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第3話 狩人

 あれから勇人達は保護され、神殿のような場所へ通された。

 街は大きな塀に囲まれていて、外から簡単には侵入できない造りになっていた。ここまで来るのに街の中を通ったが、勇人には発展しているのかそこまでなのか判断が出来なかった。一つ言えるのは車というモノはおそらく無いという事だ。そこまで危険な物が往来しているような様子はない。4足歩行の動物が何かを引いているのは見たが、金属でできた機械が動いている様子はない。


 暗くなっていたが町はこれからという感じで、多くの人が行きかい飲食店も多くあった。勇人も腹がすいていて何か食べたいとさっきからずっと思っているのだが、白装束の女の人は勇人たちを解放しなかった。

 また弓使いも近くにおり、力強い視線を勇人たちに投げかけ、反論する機会を与えていない。いよいよ出て行こうかと思っていた時、ようやく女性が口を開けて言葉を紡ぎだした。


「あなた方が此度の『挑戦者』ですね。全員で33名ですか。67名の方にはご冥福を」


 勇人は『挑戦者』と言う単語にも気がひかれたが、67名死亡という情報の方が大きかった。それは周りの子供たちにも同様であり、皆ざわついている。

 弓使いが大きく咳払いをすると、ピタリと音が止み、弓使いの男は女性に続きを促した。


「我らが神はあなた方のような子供たちを不憫に思い、こちら側の世界に寄越すという事を幾度もしています。あなた達は『挑戦者』と呼ばれ、こちらで生きる意味を探すという事になっているはずです」


 確かに夢の中で老人はそんな事を言っていたと勇人は思い出す。

 女性の話はまだ続いた。


「私達は最初のみあなた方を手助けするように伝えられています。私達が示すのは選択肢です。選ぶのはあなた方の自由。……戦うか戦わないかそれだけです」


 ここにいた全員が先程の緑色の人物の事を思い出したに違いない。武器を持ち自分達より身体能力に優れる相手。あれと戦う。とてもじゃないが、と言う所だ。


「人類は劣勢に立たされています。私達は一人でも多くの戦える人物を求めているのです」


 (それはそっちの都合だろう)


 事実そうであろう。

 戦いなど縁のない子供たちにすれば、何を言っているのか分からない。手助けをすると言いながら、全くその意思が見て取れない。

 しかし続く言葉は戦わざるを得ない言葉であった。


「『挑戦者』が生きる意味を見つけ、行動するには戦うしかありません。過去、戦わずしてあなた達の世界へ帰った者は一人としていません。これを信じるか信じないかはあなた達次第です。……それでは覚悟が出来た方からギルドにお立ち寄りください。これで私達は失礼します」


 そう言うと女性と弓使いは神殿から出て行ってしまい、33名の子供たちが残されてしまった。少しの間静寂が子供たちを包んでいたが、誰かの一言をきっかけにそれは大爆発した。やれ糞ジジイ!、どうすればいいんだ!?、等々。

 このままでは勇人まで痛いしっぺを食う可能性もある。それに何か間違ってレイラを取られるのは痛い。レイラが居ればニーナも一緒についてくる。二人居ればこの後の事も何とかなる可能性が高い。勇人はそう判断し、横を向いてレイラとニーナに問いかけた。レイラは思案気に、ニーナは不安に満ちた顔になっている。


「2人とも、取り敢えず飯を食べよう」


 こっそりと神殿の出入り口から出て行き、誰にも気づかれる事は無かった。

 扉が閉ざされる瞬間、未だ子供たちは何かを大声で叫ぶという愚行を犯していた。

 

 ◇



 勇人は街を歩きながらポケットに入っていた銀色の円盤を取り出す。日本の百円玉というモノに酷似しているのではないかと、勇人は思っていた。


「なぁ、これって金だと思う?」


「そ、そうじゃないんですか?他に何か……?」


「ニーナもそう思う?じゃ、これでご飯食べれるな」


 初めて自分だけ、と言うわけでもないが自分の意志でご飯を選べる機会が勇人に訪れた。銀貨は10枚あり、どの程度の価値があるのかはまだわからない。100円だったら今日生きるのがギリギリの値段だ。


「じゃあ、あそこにしましょ。安そうよ」


 そこにはさびれたとは言いすぎだが、哀愁漂う定食屋があった。木造平屋のちょっと入りたくなくなるようなお店だ。しかしこういう店ほどおいしいみたいな話を勇人は聞いた事があり、二人と一緒に店の中に入った。


