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第4話 自惚れ

 生き残った33名はそれぞれ仲間を集めたり、一人で森の中に進んだりとすでに行動を始めていた。勇人たちが食事に行った後神殿では人材の獲得合戦が勃発しており、すでに何グループかは出来上がっていた。

 勇人、レイラ、ニーナもそのような物であり、3人パーティーという事になる。

 勇人たちはこの街では、『挑戦者』兼『傭兵』と言う立場になり、人類に徒名す異形の者たちと戦い、それらの持ち物を金に還元する事で、生計を立てる。

 敵アジトや縄張りに侵入し、敵を排除するのが『傭兵』の役割となる。街を守護するのは内地から派遣される『騎士』であり、大規模な作戦でもない限り表だって動く事は少ない。ただし、小規模な作戦ならば、6人パーティーで間引く事はよくある事であった。

 とにかく勇人たちも敵を倒し、その持ち物を奪わないと明日も分からない生活を余儀なくされるのだ。



 勇人は一週間前に食事した定食屋の前に行くと、すでにレイラとニーナの二人が集まっていた。

 レイラは白を基調とした装束をまとい、錫杖を持つ『聖職者』の職業についている。光魔法に分類される回復魔法を使う事が出来る唯一の職業であり、必須の人材である。

 ニーナは黒いマントに三角帽子を被った『魔法使い』。杖も持ちさながら魔女のような恰好をしていた。ニーナは女の子なので魔女で間違いないのだが、如何せん小さいため魔女という表現が似合っていない。魔法少女である。

 また大事な事であるが、魔法は女性にしか使う事が出来ず、『聖騎士』『聖職者』『魔法使い』の3つは女性限定の職業である。


「やっと来たわね、ユウト」


「おはようございます、ユウトさん」


「二人ともおはよう。結構似合ってるな」


 勇人は二人に駆け寄り、ちょっとかさ張る自分の装備を見直す。弓・矢筒・短剣と3つも装備する必要があるのは、二人の装備を見ると重装備に見えた。

 2人の装備と言えば、錫杖と杖のみ。ギルドで刃物での攻撃は禁じられており錫杖や杖で打つか魔法での攻撃しか認められないらしい。狩人ギルドでは特にそのような制約は見られない。強いて言うなら狼やイヌへの攻撃は絶対禁止位だ。狩人はそのうち動物を従えて一緒に狩りをするらしい。そのため、仲間になり得る動物への攻撃は禁止されている。アッカーマン先生の傍にも大きな狼がいた。もちろんモフモフさせてもらい、地獄の訓練の癒しになっていたのは間違いない。勇人も遠くない未来、相棒が欲しいと思った瞬間である。


 軽い挨拶を交わすと、露店で朝ごはんと昼ごはん、飲み水を買う。全部で20ノール程度と先の食事より安い。あの定食屋は高級だったと改めて感じながら、街を囲む塀の外に出て弱肉強食の世界へ足を踏み入れた。



 ◇



 待ちから見て北東方面にある森はゴブリンが占有する森である。特徴は数が多く、繁殖力が高い事だ。人類より弱いが、何分数が多いため殲滅しきれていないらしい。だが、初心者の相手としては逆にありがたられるモンスターである。ただし油断してはならない。普通のゴブリンは身長130cm程度と子供と同じ程度だが、上位のホブゴブリンは相当強くデカい。油断しなくても初心者では死んでしまうので、森の奥深くには入ってはいけない。これくらいは座学で学んでいる。

 勇人達は森から出てきたが、ホブゴブリンと思われる生物には遭遇しておらず、運の良い方だったのだろう。死亡した67名の子供たちの何人がホブゴブリンにやられたのかは分からないが、奥にだけは行かないように気を付けると心掛ける一行であった。


「で、何狙うの?」


「子供ゴブリンだな」


 即刻答えを返すと隣に居たニーナが汚い物を見る目で勇人を見上げる。上目づかいも台無しのジト目だ。


「……ユウトさん、卑怯……」


「う、うっさいな。だったら大人ゴブリン倒せるのかよ」


 一週間前襲ってきたのは体長130㎝の大人ゴブリンであったらしく、子供ゴブリンは見なかった。

 人間の生息地域の近くにいるゴブリンは、ゴブリンの中でのカーストが低く追い出された個体らしい。何故カーストが低いかと言えば、単純に弱いからである。体が貧弱で、装備の質も悪い。その低いカースト同士の間でできた子供を狙うのが勇人の狙いだった。


