第5話 修行
修行二日目。
昨日は大分動いて筋肉痛を覚悟していたが、寝る前に『癒し』をしたおかげで大分痛みが少ない。完全とはいかないが、アクティブレストすれば余裕で動けるようになるレベルの痛みだ。
レイラとニーナも同じ宿を取り、部屋は違うが朝早く出入口の前に集合という事にしている。流石に同じ部屋には止まれるわけは無く、違う部屋でムサイおっさんと夜を共にしたのは良い思い出だ。
数分出入口で待っていると金髪碧眼のロリが二人現れて、天使が舞い降りたのかと勘違いする所だった。体を二人の方に向けて、銅貨五枚を握りしめ露店に向かった。今銅貨は大量にあって持ち運びに困っている。その内銀行に預けようと思っているが、最低でも1シルバーが必要らしく今はとても口座を開設する余裕が無い。戦いに行く訳でもないので、銅貨を大量に保有したまま、市場を目指す。
宿は町の西側にあり、市場は町の中央付近にある。武器や防具、雑貨屋や食べ物屋さんなど全く統一性が無い。とにかくここに来れば何かしら手に入るという便利な場所だ。
そこでスパイスの効いた肉の塊を串にブッ刺した焼き肉っぽいのを5ノールで購入した。レイラとニーナも同じものを食べて、朝食と洒落込んだ。水は宿でタダで貰えたので安上がりだ。
「ニーナも今日は走るぞ」
「……うっ」
咀嚼していた口が止まり、息が詰まった様なうめき声が聞こえた。気づいてしまったか、みたいな反応を素直に出してくれるニーナだ。
「ニーナ、頑張って」
励ましとも地獄への同伴者を獲得したとも取れる発言だ。
確かにつらい事は全員で共有して、少しでも和らげたい。
食べ終わると露店の店主に美味しいご飯の礼を言って、昨日と同じ場所に移動して修業を始めた。
まずは皆で柔軟体操をして、怪我をしないように注意する。その前に全員カッチコッチで話にならない。協力して地獄の痛みに耐えながら、前屈したり股を割っていく。すぐに成果が出る訳では無いが、やらないよりやった方が良い。
「お、お姉ちゃん……痛い……」
「我慢よ、ニーナ」
ニーナは股を広げ地面に座っており、レイラはそれを後ろから押して、ニーナは痛みで悲鳴を上げる。何もやっていないこっちまで痛くなるような悲痛な叫び声だ。
そんなこんなを1時間以上やって、ようやくランニングを始めた。
効果はすぐに表れていた。
息はやはり荒いが、もう少し走れそうな気が勇人とレイラにはあった。今日、初めて走るニーナは地獄の苦しみの中必死に二人に付いて行く健気さを見せて行く。顔中ぐちゃぐちゃで必死に走っている。
そうして走っている途中何人もの傭兵が北や西へ行くのを見かけており、実力者はゴブリンは倒す必要は無いのだと実感した。比べネコ如きにやられた自分たちに腹が立つが、無い物ねだりしてもしょうがない。一週間以内に実力をつけることが肝要である。
最初の地点に戻って荷物を全部おいた。ランニング中は本来の装備を持って走っている。時間が無いのでより実践に近い形で訓練している。午前中はこれで自由時間として、各自技の練習をする。レイラは『打突』をして、ニーナは『瞬きの静止』を撃つ。
勇人は誰も居ない事を確認して、『七節』で木を射撃する。20~30m位からなら動かない的にはほとんど当てられる様になり、次のステージに進みたいがこればかりは実践しかない。
動く的を二人にやらせたら怪我は必至だし、なにより気が進まない。
手持ちの20本を全て撃ったらそれを回収し、また撃つのを何時間でもつづけた。
お昼になりレイラがサンドイッチを三人分買ってきて全員で食べている。
「そういや、挑戦者を見ないな。お前ら見た?」
「そう言えば……」
「どうだったけ……?」
2人とも把握しておらず、その後の挑戦者がどうなったのかはこの3人では分からなかった。
「まさか、全員死んだか?」
