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01 厄介払い  

 ロゼッタは貧しい人にも優しく手を差し伸べられる一流治癒術師になりたかった。

 

 オルレアン王国の一流治癒術師達は実に最悪だった。王族や貴族といった所謂上流階級の者達には胡麻をすってその力を惜しげも無く盛大に発揮するのに対し、一方で一般市民には良い顔をしない。嫌そうな顔を隠しもせず、治療費に見合わない下級治癒魔術で雑に治療する。貧民層に限ってはゴミを見るかのような軽蔑の眼差しを向けて相手にすらしてくれない。ロゼッタの家族にもそうだった。


 彼女の家庭は御世辞にも裕福とは言えなかった。一般市民の中でも下の下。辛うじて一般市民と名乗れることを許されている、貧民層に片足を突っ込んだ貧しい家庭だった。

 それでも父、母、ロゼッタ、妹と四人家族は貧しいながらも仲睦まじく暮らしていた。

 

 そんな仲の良い一家に不幸が訪れた。父は過労死でこの世を去り、程なくして母も父の後を追うように病気で亡くなった。生まれた時から身体の弱かった妹も医療の知識が乏しい当時のロゼッタの看病では賄えず、急変して息を引き取ってしまったのだ。

 両親の時も妹の時もロゼッタは薬が効かなくなった家族の為に一流治癒術師達に掛け合ってみたのだが、誰一人として聞く耳を持ってくれず、酷い人は彼女を罵倒して蹴り飛ばした。

 ロゼッタは悔しくて悔しくて仕方がなかった。何故あんな人達が一流治癒術師なんだと怒りで我を忘れてしまいそうになるくらいに屈辱だった。



 

 今思えば自分も子供ながらに甘ちゃんであったと反省する点もあるが、それでも国民に対する今の一流治癒術師達の対応には目に余るものがある。

 医療体制を打破したいと死にものぐるいで勉強し、王立魔術学校医療科特待生枠をもぎ取った。しかし入学してから彼女を待ち受けていたのは自身に治癒術の才能がないという一流治癒術師を夢見ていた彼女にとってはなんとも絶望的な現実だった。

 ではどうして彼女が王立魔術学校医療科に合格したのかと疑問に思う者もいるだろう。入学試験の筆記は勿論申し分無しのパーフェクト。傷ついたネズミ(・・・)を治癒する実技テストもパーフェクト。こうして彼女は王立魔術学校医療科を主席で合格したのだ。

 採用側は彼女の素晴らしい治癒術は人間にも効果があると疑わなかった。けれども彼女の治癒術には人間の多く住むここ、オルレアン王国では最大の欠点となってしまう何故か人間に効かない治癒術だったのだ。

 華々しい主席トップで入学した筈の彼女は人間に効かない治癒術と身分も手伝って一気に孤立し、阻害された。

 

 人間に効かない治癒術しか使えない者がこの国の一流治癒術師にはなれないと言うことはロゼッタにも分かる。幼い頃からの夢である一流治癒術師は儚く砕け散った。

 けれども彼女は新しい夢を持った。治癒術が使えなくても医者にはなれる。治癒術がまだ発見されていなかった時代でも医者はいたのだ。古い文献では難しい病も自らの手で施術したと記されていた。

 医療の知識だけは学生の中で誰にも負けない自信が彼女にはある。治癒術を使えなくても医者にはなれる。

 斯くして彼女の夢は一流治癒術師から一流医療師になったのだった。

 

 攻撃系統の魔術を扱うことを得意としていたこともあり、多くの教師陣達は医療科から魔術科へのクラスチェンジを薦めたが、頑なに首を振らず、ロゼッタはロゼッタなりに医者になろうと風当たりの強い医療科を辞めることはなかった。更に医療の知識を増やし、毎回ぶっちぎりトップの筆記(・・)に救われてなんとか今年卒業した訳だが……彼女は目の前に突き付けられた現実に溜め息をつきたくなった。


「……隣国であるシルベリア王国に行け、……と、そう仰っているということで間違いないでしょうか?」

「いかにも。お前のような卑しい人間がオルレアン王国で一流治癒術師になることは無理じゃ。冗談にも程がある。あれ程生徒達だけでなく、教師からも邪険にされていたのによくもまぁ卒業まで耐えたものじゃ。そこは褒めるべきかのう」


──卑しい人間を受け入れたのはそっちだろうがハゲジジイ!


