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11 観光

 黄色い毛皮に黒い斑紋。その斑紋に囲まれたオレンジ色の斑紋が更に入っているジャックは一見豹に見えるが、輪の中に黒点があるのは確かジャガーと呼ばれるネコ科動物だ。

 ティーガに向かってノックの件を謝罪した彼は笑いながらガシガシと頭を搔く。そのせいで彼から抜けた黄色い毛が宙に舞い散って落ちた。


「……抜け毛が酷いですよ、ジャック。しっかりブラッシングして下さい」

「すまねぇな。いや、抜け毛はあれだろ、歳だ。おっさんは辛いぜ。宰相さんはまだ20代だろ? 若いって素晴らしいな。ガハハハハ!」

「四捨五入したら私も30代ですが」

「じゃあ俺は四捨五入したら40代だな。やべぇわ、まじで俺おっさんだ!」


 突如始まった不毛な争いにロゼッタは呆れてしまう。良い歳した獣人が何をしているのだろうか。特にジャックが酷い。彼等の不毛な争いから少なくともジャックの年齢は35歳以上となる。それにしては些か、否、かなり言動が子供っぽいのだ。


「はぁ……。私はストレスで抜け毛が酷くなりそうです。申し訳ありません、ロゼッタさん。お見苦しいところをお見せしてしまいました。ほら、ジャック、挨拶です」

「おお、忘れてた忘れてた。お嬢が王を助けてくれた恩人か。俺はジャック。獣人騎士団の第一部隊隊長をやっている」

「だ、第一部隊の隊長?!」

「ええ。こう見えても腕は確かです」


 獣人騎士団がどのような順位制度なのかはロゼッタは知らないが、普通に考えて第一部隊というのはトップクラスの陣営が集まっているイメージがある。そこの隊長をジャックがやっているとは驚きだ。


「あ、すみません。挨拶より先に驚いてしまって……。ハーフェンで獣医をしているロゼッタです。今回は観光案内のほうよろしくお願いします」

「おう! 任しときなっ! じゃあ、早速城下町に行くとするか!」


 自身の胸をトンっと拳で叩いたジャックはミリアが慌てて開けた扉から出て行く。何やら張り切っているようであるが、肝心の観光案内するロゼッタを忘れている。その状況にティーガは頭を抱えていた。


「……ティーガ様。後程良く効く胃薬を処方します」

「お願いします……」


 思わずティーガの肩に手を置いてしまいそうになったロゼッタは彼が宰相であることを思い出して踏み留まる。

 胃薬の処方に関して直ぐに応じる彼はやはり相当胃に負担が掛かっているのだろう。これでは先程掛けた治癒術も予定より早く効果がなくなってしまいそうだ。


「おーい、何してんだ? 後ろ見たらついてきてねぇしよ、置いてくぞ?」

「もう置いて行かれたんですけど……。ティーガ様、行ってきますね」

「いってらっしゃいませ。楽しんで来て下さいね」


 ロゼッタが後ろにいないことに気付き戻って来たジャックは大きな身体をひょこりと扉から覗かせてロゼッタを呼ぶ。

彼の言葉にぽつりとロゼッタは愚痴を漏らすが、既に扉から顔を消した彼には聞こえていないだろう。彼女の近くにいたティーガには聞こえてしまっていて苦笑いしている。

 またもや置いて行かれたロゼッタはティーガにぺこりと挨拶をし、魔法のポシェットを肩に掛けて本日の王都観光案内獣人であるジャックの後を追い掛けた。



「ジャック様! 待って下さい! 早いです!」

「おっと、すまねぇ。お嬢と歩幅が違ったな。ああ、それからジャック様なんて堅っ苦しい呼び方はやめろ。部下でもあるまいし。ジャックでいいぜ」

「そ、それはちょっと……。ジャックさんで勘弁して下さい。後、私のことはお嬢じゃなくて普通にロゼッタで大丈夫です」

「おう! よろしくロゼッタ!」

「よろしくお願いします」


 にかっと歯を見せて笑うジャックにロゼッタも笑みを返す。彼は見るからに万人受けしそうなタイプの獣人だ。部下の信頼も厚いのではないだろうか。

 ……と、ロゼッタが思っていると、彼はいきなり手を挙げて豪快に振り出した。その勢いは横にいたロゼッタにも当たりそうな程である。


「レパルド! 今日は第一部隊の指揮任せたからな」

「…………うっす」


 柔らかそうな艶のある真っ黒い毛並みにアンバー色の鋭い瞳を持つレパルドはジャックの部下なのか、彼にバシバシと背中を叩かれていた。

 ジャックの隣にいたロゼッタに視線を寄越したレパルドはムスッとした顔で彼女を見るだけ見て何も言わずに二人と反対方向にスタスタ進んで行く。


「ジャックさん、彼は一体……」

「あいつは俺の部隊の副隊長をしているレパルドだ。無口で無愛想なやつでな。いっつもあんな感じだ」

「そうなんですか……」


 気を悪くしないでくれとジャックはロゼッタに言う。第一部隊の副隊長は隊長であるジャックと真逆で全く愛想がないようだ。


「レパルドは豹にしては珍しい黒豹なんだぜ。初めは黒坊って呼んでたんだが、すぐ抜刀して来てな。可愛げのねぇ部下だ」

「黒坊……」


 おそらくレパルドが真っ黒いからそう名付けたのであろう。ジャックのネーミングセンスはロゼッタと同じだ。その点に関しては彼に親近感を持った。




「わぁ~凄い……。これがシルベリア王国の王都」


 エントランスで使用獣人達に見送られ、お城を出たロゼッタは斜めに降りていくゴンドラリフトからラベットの町並みを見下ろした。

 流石に王都と言うだけあって観光客で溢れているようだ。尤も、下層部の様子はゴマ粒くらいにしかまだ見えない。物価の高い上層部より物価が安くて沢山お店が集まった市場がある下層部の方が獣人密度が凄そうだ。