全員そんな事は無いと言いたいが、昨日会ったネコの事を思うと口を閉ざすしかなかった。重病患者の子供達が突如生命から命を奪えというのは、かなりの高難易度のはずだ。病気じゃなくてもそう簡単にはできない。倫理とかそういうのが邪魔してもおかしくは無い。そこに力の無い子供がそう簡単にネコやゴブリンに勝てるのか。悪い想像はどんどん悪い方向へと転がっていく。
それを止めたのはニーナだった。
「ユウトさん、か、考えても意味ないよ。どうせ分かんないし。そうでしょ?」
勇人はフッと一つ軽く笑うと、なぜか胸にすとんとその言葉が落ちるのを感じた。そう、分からない。想像だ。
「そうだな。次の修行でもするか」
◇
勇人達は森の浅い場所に入り、周りは多くの木に囲まれている状況になっている。足元は枯葉で覆われ茶色い土が見えず、枯葉色になっている。
「んじゃ、行くぞ」
「オッケー!」
森の奥からニーナが手を大きく振り、合図を送ってくる。
何やるのかと言えば『瞬きの静止』の命中率向上だ。とにかく勇人やレイラがニーナに向かって走り出し、それに対してニーナは『瞬きの静止』で応戦する。向かってくる相手に『瞬きの静止』を命中させる事が出来れば、かなり変わってくる。さすがに動きは猫又の方が早いが、それでもやっておいて損は無い。最終的な目標はゴブリンを倒す事で、猫又じゃない。
「よーい、始め!」
レイラの合図で勇人が木々を陰にニーナに走り寄る。
勇人はレイラの敗北の後、使えるものは使い、工夫できるものは工夫すると誓っていた。今回は森の木々を使い、ニーナに接近していく。木が魔法の盾になり簡単には当たらないはずだ。
「リース・ディ・タップ・ブイオ!」
『瞬きの静止』だ。
木の陰に走り出し、その身を隠す。魔法の弾が通り過ぎたのを確認して、木の陰から飛び出した瞬間次の呪文が飛び出し、勇人は失敗を確信した。
「リース・ディ・タップ・ブイオ……!」
勇人は木から飛び出した瞬間を狙われ、『瞬きの静止』が脇腹に直撃した。
「おっ!??」
脇腹の筋肉が硬直して、体を傾ける事が出来なくなってしまった。一部の筋肉が動かなくなるだけで、上半身を動かすのがとても難しく止まらざるを得ない。これにはかなり慌てる物があり、初見殺しの魔法である事は間違いない。当たった瞬間動けなくなるというのは、生物的に何かおかしい。違和感が全身を支配して、結果悪循環してもっと動きが悪くなる可能性が高い。また、ニーナに敵意が集中して、他の連中が活きる。予想以上に使える闇魔法に感心していたが、負けた事にかわりは無く、次はレイラの順番になった。
「次は私ね。準備は良い?」
「良いよ」
2人が本気になりどちらの目も細まっていく。普段仲が良いだけあり喧嘩しているような雰囲気に見える。
腰を落とし構えが入ったのを見て、勇人は力いっぱい開始宣言をした。
「始め!」
「フッ……!!」
開始の瞬間レイラが一直線に走り始めた。木を障害物としては使わず、愚直にまっすぐ走り続ける。ニーナは勇人と違う作戦に動揺を隠せないが、兎にも角にも魔法を使わなければ話は始まらない。
「リース・ディ・タップ・ブイオ……!」
『瞬きの静止』の黒球がレイラへと真っ直ぐ伸びて行き、あわやその顔面に直撃する瞬間、レイラは動いた。
「ハァ!」
錫杖で『瞬きの静止』を打ち払い、速度を維持したまま森の中を駆け抜ける。回避でなく迎撃と言う手段をとったレイラに対し、勇人とニーナは驚愕し、ニーナは次の手を出す。
ニーナもまっすぐ走りだし、詠唱を開始した。杖の先端から魔法陣が展開され、魔法を射出する準備を整える。
「リース・ディ・タップ・ブイオ!!」
「ラァ!」
走りだしレイラに近づいたニーナの『瞬きの静止』は感覚的・距離的に相当早くなり、迎撃は不可能となった。
『瞬きの静止』と『打突』が交差し、戦いが終わりを告げた。
「くっ……」
「……私の勝ちね、お姉ちゃん」
ニーナの目の前で止まっていた錫杖をレイラが引いて、試合の幕引きとなった。
『瞬きの静止』がレイラの右大胸筋あたりに直撃して、一瞬腕を動かす事が出来なくなったのだ。その時点でニーナの勝利が確定し、レイラは悔しそうに顔を歪めていた。