 中はご飯時という事もあり、見た目とは違って盛況だった。

 ほとんど席は空いておらず、最後のテーブルに席に着くとお店の人がメニューを取りに来た。気前の良さそうな女の人だ。年は40~50と言った所だろうか。恰幅も良く、笑顔も素敵な女性だ。

 すると女性は勇人たちを見ると訝しげに見つめ始めた。具体的にはその服装だ。

 現在の3人の服装は病院の患者が来ているような服やパジャマであり、街を歩く格好ではない。


「もしかして、『挑戦者』かい?」


「分かるんですか?」


 レイラがいち早く反応して、情報を得ようとしていた。

 身を乗り出し、女将さんの話を聞こうとしている。


「あんたたちの格好はちょっとおかしいからね。偶にそういうのはこの街に来るんだよ」


「そうなんですか」


「お金の価値分かるかい?皆そう言うので最初は困るみたいでね」


「それが全然」


 レイラは布の袋から銀貨を10枚机の上に並べて、女将さんに見せた。女将さんの顔は結構驚いているように見える。


「割とあるね。最低限の生活なら40日くらいは行けるかもね」


「このお店だとどれくらい皆さん使うんですか?」


「30ノール位だね。その銀貨一枚で100ノールだよ。あんたらは一括で払った方が銅貨がかさ張らずに済むから頼むよ」


「銅貨と言うのは?」


 勇人が会話に入り込み、円滑に作業が進まるようにする。


「1ノールの事さ。銅貨100枚が1枚の銀貨。100枚の銀貨で1枚の金貨。覚えときな」


「そうします」


 勇人たちは現在1000ノール持っている事になり、割とお金持ちと言える状態だった。


「それでメニューは?」


 メニューと言われても何が何だかわからないので、一人30ノール分でお任せになった。



 ◇



 テーブルにはたくさんの料理が所狭しと並べられ、熱そうに湯気を立ち上らせていた。鶏肉や魚、サラダ、スープ。安く済まそうとすれば6ノールもあれば十分らしかったが、流石に30ノールも払った甲斐はあるというモノだ。

 勇人にしてみればもしかしたら初めての味の濃い食事の可能性すらある。今までは味気ない病院食に加え、点滴で栄養補給するのもザラにあった。むしろちゃんと食べれる方が珍しく、いつも無味乾燥な食事時間を送っていた。圧倒的に変わるであろう食生活に希望を抱きながら食事をしていく。


「……おいしい、おいしい!」


 勇人は涙を流し、鼻水を垂らしながら目の前の食事を誰にもとられまいと、すごいスピードで消費していく。

 チラリと目の前のレイラとニーナに目を向けると、同じように感激の涙を流しながら食べていた。

 この様子を見ると二人が人格を持つような気を勇人は持っていた。同じように重病患者だったからこそ、これだけ食事に感激するのではないかと思ったからだ。


 3人は周りの目など気にせず休憩の一つもせず、一気にテーブルの皿を空にしていった。




 食事の余韻を十分に味わい、周りの客も少なくなり、勇人たちは話を始めた。


「あの話どう思う?戦うってやつ」


 コップに口を付けていたレイラは、一口水を飲むと困ったような顔をしてニーナを見た。


「困るわね。私達喧嘩もした事無いのよ」


「……嫌です」


 ニーナは心底嫌そうに顔を歪めて、俯いてしまった。そして両手でコップを持ってチビチビと水を飲み始めた。


「でもなぁ、あいつも戦わないと帰れないって言ってたし」


「本当か分からないでしょ」


「そうだけどさ」


 あの女も信じるか信じないかは自由、みたいな話はしていた。突拍子もない話が出て来たので、勇人は信じたくない方向だ。しかしながら、人間都合の良い考えを優先したくなるのも必然だ。そして現実的な問題も勇人たちの前に立ちはだかっている。


「金はどうする?どうやって稼ぐ気だ」


「……どこかで働くわ」


「俺達が?」


 勇人は自分の体に、レイラとニーナの体を指さし貧弱さを強調する。同年代より比べるまでも無く細い体躯、腕、脚。弱さの象徴がそこにはあった。


「俺達を雇うくらいなら、健康で若々しい奴を雇うのが雇い主の心情だろ。俺達じゃ無理だ」


「じゃあ……戦うしかないんですか」


 話の行く末を見守っていたニーナも流れを見て会話に混ざってきた。不安に満ちた目で勇人を見ていて、反応に困る。


「……俺達には選択肢が無いんだ。金は無い。40日分の金とは言われたが、宿代が含まれてないだろ。良いとこ2週間分くらいだ。その間にリハビリを完璧にして、他で雇われる?まず時間が少なすぎるし、リハビリの知識が無い。失敗したときのリスクが大きすぎる。……戦うしかない」


