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第7話 失敗

今日は2話投稿しているので注意してください。

第6話と7話です。

 次の日。やる事が無いこの世界では(元の世界でもやる事は無いが)寝るのもまた早い。金があれば酒も飲めるが、金が無いからさっさと寝るほかないのだ。そして日が沈んですぐに寝てしまえば、朝は途轍もなく早くから始まる。


「……昨日はあんな事言ったが、やっぱ子供ゴブリンだな!」


「「……」」


 2人は勇人の顔を呆れながら見つめた。本当に都合の良い事を言っていると分かっているのだ。あきれてものも言えなくなり、二人は周囲の警戒へと戻った。

 すでに昨日の川に移動しており、そこで定点狩りをしている。

 朝早く来たのでどうなるのか分からなかったが、木の桶を持った子供ゴブリンがちょくちょく来る。その度『七節』で射撃して負傷させると、3人で襲い掛かるというルーティーンを繰り返していた。

 すでに5体ほど倒しており、昨日より多くのゴブリンを短時間で狩っている。狩人だけに。ウフ。良い気分。入れ食い状態とはこの事を言うのだろう。組んだ瞬間を見計らい矢を叩き込んで、怪我をしたゴブリンを滅多打ちにする。これだけでお金が稼げる。コツは倫理観を捨てる事だな。ゴキブリ駆除くらいの感覚でやらないと精神が侵されそうだ。とは言え、2足歩行しているだけで、まったく人間には見えないからその心配はあまりしていない。


 すると視界の端に何か動く物が入り、それに顔を向けると新たなカモがやってきた。しかもネギしょってやがる。


「……武器持ってるぞ、あいつ」


 何と凶悪なネギがあったものだ。

 子供ゴブリンではあったが、背中に刃渡り50cm位の剣を背負っている。錆びついていてあまり状態はよくなさそうだが、それが逆に威圧感を出している。

 他の子供ゴブリンと同様に桶を持っての登場だが、あいつだけは中二病患者だったようだ。常に武器を携帯していないと安心できないタイプなのか、それとも他に理由があるのか。

 とにかくやる事は変わらない。


「やるぞ」


 短く伝えると二人は獲物を強く握った。

 ゴブリンは二つ持ってきた桶に水を入れようとしゃがみ始めた。

 ここで勇人は『七節』の準備に入った。茂みから立ち上がって、『足踏み』から入り『離れ』まで続けようと慌てずに、しかし大胆に行動していく。

 そして『会』まで行き、『離れ』に入った瞬間矢が解き放たれた。

 しかし運悪く勢いよく立ち上がったゴブリンの桶に矢が当たり、攻撃は不発に終わった。


「ゲェ!?」


 突然の衝撃に桶が吹き飛ばされたゴブリンが衝撃の方向を見やる。


「チッ……!」


 マジか。絶対当たると思ったのに、桶を振り回しながら立ち上がりやがった。さっきまでの奴らはそんな立ち上がり方しなかったぞ。無駄な動作があいつ自身を救う結果になっちまった。

 ゴブリンの振り向きざまの桶に矢が当たり、ゴブリンの運の良さと自分自身の運の悪さを呪いながら舌打ちをする。

 勇人が矢をつがえたのと、ゴブリンが剣を抜いたのはほぼ同時だった。


「ゲェェェッェェエ!!」


 体長1mの子供ゴブリンが突撃してきた。今までの奴らは逃げ回っていたが、こいつはやたら好戦的な個体のようだ。その行動には気圧されかけたが、それこそいつか通る道だと割り切り、弦を引いて通常射撃で迎え撃った。

 だが如何せん成功率の低い攻撃に加え、初実戦に近い攻撃は遠くに外れ攻撃力を発揮しなかった。


「ああ、もう!」


 ゴブリンの真横1mを飛んで行った矢は遥か彼方へ飛んでいき、見えなくなった。そうする間にもゴブリンは走る事を辞めず、距離は10mを切った。ここで短剣を抜くのと同時に、呪文が詠唱された。それを聞いて勇人とレイラが走り出した。