「ニーナの勝ちだったな。二人とも良い戦いだった」
「……負けたけどね」
レイラは顔を背けプイッとそっぽ向いてしまった。妹に負けた事が相当悔しそうだ。双子だからあまり差は無いと思うのだが、お姉ちゃんの矜持がそれを許さないらしい。
「魔法を打ち払うのは良い手だったな。ニーナも走ったのは大成功だ」
「……まぁね」
「あ、ありがとうございます」
レイラは不満そうだが満更でもない様子だ。ニーナは褒められて下を向いてしまった。
重病患者は本当に褒められ慣れていない。皆、純情な反応を示す。
それから何回も続けていたが、途中でニーナの待ったが入った。
「も、もう。魔力、無いです」
ニーナは杖を持って地面に女の子座りして、限界である事をアピールする。
午前中もたくさん撃っていたみたいだし、魔力とやらが無くなるのも仕方がないか。
勇人とレイラもこれはどうしようもなく、再度個人練習に入った。
勇人は町の塀の前で、『腹裂き』の練習をする。腹部分に横薙ぎの払いといれる攻撃だ。できる事を限定して精度を上げる初心者向けの攻撃らしい。確かに腹しか攻撃ないとなれば、剣を振る軌跡も自然と限られて、洗練される物になるのかもしれない。
ブンブンとどうすれば良いか考えながら短剣を振りまくり、辺りが暗くなるころにもう一回三人でランニングして街の中に戻った。
晩御飯は朝ごはんと同じく肉にした。
5ノールという格安はあれしか無かったので、同じものになってしまったが、今まで病院食しか食べてこなかったので、全然問題は無い。
宿に戻り大浴場で男風呂と女風呂に分かれ、ゆっくりと疲れを癒す。風呂を上がったらレイラの『癒しを受ける予定だ。まぁ、何の効果も無いかもしれないけど、筋肉痛が無いのは大きい。
「やっぱりこの傷は消えないわね……」
隣の女風呂からレイラの声が響いてきた。何の傷なのかは全く分からない。
「しょうがないよ。何回も針を刺してれば流石に痕になるよ」
その言葉を聞いて勇人も注射の後を見た。黒ずんでかなり汚いとすら思える色をしている。上手い人がやればこうはならないのだろうが、生憎全員が全員注射が上手いという訳では無い。人生の全てを注射なしでは生きて来れなかった勇人だ。黒ずんでもしょうがない。
そう思えばレイラとニーナがこの後を消そうと努力するのも頷ける。女の子としては肌は綺麗な方が良い筈だ。『癒し』で直そうとしたが、何かが原因で消えなかったんだろう。全てを治せる訳では無いその不完全さが、人間という種族を如実に表していた。
◇
そろそろ日も高くなり、辺りも明るくなっている。朝の清涼な空気が頬をなて、呼吸もすがすがしい。空気も澄んでおり、視界も良好だ。こっちはそこまで暑くも寒くも無く、今の時間だと少し肌寒いくらいでとても過ごしやすい気候だ。
昨日と同じように起き、朝ごはんを食べると3日目の修行が始まった。
街の外に出て柔軟体操・ランニングをこなすと日もかなり高くなっていた。
「今日からはコンビネーションだ」
「「コンビネーション?」」
二人同時に首をかしげて相当可愛らしい。金髪碧眼ロリだぞ。最強だ。
「もっと言うなら勇人とニーナのだ。二人でレイラの防御を突破する練習をする。これができれば結構良いとこまで行けるんじゃないか?」
「まぁ、そうなんじゃない?」
勇人とレイラの一対一はまだ完璧にレイラの方が上であった。防御に関してはレイラの方が一枚上手であった。聖職者とかそう言うのではなく、呼吸を読むのが上手いというのだろうか。次の手を読むのにレイラは長けていた。聖職者であるレイラは絶対死ねないので、とても貴重なモノだ。とは言え、それは対勇人戦のみであって、猫又にはそれは通じなかった。まだまだ二人の技量はこの世界では低レベルに納まるのだろう。
「いつも通り峰打ちでやる。急所への攻撃は禁止。これで良いな?」
「良いよ。いつでも来なさい」