 そう口にしてしまいたかったが、ロゼッタは開きかけた口を下唇をぎゅっと噛んで堪えた。

 身分関係なく能力を見込んで誰でも受け入れる実力主義な王立魔術学校とはよく言えたものだ。尤もそのお陰で強制的に辞めさせられることが出来なかったのだう。一般市民を追い出したと噂が流れるのは学校側としてもよろしくなかったに違いない。


 兎に角この学校は表向きは平等を装っているが実際は上下関係が酷いのだ。そこはロゼッタも入学する前から覚悟はしていた。しかし彼女の予想を遥かに上回る程酷いものだったのだ。それは彼女が医療科主席で入学したけれど、実は人間に治癒術が使えない落ちこぼれだったせいもある。

 

 クラスチェンジを受け入れなかったロゼッタは自主退学しろとまで脅されていたが、なんとか卒業して目の前にいる頭が焼け野原だが、何故か口周りの髭がふさふさな医療科総監督にして一流治癒術師であるマルガリータ・ハーゲンと名前でロゼッタを笑わしてくれるハゲジジイともおさらば出来ると思ってたいたのに最後の最後でこれだ。

 卒業式の後にロゼッタだけ彼に呼び出され、初めて勝手に履歴書を送られていたことを知った。しかも自国ではなく隣国のシルベリア王国にだ。

 どんだけ自分を厄介払いしたいんだとロゼッタは拳をふるふる震わせる。


「お褒め頂きありがとうございます。実に有意義な6年間でした。どこの病院でも雇って貰えたなかった私の就職先までわざわざ決めて頂いて。……しかしですね、私が就きたい職はこの国の一流医療師であって隣国の、ましてや獣医ではないんですよ」

「ふぉっふぉっふぉ。笑わせてくれるな。身分もそうじゃが、人間・・に治癒術をかけられないお前が人間が多く住むこの国で一流医療師とは何の冗談じゃ。せいぜい獣人の暮らすシルベリア王国で一流獣医師でも目指すんじゃな」


 これ以上お前と話すことはないとでも言うかのようにマルガリータはロゼッタに手を翳し、風属性の魔術で彼女を部屋から追い出した。

 勢い良く吹き飛ばされた彼女は廊下で尻餅をつく。いててと自身のお尻を手で摩って労りながら固く閉ざされた目の前の二重扉を睨みつけた。


「こんのっクソハゲジジイ!! いつかその鬱陶しい白髭をエクスプロードで焼き尽くしてやるっ!! 私に燃やし尽くされるまでせいぜい可愛がってあげてれば!!」

「ロゼッタ……。お前なにしてんの? 人間にエクスプロードなんてしたら髭どころか丸焼きだぞ」

「ゼノ……なんでここに」


 我慢の限界に達したロゼッタが頑丈な二重扉だから中には聞こえないだろうとマルガリータを罵倒していると、呆れた顔をした男子生徒がやってきた。


「なんでって……。あー……あれだ。まぁ、あれだよ」

「何よ。私は今、虫の居所が悪いの」

「……なんかあったのか?」

「ええ。ありまくりだわ」


 ぶっすーと不貞腐れたロゼッタにゼノと呼ばれる青年は彼女が不機嫌な理由を聞く。

 ゼノはロゼッタが唯一気兼ねなく話せる相手だった。身なりや所作から彼が少なくとも自分より身分の高い者だと思っている。実際、王立魔術学校の生徒の殆どが彼女より身分が高いのだが……。そこは置いておく。

 しかしながらゼノは周りの貴族生徒達と違ってロゼッタを気にかけてくれた。学科こそ違うもののそれを感じさせないくらい2人は一緒にいた。

 黒髪に碧眼で程よく鍛えられた肉体美のゼノは見てくれが良く、女子からは人気が高かったのだが、目付きの悪さと人を寄せ付けないオーラのせいで遠目から観賞されるタイプのイケメンだった。

 可哀想に……とロゼッタは女子に遠巻きに見られ、出逢いのないゼノをいつも不憫に思っていた。勿論自分の事は棚に上げている。


「私さ、この度シルベリア王国行きが決定しました」

「は? ……なんでだ。だってお前はずっとこの国の一流医療師になりたいって言ってただろ」

「そうなんだけどねー。うん、その為に頑張ってたんだけどさ、私貧しいし、医療の知識はあっても術技のほうが駄目駄目だから厄介払いされちゃったみたい」

「身分は関係ないだろう……。それに例えお前の治癒術が俺等人間に効かなくても医療の知識があるお前なら──」

「ゼノ。世の中そう上手く出来ていなかったんだよ。この国は他の国と違って身分制度が著しいし、人間に治癒術の使えない私は医療の知識があっても結局この国の病院では雇ってくれなかった。心のどこかでは大丈夫だと思ってたんだけどなぁ。私の考えが甘かった」