「妥当ね。ニーナも頑張るのよ」


「そ、そうだよね。私も魔法使うんだよね……」


「それでニーナは何の魔法を覚えたんだ?」


 この質問にはレイラも興味津々のようであり、どんな魔法かわくわくしている。

 そしてニーナは遠慮がちに口を開いた。


「……闇魔法」


「「や、闇……」」


 俗にいうダークマジックらしい。

 相手の動きを制限したり、幻覚を見せたりするのが得意な魔法。敵の足止めに特化しており、攻撃力は全くと言って良い程無い。完全に支援魔法に分類されている。


「そ、それでどういう魔法を覚えたんだ?」


 ニーナはよくぞ聞いてくれたとばかりに大声で技の名前を告げた。


『瞬きの静止』(ストップ)!」


「なにそれ?」


 レイラは技名だけではどういう効果か分からず、ニーナに聞き返した。

 ニーナは出番とばかりに嬉しそうに説明を始めた。


「これはね、相手の動きを止めれるんだよ。ほんの一瞬だけど、体のど真ん中に当たったらほとんど動けなる位スゴイの! 別に腕や脚に当たっても硬直したみたいになって、なかなか動けなくなるんだよ。二人とも闇だからって馬鹿にしちゃダメだよ。ドカンドカン撃つだけが魔法じゃないと思うの。そういうのは勇人さんがやればいいと思うし、私はそれをサポートすればあとは何とかなると思ったの。お師匠様は闇魔法にはもっと凄いのがあるから、お金を稼いで覚えに来いって言ってたわ。『瞬きの静止』(ストップ)があれば、ユウトさんの矢も当りやすくなるんじゃないかしら!?」


「「お、おう」」


 ニーナは喜色満面といった風にマシンガントークをぶちかます。どうやら闇魔法に強い思い入れがあるらしく、どんどんアピールしてくる。こうしてレイラも固まっている間もしゃべり続け、如何に闇魔法が優れているか演説を続ける。

 レイラが困ったような顔を見せると、すぐに表情を変えてニーナを諭し始めた。


「闇魔法が凄いのは分かったから落ち着きなさい。どこかにゴブリンが居るかもしれないわよ」


「あ……」


 ニーナはハッとすると辺りをキョロキョロと見渡し、何も居ない事を確認するとホッと安堵の息を吐いた。勇人とレイラに向き直ると頭をちょこんと下げて謝罪した。


「……ごめんなさい。ちょっとはしゃいじゃいました」


「まぁ、次から気をつけろ」


 勇人はニーナの肩を軽く叩いて気にしていない事をアピールして、森の奥へと向かった。


「行きましょ」


 レイラもニーナの手を取って勇人の後を追い始めた。ニーナの不安そうにしていた顔は一転晴れやかな物になり、その足を前へと進めた。



 森の中に入り15分もすると行く先に動物が現れた。4足歩行で尻尾が二本ほどあり、体高50cm体長1m弱の猫である。


「あれ『猫又』じゃない? 座学で教えて貰ったわ。皮が高く売れるんですって」


「それは倒す他ないな」


 まだ猫又は勇人たちに気付いておらず、そっぽ向いている。その4本の脚で歩いてはいるが、そのスピードは遅く、散歩をしているみたいだ。

 勇人は背負った矢筒から一本の矢を取り出し、中古のショートボウにつがえた。


 勇人は『七節』の動作を思い出し、一つ一つこなしていく。


 『足踏み』。脇を正面にして脚の角度は敵に向かって60°。両足先の間隔はショートボウと同じ広さに。天地人一体の境地に立ち、大地にどっしりと構える。

 『胴造り』。『足踏み』でできた姿勢の上に、さらに両足で体を安定させる。腰を据え、肩を沈め、全体重を腰の中央に置く。本弭(弓の下の部分)を左膝に置き、右手は右腰の辺りへ。

 『弓構え』。『足踏み』『胴造り』でできた姿勢を保持しつつ、正面で親指を弦に掛け、中指で親指を押えて人差し指を添え、ともに親指をはねるようにして柔らかく整える。左手で狙いを定める。