「ロゼッタはどっか行ってみたいところはあるか?」

「え、あの……ジャックさんが観光案内してくれるんですよね? どこか行ってみたいところと言われましても、初めてラベットに来たので分からないのですが」

「おう、勿論俺が観光案内するぜ。と言っても予め宰相さんからオススメの観光スポットとかを纏めたラベットのマップを渡されたんだがな」


 ジャックはポケットからティーガに渡されたと思われるそのマップを取り出すが、既にそれはボロボロだ。ティーガのことだからフィリップからふくろう便で届けられた伝書を見た時からロゼッタのおもてなしプランを考え、観光案内獣人に抜擢したジャックに直ぐ様作成したマップを渡していたに違いない。

 

「やっぱあれか、(メス)は宝石店とか好きだよな。ロゼッタも好きだろ?」

「好きか嫌いかで聞かれれば、まぁ、好きですけど……。そこまで好きってわけではないですね」

「そうなのか? てっきり好きなものかと」


 何故ジャックがそう思ったのかロゼッタが聞けば、彼は自身の右耳を指差す。ここだここと促す仕草にロゼッタも右手を耳元に持っていく。チャラリと触れたチェーンの感触に彼が言いたいことが分かった。

 ロゼッタの右耳に小さなエメラルドの宝石がついたチェーンピアスをしている。これはシルベリアに来る前、出発の準備の買出しを手伝ってくれたゼノに買って貰ったものだ。


「これは貰ったものです」

「片方しかねぇのは無くしたからか?」

「元から右耳のだけしか買ってないんです」

「……最近の流行りにはおっさんついていけねぇわ」


 片耳だけにピアスをつけるのがお洒落で流行っていると勘違いしているジャックであるが、それは違う。

 

 出発の準備の買出しにオルレアンの市場にやって来たその日は何故かゼノに高級宝石店に引き摺り込まれたロゼッタ。

 ショーケースに並べられた光り輝く綺麗なネックレスやピアス等を見て、そしてその横の値札に書かれた額に目が飛び出そうになった。0の桁数がおかしかったのだ。ロゼッタには未知の世界の代物だった。

 受付の店員と何やら話をしていたゼノに呼ばれてカウンターに向かえば、小さなエメラルドのついたチェーンピアスと小さなルビーのついたチェーンピアスがそれぞれ四角い箱に入っているものを見せられられ、どちらのピアスが自身に似合うかと彼に聞かれた。

 黒髪碧眼の彼にはエメラルドのが似合うのではとそちらを指させば眉を顰めて明らかに不満があると言いたげな顔をする。やはりルビーのが似合うかもと言えば嬉しそうな顔をするのだ。最初からルビーの方を気に入っていたなら聞かずにそっちを買えば良いのにとロゼッタは思ってしまう。

 

 ルビーの方を買ったゼノはエメラルドの方をロゼッタに渡して来た。これには彼女も驚いた。こんな高い物は貰えないと渋るもゼノも全く引かない。

 結局両耳ではなく、半額になる片側のピアスだけならとロゼッタが先に妥協し、ゼノもそれに乗った。ゼノは両耳買った筈なのにロゼッタと同じく右耳にだけピアスを付けていたのは未だに謎である。

 

 そういうわけがあり、ロゼッタが右耳にしかピアスをつけていないのは、無くしたわけでもなく、流行に乗ったわけでもないのだ。



「誰から貰ったんだ? もしかしてロゼッタのコレか?」

「違います! 友人です!」


 親指を立てたジャックにロゼッタは否定する。この場合の親指を立てる意味は女性に向かって彼氏はいるのかと聞いているのだ。


「友人か。(メス)? (オス)?」

「お、男ですけど……」

「やっぱコレだ」

「だから違いますって!」


 ヒューと口笛を吹いてニヤニヤするジャックに否定しても無理そうだとロゼッタは溜め息を着く。

 彼は青春している若い者の話を聞くのが好きらしい。


「はぁー。俺も娘にいずれは彼氏を紹介されるのか……。ま、俺より強くないと彼氏として認めないけどな!」

「えっ?! ジャックさん、娘さんがいらっしゃるんですか!」

「おう、可愛い娘がいるぞ」


 いきなりの嘆き爆弾投下でロゼッタはジャックが結婚していたことを知った。結婚しているとは思っていなかった。しかも子供までいるらしい。デレデレとした顔で娘と妻のことを話すジャックはかなりの愛妻家で娘を溺愛していることが分かった。


「おっと、すまねぇ。余計な話をしちゃったな。じゃあ、宰相さんから貰ったマップをもとに観光スポットを回るか」

「はい。お願いします」


 良く折り畳んであったマップをバッと勢い良く開いたジャック。その拍子にビリッとマップが二分割した。ガハハと笑っているが、ロゼッタは彼の力加減をなんとかしたほうが良いと思うのだった。


 それからは賑わう市場を見て回り、お勧めレストランで昼食を済ませ、国内きっての所蔵を誇る図書館や美術館を見て楽しんだ。

 しかし、どこに行っても獣人騎士団と共にいるロゼッタには視線を向けられてしまう。出来れば普段着で案内して欲しかったのだが、第一部隊の隊長は顔と名も知られているし、ロゼッタも人間ということで注目を浴びているのでどの道意味がなかった。

シルベリア王国では性別をオス、メスと言う設定にしました。その為、ロゼッタに対してのレオンの女呼びにルビのほうを加え、修正しました。

2016-08-12

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