レイラは片手を水平に上げ、手首を二三動かす挑発行為を行う。まぁ、これくらいはいつもされるので今更何か思う所は無い。無いと言ったらない。
「俺が出るから隙を見て『瞬きの静止』を撃ってくれ」
「分かりました」
首だけでニーナに話しかけ作戦を伝えると、ニーナはコクンと首を上下に振って短く答えた。
ニーナは杖を構えいつでも詠唱できるように準備を開始する。勇人から離れ、射線が通るようにレイラとの角度をつける。それに従いレイラも簡単に魔法を撃たれないように、円状に動いていくが、勇人も動き始めた。
短剣の持ち手を普段の逆にして、峰打ちにする。突きだけはしないように気を付けてレイラに突進して行った。
レイラは勇人の接近に伴い錫杖を両手で持ち、真上に振り上げるとそのまま勇人の肩に向かって振り下ろす。左の腰構えに短剣を持ちそのまま錫杖を打ち上げた。
「ぐぅ……!」
「……ッ!」
思い切り振り下ろされる錫杖と短剣の衝突はお互いの手を痺れさせるに十分だった。勇人が男であった分筋力でレイラを勝っていたが、振り下ろしのレイラの攻撃の方が分があり、攻防は引き分けに終わった。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡ると、ニーナの詠唱が始まった。
「リース・ディ・タップ・ブイオ……!」
いつの間にか移動して射線を確保していたニーナが『瞬きの静止』を撃つ。レイラの左胸へと飛んでいき、直撃するかと思われたが、ニーナの決死の防御が繰り出された。
「うっ……!?」
レイラは左腕を突きだし、掌から『瞬きの静止』を受け止めた。しかし『瞬きの静止』の黒球は掌に着弾すると形を変え、左腕全てを覆うように形態変化した。これにより完全に左腕が硬直したレイラは防御の手が無くなり、攻撃準備を整えた勇人の攻撃が迫りくる。
「シャアァ!!」」
この数日間で何回振ったか分からない『腹裂き』がレイラの柔らかい脇腹に直撃した。刀身部分がレイラの脇腹にめり込み、そのまま衝撃を余す事無く内臓へと転化した。
「あぐ……!!」
攻撃を受けたレイラは膝を着いて苦悶の表情を見せると、すぐに右手を被弾箇所に当てて治療を開始した。
「……我、汝の傷を、治す事をここ、に誓約する――『癒し」
レイラは苦しそうにしながら詠唱をする。レイラの右手から光が漏れ出し、攻撃された箇所を癒していく。『癒し』は初めての回復技という事もあり、あまり回復速度が速くない。使うためには安全を確保する必要がある。試合はここで終わり、レイラが回復するのを勇人とニーナは待った。
「ああぁ、結構痛かったわね。もうやりたくないわ……」
治療が終わるとレイラは心底嫌そうにそう言った。確かに金属の塊を腹に受けるのを積極的にやりたいという奴はいないだろう。レイラは脇腹をさすりながら立ち上がると、講評をした。
「闇魔法は使えるわ。左手に『瞬きの静止』を受けた時、全く動かなくなってびっくりしたわ。それが大きな隙になって攻撃を受けちゃったし。魔法を撃つタイミングもユウトの攻撃のタイミングもばっちりだったわ。初めて魔法を見る相手だったら、何が何だか分からないでしょうね」
「行けるな。想像以上だ。……でも、この修業はこれでもう止めるか。お疲れさん」
「そうして頂戴」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ニーナがレイラに駆け寄って安否を問う。自分の攻撃がきっかけとなり、実の姉を傷つけた事には変わりがない。若干怯えながらの会話だったが、レイラの態度が変わらないのを見るとニーナは安心して朗らかに笑った。
◇
そんなこんなをあと4日続けそろそろ働かないと、食べる事が出来なくなるギリギリまで来てしまった。
ランニングは20分までなら余裕で走れるようにはなったし、筋力もなかなか付いたように思う。1週間前より体が軽く感じるし、走るのに苦労もしていない。
「行くか」
そして3人はゴブリンが巣食う森へと踏み出していった。