 『打ち起し』。弓を引き分ける前に弓矢を持った左右の両拳を上にあげる。

 『引分け』。『打起し』した弓を左右均等に引分ける。

 『会』。無限の『引分け』。精神・身体・弓矢を一体化し、射撃の気を熟させる。

 『離れ』。気合の発動と共に矢を飛ばす。


 『離れ』により勇人の矢が猫又目がけて跳んでいく。今の所発射まで4秒以上要す『七節』を使っていても猫又はまだ悠然と歩いていたが、何を持って感知したのかその場から大きく飛び退き、『七節』を回避した。


 「あっ……!」


 勇人は止まっている的ならば割と良い確率で命中させていただけに、回避されたのは痛い。猫又はすでにこちらに気付き、全力で走ってきている。

 横に居たニーナが一歩前に出て、魔法を行使した。


 「リース・ディ・タップ・ブイオ……!」


 ニーナが呪文を唱えると、構える杖から幾何学的な魔法陣が出現し、中心から黒い球体が猫又一直線に飛んで行った。かなり早いと思われた攻撃も猫又の回避能力の前には無力だった。

 猫又は横っ飛びすると『瞬きの静止』(ストップ)は遥か彼方に飛んでいき、20mは進むと消えてしまった。


 「うっ……」


 猫又は魔法を使ったニーナを危険と判断したか、走る勢いを落さずニーナに接近していく。

 ニーナが接敵する前に後ろからレイラが飛び出した。


 「ハァ!!」


 『打突』。

 聖職者の防御術である。錫杖の先端で敵を突く攻撃は、先端の面積と本人の力と合わさり、劇的な破壊力を生むはずだった。


 「チッ」


 レイラの『打突』も回避され猫又は無傷で3人の間をすり抜けた。移動した先で猫又は振り返り、2本の尻尾を蠱惑的に振るう。


 勇人は『七節』を回避された事も忘れ、短剣を構えて突撃していく。

 猫又に近づき姿勢を低くしながら短剣を振り回すが、当たる様子が全くと言って良い程無い。

 すると後ろから呪文が聞こえてきた。


 「リース・ディ・タップ・ブイオ!」


 左斜め後ろから跳んでくる黒い魔法は、猫又に当たるも尻尾に当たるだけで体を止めるに至らない。しかし当たった隙をついて攻撃を仕掛けてみるが、やはり回避される。


 「クソッ……!」


 これを見たレイラは本来の役割を忘れ前に出てきた。基本防御技の聖職者が前に出るのは悪手とされている。それでも動かない戦況に嫌気がさしてレイラは前に出た。

 そこで猫又の口元がゆがみ、爆発的な速度を生み出しながら勇人とレイラを置き去りにしてニーナに攻撃を仕掛けた。


 「え?」


 呆気ない声をだし猫又がニーナの首元に噛みついた。ニーナは何が起きたか分からないかのように、呆然と立ち尽くしていた。

 鋭い歯がニーナの首元に突き立ち、犬歯が食い込んだ肉の隙間から、間欠泉のように血が噴き出している。


 「「ニーナ!!」」


 勇人とレイラは急いでニーナに駆け寄り、猫又を引きはがそうとしたが、あっちから勝手に離れて行った。横たわるニーナにレイラが回復魔法をかける。


 「我、汝の傷を治す事をここに誓約する――『癒し(キュア)』!」


 レイラが出血している首元に手を当てるとそこから光が漏れ出し、徐々に傷が塞がっていく。傷が深すぎて死ぬのではないかとも思ったが、聖職者の回復能力は思った以上にあったようだ。


 勇人は治療する二人の前に立ち、断固として動かない覚悟を構えとして猫又に見せつけた。両者は数秒間睨みあっていたが、猫又はフイッと顔を背けるとそのままどこかに行ってしまった。


 それでも警戒を怠らなかった勇人ではあったが、30秒もすると流石に力を抜いて警戒を解いた。


 「……良かった」


 短剣を片手で持ち呆然とするその姿は、まさに敗者のそれであった。



 「うう~、痛かったよ~」


 攻撃を受けたニーナは『癒し(キュア)』によって回復し、涙目になってレイラに抱き着いている。黒いマントのせいで血の跡が分かり辛いが、勇人は割と多く出血していたように感じた。