 パターンの一つだ。ニーナを中心の添えて魔法を行使、魔法を挟むように勇人とレイラが突撃する事で敵が魔法を避けても戦闘を始められるようにする。魔法を吹き飛ばされたら終わるが、それでも近づかないと戦いは始まらない。


「リース・ディ・タップ・ブイオ!!」


 そして『瞬きの静止』(ストップ)を警戒したゴブリンは勇人のいる方向へと跳び退り、魔法を回避して勇人との戦いを選んだ。

 横っ飛びで体勢が崩れたゴブリンに『腹裂き』を叩き込む。


「シッ……!」


 呼気にすら近い音が勇人の口から漏れ出て、気合の元短剣がゴブリンに襲い掛かる。

 果たしてゴブリンはギリギリで自分との間に剣を挟み込む事で、『腹裂き』を回避した。だがこれで完全に体勢が崩れたゴブリンに、返す手で今度こそ『腹裂き』を刺し込んだ。

 肉を切り裂く鈍い手ごたえを感じながら、練習通りに短剣を振り抜いた。短剣と傷口が高速で擦過した事で、傷の終末点から血の滴が跳ね飛んだ。


「ギ……ぃ……」


 背骨を回避しながら振るわれた短剣は腹半分を完全に捉え、ゴブリンの傷から大量の血と腸がはみ出す。ゴブリンは剣を捨てて傷を塞ごうと必死になっているが、何の効果も出していない。

 勇人が近づきゴブリンに影が差すと、死にかけの人間もどきは脂汗を滲ませた顔を上げた。


「こっちは三人なんだ。悪いな」


 振り下ろされる短剣がそのゴブリンの最後の光景となった。



 ◇


 

 その後は小康状態が続いて、ゴブリンが来る事は無く計6体のゴブリンを狩った事になった。

 朝も9時ごろになって、子供ゴブリンも水汲みの仕事が終わったのか、小川に来ない。


「……どうする? 帰るか?」


 すでに昨日の倍は倒す事に成功していて、もしかしたら1シルバーの儲けが出ているかもしれない。儲けは少ないけど、あまり無理しても仕方がない。


「早いでしょ。まだ居れば?」


「魔力も余裕ですよ?」


 2人はイケイケの様子で、まだゴブリンを狩る気満々のようだ。すぐに周囲の警戒に戻って、ゴブリンが居ないか確認している。何か言おうとしたが、集中を妨げても悪い。


「……早すぎか」


 それもそうだな。まだ9時くらいで、動き出してから4時間位しかたっていない。昨日のことを考えればもう少し倒せる。それに子供ゴブリンなら真正面から倒せる。




 それから3時間程度が過ぎてしまい、お昼ご飯の時間となった。太陽も中天に上って日光をさらけ出しているが、葉の多いこの森の中では光も遮られて涼しいくらいだ。


「運悪いな……」


 子供も大人も一匹もこの付近を通らず、暇な時間だけが過ぎて行っていた。

 2人も同じような物で、欠伸をしながらずっと待っていた。緊張感に欠けるかとも思ったが、それも仕方がないくらい暇だった。こっちから探しに行くのではなく、待ち伏せでは通らざるを得ない道だろう。


 しかし噂をすれば影。ゴブリンが森の奥から小川に向かっている。

 全員地面に伏せて、ゴブリンの視界から外れる。茂みの陰からゴブリンの姿を観察していると、そのまま小川に向かうようだった。

 だが、


「大人ゴブリンか……」


 身長が今日倒したゴブリンより一回り大きい。

 しかも皮鎧を着用して、剣を持っている。とは言え、良い装備とは言い難く、勇人達の中古の装備より質は悪そうだ。あれはどうだ。勝てるか? というよりなぜ武装している? さっきの子供ゴブリンはまだアホだからだという事で良いが、大人も武装しているとなると。


「ユウト、やるわよ」


  しかし元より一体の場合は積極的に狙っていくと宣言している。否定できる要素も無く全員が戦闘準備を整える。

 ゴブリンは小川のある場所で止まると、そこにしゃがみ込んで動かなくなってしまった。

 なんだ? なにやっている。水を飲みに来たんじゃないのか? 意味不明。行動の意味が分からない。あの場所に何かある? それとも違う理由? 腹でも痛いのか? 結局わからないか。それに今がチャンスなのは誰の目にも明らか。止まってるんだ。