「そんな……」


 ニーナは追いかけられた時にの事を思い出し、自分の体をかき抱く。自分で奴と戦う所を想像し、まったく勝利のイメージを掴む事が出来なかった。


「ギルドね」


「そうなる」


 覚悟が出来た人からギルドを訪ねる。女の言葉に従えば、次の行動はそう示されている。ほったらかしのようで、一応の指針は置いて行かれていた。


「で、ギルドって何か知ってる?」


「重病患者にそういう事聞かれてもな……」


「うう、嫌だけど。二人がやる気だ……」


 暇そうになった女将さんを呼んで、色々有益な情報を得た。

 お礼を言ってお金を払い、一週間後またここで会う事を約束して、一人勇人は街の東方面へと向かった。



 ◇



「ここか……」


 周りの建物と比べてもかなり大きい物件が目の前にある。

 看板がついており、でかでかと『狩人ギルド』と書いてあった。


 女将さんが弓を使うのは狩人だと聞くと、勇人は他の候補をすべて捨てて狩人になると決めた。緑色の人物をあっという間に倒したあの弓技が忘れられなかった。これが理由になる。ギルドを脱退するのはかなり難しいらしいが、勇人は別に狩人から他の何かになる予定は無いので、別にかまわないと思っていた。

 ドアノブを回し中に入ると一人の女性が勇人を迎えた。紙は後ろで一つに縛っている。目線は鋭く歴戦を思わせる風貌をしている。持っている弓も素人目から見ても立派なもので、あの弓使いと遜色なさそうであった。


「加盟希望者?」


「は、はい」


 すると女性は掌を勇人の前に差し出し、


「お金」


 にっこりと笑ってそう言った。

 700ノール、つまり7シルバーを渡してしまい、勇人は先の食事の事もあり素寒貧になってしまった。

 ギルド加盟にはお金が必要になり、払えば狩人になるための知識と技能を与えてくれる。約一週間の行程でそれを修了し、晴れてギルド団員となる。


「じゃ、こっち来て」


 素直に付いて行くと大きな射撃場が目につき、これのせいで建物が大きかったのかと勇人は妙に納得していた。

 そこも通り過ぎ一つの個室に入ってみると、小さな黒板と机といす。ノートに鉛筆が一本転がっていた。


「それじゃ、一週間よろしくね」


「お、お願いします」


 教官の顔は狂気に満ちていた。


 ◇



 地獄であった。

 座学の時間が待ち遠しく、実習の時間は体力の続く限り矢を撃つというものだった。一日一日体力が付いて行くのは分かったが、それだけ長く射撃もしないといけないという事である。

 そして3日目を過ぎると短剣術の一つである『腹裂き』を徹底的に仕込まれた。もう振る振る。勇人の細腕では片手で持つのが精一杯の訓練用の剣をぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん。終われば座学に戻り、体力が戻ったと思われたら、ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん。それの繰り返しである。

 最終日には弓術の一つである『七節』を教えて貰った。七個の動作を行う事で、命中率が格段に上がる技だ。代わりに撃つまでの時間がかかるので、要練習との事。『七節』は基本にして奥義。狩人が狩人たる所以である。座学で洗脳の如く仕込まれ、『七節』を教えて貰う時は涙を流して喜んだ。


 そうして一週間。

 修了の祝いに中古の装備。弓・矢・短剣・皮鎧・手袋等々を貰い、一端の狩人として装備は整っている。

 狩人ギルドの前まで先生が勇人を見送り、旅立ちの時が来る。


「アッカーマン先生、ありがとう!」


「うむ、精進するが良い」


 勇人はアッカーマンに背を向けて定食屋さんに向かって走り出した。こんな所から一刻も早く逃げたかったのである。


 ふざけんな、誰がありがとうだ。死ぬかと思ったわ。二度と行きたくねぇ。……でも違う技を教えて貰うには行かないと。しかもずっとアッカーマン先生かよ……。終わりだ。終わった。

 勇人は1週間でややたくましくなった体を駆り、街の中を疾走する。たった1週間だったが、限界まで体を動かしていたので、勇人の体は目覚ましく成長していた。それでも平均以下なのは変わらないが。


 こうして勇人が戦う準備は整ったのである。

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