが、どうやら自分の周りだけ獣人密度が異常だと分かる。


「よう、嬢ちゃん新入りかい? 俺は二街区で大工屋営んでるチャドだ。よろしく」


 そう言ってポンポンと毛むくじゃらの手でロゼッタの頭を撫でたのは背が高くて偉丈夫なパンダだった。男性のハスキーボイスであるから性別は雄だろう。


「も、もふもふパンダ……。ハッ! いけないいけない。チャドさん、初めまして。ロゼッタと言います。この度四街区の『森のくまさん病院』で獣医として働くことになりました」

「おー、ベックのところでか。アイツは大きいし暗殺者みたいにおっかねー目付きしてるが、まぁ中身は良い奴だから安心しろ」

「は、はい……」


 返事はしたもののロゼッタの頭の中では暗殺者とおっかない目付きという言葉が衝撃的過ぎて離れない。そんな風貌で『森のくまさん病院』なんて可愛らしい病院名をつけるベックとは一体どんな獣人なのか。

 詳しく聞きたかったが、チャドは妻と息子が待っているからと軽く挨拶をして帰ってしまった。やたらと包容力があったのはパパさんパンダだったからかと妙に納得したロゼッタに次は自分の番だと言うかのようにグイグイ来る獣人達。


(何だか皆凄くフレンドリーじゃない? 嫌われてるどころかむしろ好かれてる?)


 これもどうぞ、あれもどうぞと獣人達は歓迎のしるしにと色々な物をロゼッタに渡していく。リンゴやミカン等の果物、鰹節に骨の形をした犬用歯磨きガム、爪とぎ、猫じゃらし……と大半が人間のロゼッタにはどう活用すべきか分からない代物であったが好意を無にすることも出来ず、素直に受け取った。


「ん〜。それにしてもロゼッタお姉ちゃん良い匂いするね〜。あたし好き〜。癒される〜」

「それそれ。なんか落ち着くよな! あれだ。あにゅまるせらぴーってやつ?」


 渦巻き状のアモン角に可愛らしくリボンを結んだ雌子羊のメリィは鼻をくんくんさせてロゼッタに擦り寄る。ふわふわした毛が頬に当たって少し擽ったい。この子は先程歓迎のしるしにと羊毛フェルトをくれた。

 メリィと同じ様に鼻をひくつかせているのはくりっとした丸い目に顔もまるまるとした真っ白い毛を持つ子犬の雄で、ポメラニアンのマルロだ。彼は手持ちに何も無かったからとロゼッタが持っていた地図帳に肉球スタンプを押してくれた。なんでも肉球スタンプがこの町の小さな獣人達の間で流行っているらしい。

 小さい子達が「わーい。あにゅまるせらぴーだ! あにゅまるせらぴーだ!」と飛び跳ねている。この子達が言う『あにゅまるせらぴー』とは多分アニマルセラピーで間違いない。まだしっかりと発音することが出来ないのか、間違えて覚えているかのどっちかだろう。いずれにせよアニマルセラピーの意をきちんと理解していないようである。


「マルロ、そりゃあ違うぞ。アニマルセラピーってのは動物介在療法だ。逆に俺等みたいのが人間を癒すんだ」

「すっげー! さすがラガル先生。物知りだ! でもラガル先生はえりまきトカゲだからちょっと顔怖ぇーし。オレがロゼッタ姉ちゃんを癒すからな!」

「あ、マルロずるい! メリィもメリィも! ぎゅーってしてあげるね!」


──ここはもふもふ天国かっ!


 可愛らしい彼等の言動と行動にロゼッタは悶えた。そんなもふもふ天国もそう長くは続かず、この町の子供達に勉強を教えているらしいエリマキトカゲのラガル先生に「宿題を増やすぞ」と脅されて渋々帰って行った。


 その後もまだまだ町に住む獣人達にロゼッタは話し掛けられたが、後日また挨拶に行きますと告げて撤退することに成功。

 優しそうな獣人ばかりでこれならやっていけそうだと弾んだ気持ちで四街区にある『森のくまさん病院』へ向かった。



「すみませーん! ここで働かせて頂くことになったロゼッタという者なんですけど」


 四街区の隅で木の板に爪でひっかいて書いたであろう『森のくまさん病院』という丸文字看板が立て掛けられたこじんまりとした病院を見つけたロゼッタ。夕方と言ってもまだそんなに遅くないのに『CLOSE』とこれまた丸文字で書かれた板のボードがドアノブに吊るされていることを不思議に思いつつ、ロゼッタは軽く戸を叩く。ちなみに獣人達から貰った歓迎のしるしの品々は肩から斜め掛けしている魔法のポシェットにしまいこんだので両手はフリーだ。

 

 時間にしてものの数十秒。

 ガチャリと音を立てて扉が開く。


「…………何だ」

「あ、すみません。私はこの度こちらで雇われたロゼッタという者で──……っ!?」


 もう1度自己紹介をしながらロゼッタの目線は胴体だったので顔を拝見するべく上を見上げる。そしてピシャリと固まった。

 

(わ、忘れてたー! もふもふ天国のせいでチャドさんに教えて頂いたベックさんの風貌忘れてたー!)


 右目にかけて3本線の傷。ギロリとした獰猛な恐ろしい目付き。力強い低音ボイス。

 ロゼッタを出迎えたのは失礼だがとても医者には見えないワイルドで暗殺者顔の大きな熊、『森のくまさん病院』の獣医であるベックだった。


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