 勇人は立ち上がり『七節』を使おうとして、足下に合った小枝を踏み砕いた。パキッと言う音が閑静な森の中では致命的な音だった。それは何かに集中していたゴブリンの耳にも入り、勇人達がいる方へと顔を向けて、弓を構える勇人と目があった。クッソ。勇人のアホ。ちゃんと確認しとけ。しまった。こんな形でばれちまった。どうする。やるか。でも。あいつもう走ってる。こっちだ。撃つか。七節はどうする。普通に撃つか。20m切ったし、まっすぐ走ってるし。あいつ馬鹿だ。弓相手に真っ直ぐとか。当ててくださいと言ってるようなもんだ。


「死ね!」


 通常射出された矢は狙い誤らずゴブリンの脇腹に突き刺さった。しかし皮鎧が邪魔して深く刺さっていない。ショートボウと勇人の力不足と矢の酷使で貫通力が低下し、皮鎧を突き破る事が出来なかった。

 それでもゴブリンに傷を与え、勇人達は一歩有利になる。良し。当たった。初めてだ。ゴブリンだって痛ければ動きが悪くなるし、よろめいてる。血も出てるし、足取りも悪い。剣だ。剣。次。行ける。弓はその辺に放り捨てる。剣は今抜いたし行く。先にレイラが錫杖で突いた。


「セイッ!!」


 先制攻撃の『打突』は正確にゴブリンの胸を捉え、ゴブリンは痛みにむせび泣く。これでレイラはゴブリンから離れ、ニーナの護衛に戻った。聖職者のレイラが矢面に立つ必要は無いし、防御方法の無いニーナの傍を離れる事は出来ない。このパーティは勇人が止めを刺すしかない。これは分かっている事だ。だからこそレイラは一発当てて、勇人が有利になるように動いてくれたわけだ。気がきく奴だ。あとで目一杯褒めてやって、赤面する顔でも拝んでやる。

 皮鎧はさすがに勇人の力じゃまだ貫けない。露出しているのは腕丸ごとと頭・首くらい。あと足。いや、あいつは胸に『打突』を食らってよろめいている。体勢が崩れているならさらに得意技で崩してやる。


「『腹裂き』だらぁ!!」


 すぐにレイラとスイッチして『腹裂き』で皮鎧の上から、全力強打をかました。粗末な皮鎧の硬さが手に伝わり、強い抵抗感が剣の先端を弾き返すかのようだ。それでも2週間振りまくったのは伊達では無かったようだ。


「ふんぬぅぁぁぁああ!!」


「ゲエァ……!!」


 そのまま腕を振り抜き、剣で打った衝撃はゴブリンの腹を襲いゴブリンはさらによろめきながら後退するやった。成功だ。行ける。勝てる。今だ。頭。打ってやれ。短剣で叩いて頭を砕く。完璧だ。頭を叩かれたら絶対怯むだろう。そこがチャンスだ。


「うおおお!」


「ゲァ……!」


 ゴブリンは襲い来る短剣をギリギリのところで弾き返し、間一髪の生還を成し遂げた。その一撃の隙でゴブリンは体勢を立て直して、剣をちゃんと構えた。

 やべぇ。強そう。調子こいたか。でも結構攻撃したし。『腹裂き』を入れたんだ。結構痛かった筈だ。衝撃は吸収できなかっただろう。でもどうしよう。あいつの構えかなり様になってる。正眼の構えと言うのだろうか。ビシッと構えて1㎜も動く様子が無い。どうしたらいいのか。あれは突っ込んでいいのか? ダメなのか? アッカーマン先生には教えて貰っていない。あ、あっちから来た。