 「何よあれ……。滅茶苦茶強いじゃない」


 結局あたったのはニーナの『瞬きの静止』(ストップ)だけであり、他の2人は役立たずだった。


 「俺達が弱いのか……。ネコにも勝てないなんて……」


 その言葉で3人とも黙ってしまい俯く。

 しかし森の中でそんな事をしていれば、襲ってくださいと言っているようなものだ。

 勇人は今日は帰ろうと提案すると、二人は反対しなかった。



 たったの15分程度歩くだけで、元居た街まで戻ってきた。

 流石に中には入らず、反省をしていく。


 「やっぱり身体能力が低いか?」


 「その前にさっきのは私が悪かったわ。前に出なければニーナは守れた。……ごめんなさい、ニーナ」


 「ううん、大丈夫。私も魔法を使えば良かったの」


 美しきかな姉妹愛。

 二人は互いを思いやり、許し合う。その光景はとても美しい物に感じた。しかし些か距離が近いような気がする。


 「その辺で良いか?」


 勇人がそう言うと二人はバッと離れ距離を取った。

 今にも何かはじまりそうな雰囲気であり、止めた方が良いとの判断だった。仲が良すぎるのも考え物である。


 「やっぱなぁ、俺達って体弱すぎだよ。簡単に攻撃よけられてたじゃん。よっぽど上手くやんないとネコも倒せない。猫の皮が高いならあいつが強い可能性もあるけど」


 「そうよね、困ったわ」


 「しゅ、修行編ですか!? マンガです……! ジャパニーズ魂です……!」


 日本文化を若干齧ったような事を口にするニーナ。

 あながち間違っていないと勇人は納得した。


 「今全員の金が750ノールか。宿を一番安い10ノールの所にして、一日の食事代を15ノールに抑える。3人で一日75ノールだ。ぎりぎり10日何も稼がないでも生活できる。……一週間使おう。7日間鍛えて、ネコなりゴブリンを倒して、成功経験でも積むか」


 「結局ハイリスクになっちゃたわね……」


 レイラは最初はどこかで働こうとしていたが、働き口が無いと鳴りしょうがなく『傭兵』になった。こんな状況になってしまい、金に困る事になるのはどっちに転んでも同じ事だったようだ。


 「ニーナの言う通り修行編だな。ランニングしたり、技をより早く・鋭くするようにしよう」


 「わ、私は走っても意味ないような……」


 ニーナは魔法使いなら体力なんて必要ないと言いたいようだ。

 甘い、砂糖より甘いぞ、と勇人は鬼教官のように不気味にほほ笑んだ。


 「ひぇ……」


 「逃げる時にも体力は必要だろうが。この前それで死にそうになったのはどこのどいつだ?」


 「あぅ……。正論が……」


 ニーナは一歩後ずさり、声が引きつった。

 心底嫌そうな顔をして、運動は苦手のようだ。と言うより、『挑戦者』の中で運動が得意と言う方が珍しいだろう。


 「やんないと死ぬぞ?」


 死と言う絶対的な恐怖を持ち出し、ニーナを追い込んでいく。


 「ぐっ……。それは嫌です……」


 グッと表情を引き締め、ニーナは覚悟を決めたようだ。レイラも同様である。もちろん勇人もだ。


 「とは言え、ニーナは出血したから魔法をその辺で撃っておけ。俺とレイラは走って来るから。ゴブリン来たら塀の中に逃げろよ」


 「はーい」

 

 走らなくて良いと分かるとニーナは満面の笑顔になり、誰も居ない空間に向かって魔法を撃ち始めた。


 「俺達も行くか」


 視線を斜め下に向けてレイラに確認を取る。


 「そうね。頑張りましょうか。……こんな日が来るなんて」


 最後の言葉は希望に満ちたものだった。




 「ヴぇっは、ばぁぁ、はぁぁ、ぼぅぇ!」


 「ぐほっ、げぇぇあ、ばっ、はっ!」


 たった10分でこの様であった。

 隣にいるレイラの呻き声は最早女を捨てている物になっている。


 生まれてこの方走った事の無い二人にとって、ランニングは言うほど簡単な物では無かったのだ。全身の毛穴から体温を下げようと、体液がドバドバ出てくる。今まで外に出てこなかった老廃物すら出て行っているような感覚が二人にはあった。

 マジで限界。ホントキツイ。マラソン選手は偉大だった。もちろん駅伝も。横目でレイラを見ても必死こいて口を開けて、全ての穴から呼吸しようとしてる。それは男の子に見せない方が良い奴だ。絶対そうだと思う。目が見えるのは少し前からだから言う事出来ないけど、百年の恋も冷めるってやつだ。もうぐっちゃぐちゃ。涙も汗も鼻水も、顔から出せる物は全部出してる。勇人もだけど。