 今にも泣きそうなくらい顔を歪めてそう自重気味に笑うロゼッタにゼノの顔も渋る。泣けば少しは気が楽になるかもしれないのに彼女はいつも涙を我慢する。


「俺が……この国の身分制度や医療体制を変えられるくらい権力があれば良かったのにな……」

「ゼノ……? なんか言った?」

「いや、何も言ってない……」

「そう? ……ゼノも来る? シルベリア王国」

「いや……。俺は無理だ」

「冗談だよ。そんな間に受けないで。ゼノは王宮で騎士として働くんだもんね」

「……ああ」


 素晴らしい就職先についたゼノを誘うなんて野暮なことだとロゼッタだって分かっている。変に真面目な所があるゼノが彼女の冗談を冗談と捉えないことはよくあることだ。


「さてと、隣国とはいえ大陸が違うし、色々準備しないとだからそろそろ帰るよ。またね、ゼノ。あー……また会えるか分かんないけど」

「……お前は本当にそれでいいのか?」


 ゼノの肩をポンと叩いてそのまま通り過ぎようとしたロゼッタは彼に腕を掴まれてしまう。


「いいもなにも仕方ないし……。相手先もトチ狂ったのか履歴書だけで私を採用しちゃったみたいだから行かないと申し訳ない。それに何より私を必要としてくれてるし。……こうなったらシルベリア王国で本当に一流の獣医目指してあのハゲジジイをギャフンと言わせてやるんだから!」

「そうか……。お前は強いな」

「藪から棒に何?」

「いや、ずっと思っていた」

「ちょっとゼノ? どうしたの」


 いきなりゼノに抱き締められたロゼッタは訳が分からなかった。彼の良き友人だったと自負する自分が隣国に行くと知り、少しばかりセンチメンタルになってしまったのだろうか。そう勝手に解釈した彼女は暫く彼の腕の中で大人しくしていることにした。

 何とも思ってない風に見て取れるかもしれないが、ロゼッタだって寂しくない筈がない。それこそ彼女はこれから見知らぬ土地で働くので不安が募るばかり。


「ロゼッタ……。きっと今度俺と会ったらお前はびっくりするだろうな」

「……何それ嫌味? 自分は騎士団でトップに上り詰めてるだろう的な?」

「まぁ、そんなとこだ」

「はぁームカつく! ゼノになんか絶対負けないから!」


 お前はもう敵だと言わんばかりにゼノを引き剥がすロゼッタ。頬を膨らませてぷりぷりと怒る彼女が面白くてゼノは他の生徒が見たら卒倒するかのような笑みを零した。


 

 そして数日後、ロゼッタは王立魔術学校があるオルレアン王国の王都ユマンニーテからシルベリア王国の港町ハーフェンへと旅立ったのだった。




「ゼノルド王子、見送らなくてよかったんですか?」

「……ああ。予めアイツには当日見送れないと言ってある」

「引き止めなかったんですね」


 オルレアン王宮の一室で窓辺に腰を掛けて外を眺めていた金髪翠眼(・・・・)の青年、第三王子のゼノルド・フォン・オルレアンは側近であり友人でもあるキース・ディゴリーの問いに素っ気なく答える。


「何だかんだ言ってやる気だったからな。頑固な癖に順応力はあるから変なやつだ」


 つい先日、王立魔術学校医療科総監督の髭を燃やすと怒鳴っていたロゼッタを思い出したゼノルドは思わず口角が上がってしまう。キースは主のそんな様子を一瞥する。


「わざわざ髪色と目の色を変え、更には身分を隠してまでして通った甲斐があったようで何より」

「まぁ、ロゼッタのお陰で思ったよりは退屈しなかった。次会う時が楽しみだ」

「はいはい、次こそ片想いが報われるといいですねぇ。その為にもしっかり政務を行って下さい」

「煩い。言われなくともやる。行くぞ、キース」


 ゼノルドはキースの言葉に若干不貞腐れた様子で返事をし、白いマントを翻して自室を後にした。彼の右耳でロゼッタの赤い瞳の色に似たルビーのついたチェーンピアスがキラリと光った。


詳しい人物設定は物語が進み次第になります。


ロゼッタ(♀)

21歳。人間。

黒髪赤眼の女性。

王立魔術学校医療科卒。

職業は獣医師(強制)

順応能力が非常に高い。

人間には効かない治癒術が使える。

最近のお気に入りは旅立つ前にゼノに買って貰った小さなエメラルドのついたチェーンピアス。

ゼノとは友達以上恋人未満な関係?


ゼノルド・フォン・オルレアン(♂)

21歳。人間。

金髪翠眼の青年。

王立魔術学校騎士科卒。

魔法で黒髪碧眼にし、身分を隠して「ゼノ」という名前で在籍していた。

目付きが悪く、近寄るなオーラが凄い。

実はオルレアン王国の第三王子。

なので職業は王宮仕えの騎士ではなく王子。

ロゼッタに片想いしている。

ロゼッタが旅立つ前に色違いで買ったルビーの宝石がついたチェーンピアスを右耳にしている。

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