「ゲエェッェ!!」


「うら、てや、おら……! わ、ちょと、……たんま、待てって……!」


 ゴブリンは怒りの反撃を繰り出しまくり、猛攻に次ぐ猛攻を繰り出す。

 弾く、弾く、弾く。いって。やべぇ。早い。マジでギリギリだ。何とか持ってるだけ。どうやって反撃すればいいんだ。こんなのどこにも隙なんて無いって。他の奴らはどうやってこいつら倒すんだ。この猛攻を防いで反撃するなんて達人のそれだ。一人じゃどうやっても無理だって。……そうだ。魔法。魔法がある。それだ。別に一人でやる必要ないだろ。いや、一人でできるようになるのが目標な訳だけど。前を向いたまま勇人はニーナに援護を要請した。


「ニーナ……!」


「リース・ディ・タップ・ブイオ……」


 移動していたニーナの口からボソッと呪文が詠唱されて、杖の先端に魔法陣が展開。『瞬きの静止』(ストップ)の黒球が出現して、ヴォンッという音でも出すかのように、気味の悪い音を伴いながら飛来する。

 ゴブリンは勇人を殺す事に夢中になって、ニーナの詠唱に気付かず、そして『瞬きの静止』(ストップ)は左から飛んできてゴブリンの右腕に当たった。


「ゲバ??」


 引き戻す途中の右腕が不自然な体勢で硬直して、ゴブリンが疑問の声を隠さず出してしまう。しかし勇人達はその意味が分かる。チャンス。この一瞬のための『瞬きの静止』(ストップ)。止まる。分からなくなって、状況の把握が出来なくなる。そうだろう。分かるぜ。すっごく意味が分からない。でも一瞬だ。一秒も効果時間が無い。こんな事考える前に。


「ハァ……!!」


 的と化した剣を持つ右腕を切りつけると、『瞬きの静止』(ストップ)の硬直が解けて痛みが解放された。


「ゲギィ……!」


 痛みが反射運動を起こして掌を開いてしまい、掴んでいた剣は地面へと落下した。

 勇人は両手で短剣を握って上段に構えて、自体を把握していないゴブリンの顔面めがけて短剣を振り下ろした。

 骨を砕き、肉を切り裂きながら短剣が顔面の上を滑っていく。振り終わる頃にはゴブリンの顔に一条の線が刻み込まれ、血が流れ出す。


「ギアアアァァァ!!」


 ゴブリンは両手で顔を覆い、痛みに絶叫している。

 まだ攻撃を終えず、二度目の剣を振り下ろした。


「うおらああぁぁあ!!」


 2回、3回、4回、止めない。

 もはや戦う意思のないゴブリンの頭を滅多打ちにする。レイラとニーナも参戦して、倒れているゴブリンをリンチする。もう止まらない。やらなきゃ、殺されるのはこっちだ。もうここでの生き方は決まってしまったんだ。これしかない。戦うしかないんだ。武術の達人みたいに骨ごと斬るなんて、技術や力でもないと無理だ。勇人達非力な人間が生物を殺すには、力の無い奴を囲んで全力で殴りまくるしかない。

 勇人は短剣を逆さまに握り、左手を柄頭を添えて一気に振り下ろした。


「ハァァ!!」


 全体重をかけた短剣が粗末な皮鎧を貫き、ゴブリンの体を抉りとった。全ての刃がゴブリンの体に埋まり、肉を筋肉を神経を断絶させて痛みにゴブリンが絶叫する。剣を引き抜くとその傷から血が噴き出し、傷の深さを間接的に思い知る。


「んにゃあああ!!」


「ふなああぁぁあ!!」


 2人の声はふざけているようだが、顔は真剣そのものだ。目が血走り野獣のように攻撃を仕掛けている。血が噴き出そうとも関係なく、錫杖と杖で叩きに叩く。

 もう何秒もすると頭を庇っていたゴブリンも抵抗が無くなり、息絶えた。


 3人とも大きく息をつきその場に座り込んだ。

 しかしそうは問屋がおろさなかったようだ。

 全員の耳に新たな音が入ってきた。


 その方向に首をめぐらせると、大人ゴブリンが完全装備で3体も居た。装備こそそこに横たわるゴブリンと同じような物だが、それが3体も。やばい。まずい。何であんなに。早く逃げないと。弓。弓が無い。あれで傷を与えれば逃げれる。