 それでも二人の足は止まらない。これが勝つために繋がっていると思えば、二人の脚はまだまだ動いた。怪我をするのも織り込み済みである。レイラの回復魔法があれば大体の怪我は治るし、筋肉の超回復も狙っており、成功するしないは関わらず、回復魔法の練習にはなるのでやる事にしていた。


 「な゛、だによ?」


 な、何よ?、だ。

 勇人はレイラの悲惨な状況を見過ぎていたため、不信感を抱かせたようだった。


 「づら、ぞ、うだな」


 辛そうだな、である。

 ここからはお互い喋るのも疲れたので、黙々と走る。只々走る事に集中して、なんと15分も走る事が出来、歩いてニーナの元まで戻った。


 「あ、二人ともお、帰り……」


 ニーナは最初明るく迎えようとしたのだろうが、二人の状態を見ると閉口してしまった。明日からは自分もこうなるのかと思うと、鬱々とした気分が胸に去来する。ニーナは視線を二人から外して、再度『瞬きの静止』(ストップ)を撃ち、練習を重ねる。

 無視された二人はその場で荒い息を整えるため、深呼吸をするように努めた。しかし体中の細胞が酸素を求め、深呼吸なんていうまどろっこしい事を許さない。二人ともむせ始め、結局息が整うまで5分はかかったのであった。


 ようやくコンディションが整うとレイラが回復魔法を行使した。


 「我、汝の傷を治す事をここに誓約する――『癒し(キュア)』!」


 レイラは勇人の脹脛と太腿に手を当てて、筋肉の疲労と癒していく。しかしこれは実験であり、結果は芳しくなかった。


 「疲れは取れないな……」


 「そう。それは残念」


 触れていた手が離れて行き、若干の寂しさを覚える勇人であったが、流石にもっと触ってろ、何て言う事は出来ない。日本だったら即刻通報されるレベル。無職なだけで通報される世の中だ。分かるだろう。


 ただ、傷ついた筋肉が修復されている可能性はある。これを繰り返せば、現代技術も真っ青なトレーニングが可能なはずだ。


 「じゃあ、試合しましょうか。どっちが強いか勝負しましょ」


 「良いのか?俺一応狩人だぞ」


 「怪我しても治してあげるわよ」

 

 勇人の眉がピクリと動く。

 言外に負けるのは勇人の方であると宣言されて黙っているほど大人では無かった。


 「嬢ちゃん、泣かせてやるぜ」


 「来なさい」



 ◇



 「うぐ、ひっぐ、ずるいっ……!」


 「マジで泣かないでよ……」


 結果は勇人のぼろ負けであった。レイラの錫杖による『打突』は短剣を寄せ付けず、一方的に勇人を叩きつけた。勇人も何とか錫杖を叩き飛ばし、『腹裂き』を叩き込んでやろうと躍起になったが、潜り込もうとすると、次は錫杖の金属部分が飛んできて対処のしようがなかった。

 今は『癒し(キュア)』で勇人の傷を治している所だ。レイラは手をかざし、自分で付けた青痣を消していく。

 

 「ほら、あなたまだ弓使ってないし。接近戦はあれだけど遠距離はあなたの方が強いわよ?」


 「……それは当たり前だろ。お前遠距離技無いし」


 何とか勇人を慰めようとしたレイラであったが、意外に冷静だった勇人に反論され口を閉ざす他なかった。それでもまだ言う事はあった。


 「聖職者の技は防御技よ。こと防御に置いては私達の方が上よ。防御一辺倒にすれば聖職者でも狩人に勝てるわ」


 「そんな事考えてたのか……」


 勇人は完璧に実力差である事を覚悟していただけあり、作戦があったなどと微塵も思っていなかった。


 「当たり前でしょ。格上(・・)を相手にするにはそれなりの知恵が必要よ。何も考えなければ負けるのは私よ。ユウトはフェイントで私から攻撃を引き出したら、多分勝てるわ」


 「……色々考えてんだな。見直したわ」


 「……それはどうも」


 そう言うとレイラは顔を赤くしながら素振りを始めた。動いた事で紅潮しているのか、褒められて照れているのかは本人にしか分からない。

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