 勇人はゴブリンを見た瞬間走り出し、釣られるようにレイラとニーナの二人も走り始めた。落ちていた弓を回収して後ろを見れば、3体とも走って追いかけてきている。


「ああ、クッソ、来んなよ……!」


 現在位置は森の中から約2~3㎞程度。3人ならば走りきれる距離だ。だが後ろから追いかけてくるゴブリンの緊張感を考慮して考えたらどうなのか。


「ニーナ、足止めだ!!」


「はい!……リース・ディ・タップ・ブイオ!!」


 ニーナが立ち止り勇人も立ち止まる。 

 二段構えだ。これならどっちの攻撃も活きる。時間差で攻撃して的を絞らせない。これだ。完璧。『七節』は無理だが、さっきの射撃で若干自信が付いた。真っ直ぐ進んでくる相手なら止まっているのと変わらない。動く的という感覚を排除すれば、どこかには当てれるような気がする。


 『瞬きの静止』(ストップ)が撃たれた後に、すぐに弦を引き絞り矢を射撃した。

 二重の攻撃は魔法は避けられ、速度の速い矢は一体のゴブリンの肩に突き刺さった。


「ゲェァ……!?」


 ガッツポーズすらする余裕は無く、3人はまた街へと走り始めた。

 矢の刺さったゴブリンは勢いを殺せず地面に転がっていた。しかし他の二体は倒れたゴブリンを露にもかけず勇人達を追いかけている。

 ランニングしていたおかげで倒れたゴブリンからは大分離れる事が出来たが、若干ゴブリンの方が走るのが早く徐々に距離を詰められている。

 やばい。やばい。やばい。やっぱり森の中を走り慣れてる。躓いている様子もないし、かなりスムーズに移動してる。もう10mの距離あるのか? ほぼ後ろだ。攻撃。やらないと。傷つけて逃げるだけ。行けるか? 二体。さっきの一体は弓での不意打ちがあったから有利に事が運んだが、今はどうだ。次は。弓はこの距離で使えない。短剣のみ。この細い一本が勇人の命を繋ぐ唯一の命綱なのか。いやだから、倒す必要は無く、ちょっと傷つけてこっちが有利になったら逃げればいいんだって。分かる? 普通に勝てないから。頑張れ。行くぞ。やるぞ。


「二人とも……!」


 顔を上げるとライラとニーナも決死の顔が見えた。


「分かったわ……!」


「やるしか……!」


 2人の声は一段と切羽詰ったものになって、現状の悲惨さが胸に突き刺さる。

 そして3歩進んだ所で足を踏みしめて制止して、体をその場で止めて、脚力を爆発させてゴブリンに突っ込んだ。

 レイラも一体のゴブリンを受け持ち錫杖を構えながら前に躍り出た。


「ゲア! ゲア! ゲア!」


「ッ! ッ! ッ!」


 振り下ろされる剣を両手で持った短剣で受け止めるが、力がやはり強い。身長差を感じさせないその力強さに圧倒され、徐々に押し込まれていく。

 そしてゴブリンは剣だけでなく、脚で勇人の体を蹴り倒して、剣を勇人の左肩に突き刺した。


「――ッッッゥ!!」


「ゲヘヘヘェ」


 肩口に生える剣を見つめると痛覚が本領を発揮し、危険信号をしきりに鳴らしてきた。燃え盛るような痛みが勇人を支配するその前に、綺麗な声で呪文が紡がれた。それが勇人の意識を引き戻し、次にするべきことを示す。


「リース・ディ・タップ・ブイオ」


 ゴブリンの引き戻しかけた右腕に『瞬きの静止』(ストップ)があたり、腕が動かせなくなった。

 勇人は右手に持っていた短剣を逆手で握り、その腕に突き刺した。刃は腕から突き出て、不格好なオブジェのようになった。勇人から動いて、肩に刺さった剣から解放された。その瞬間、ゴブリンの硬直も解けて痛覚が爆発したようだった。


「ゲエァ……!!?」


 2,3歩下がるとゴブリンは傷口を押さえて、勇人を睨みつける。

 するとレイラの叫び声とゴブリンの呻き声が、同時に森に響き渡った。


「く……あ゛……!!」


「ゲベ……」


 レイラが袈裟切りに斬られたと同時に、ゴブリンの顎に『打突』が直撃して昏倒した。ゴブリンは地に伏せ、ピクリとも動かない。

 もう一体のゴブリンは口を開けその光景を見ると、ゆっくりと倒れるゴブリンの元に向かった。レイラも苦しそうな顔をしながら合流する。


 すると先程勇人の矢で走り遅れたゴブリンが到着した。

 事実上の3対2。しかしレイラは今治療中で動けるのは勇人とニーナのみ。2対2。でもこれ以上は速く逃げれない。少なくともレイラの傷が治らない事には、走る事も難しいだろう。良く痛みで気絶していないと評価したいくらいだ。


 剣を口でくわえ右手で矢を取り出すと、左手に握らせた。短剣を元の右手に戻して、2体のゴブリンと対峙する。右手だけ構えると勇人の矢が刺さったゴブリンがお返しにとばかりと襲い掛かってきた。手には剣を一振り持っている。


「ゲエァ!!」


「うおらぁ!!」


 ゴブリンの切り上げを振り落としで対抗して、剣同士が弾き飛ばされる。二人はすぐさま攻撃態勢に戻ったが、もう一体のゴブリンはニーナへと走り始めた。


「ニーナァ!!」


「ひっ……。リース・ディ・タップ・ブイオ……!!」


 ニーナは腰の引けた構えで『瞬きの静止』(ストップ)を打ち出し、ゴブリンの体に当たったが、一瞬硬直するだけだ。それが『瞬きの静止』(ストップ)。それだけが『瞬きの静止』(ストップ)。そのまま硬直が解ければゴブリンは走りだし、ニーナに剣を振り下ろした。

 鎖骨まで剣が侵入して、ゴブリンが剣を引き斬る。ブシッと吹きだし、そのままニーナは地面に倒れた。気絶したのか全く動かない。


「「ニーナァ!!」」


 レイラの傷が半分程度塞がり、ニーナの前に立ち塞がってゴブリンの追撃を辞めさせた。

 勇人は目の前のゴブリンで手一杯となり、レイラの元に駆け寄る事が出来ない。

 勇人はすぐにでも逃げる為、深い傷でなくてもいいと割り切り、危険な賭けに出る。

 ゴブリンの攻撃を切り上げる事で弾いた後、返す手で短剣を振り下ろす。ゴブリンはこれに反応し剣で防ごうとしたが、まったく衝撃が来なかった。


「こっちだ……!」


 左手に握った矢を肩の痛みに耐えながら、ゴブリンの太腿に突き刺した。使い続けて鋭さの無くなった矢じりだったが、何とかゴブリンの肌を貫通し、肉に埋まった。


「ギイイイィィ!?」


 ゴブリンの大声にレイラの前に居るゴブリンも振り返ってしまい、その隙をついてレイラは『打突』でゴブリンの鳩尾を突いた。


「ゲヘェ……!!」


 ゴブリンはそのまま下がり、気絶するゴブリンの元でしゃがみ込んだ。


「ゲェ……!」


 ゴブリンは倒れたゴブリンを担いでそのまま立ち去った。矢が二本刺さったゴブリンも悔しそうな顔で勇人を見ると、そのまま他の2体に付いて行った。

 流石に不利だと判断して、撤退したのだろう。しかし戦闘が始まっていればどうなっていたかは分からない。


「……レイ、ラ。終わっ、たら、次、治して、ね」


「それくら、い。我慢、しなさい。……我、汝の、傷を治す事、をここに誓、約する――『癒し(キュア)』」


 レイラの右手から淡い光が漏れ出て、ニーナの血に塗れる傷口が塞がっていく。ニーナは痛そうな呻き声を出しながらも、魔法の行使は止めない。そして何十秒か、何分か分からないがかなりかかった後、勇人の順番になり肩の傷を治してもらった。


 半開きのレイラの傷も治すと、目覚めないニーナを背負い、今日も街へと何とか帰ったのだった。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

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