第2話 初戦闘
その場所は深い森の中。木々は高く密集していて、我先にと背を伸ばそうと葉っぱをたくさん生やしている。葉の多さのせいで光が遮られ、森の中は昼間でありながら薄暗く、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
事実、斎賀勇人以外には、近くに人はいなかった。
「……あ」
勇人は自分が横たわっている事に気付くが、そのまま地面に身を任せ全く動こうとしなかった。そこには何故か諦めと絶望の一歩手前のような感情があった事を否定する事は出来なかった。
うっそうと生い茂る森の中、彼は何分もその状態を保っていたが、ゆっくりを上体を起こして、辺りをキョロキョロ見渡した。
勇人の目は見開かれ、首を動かすのを辞めない。自分の掌を見つめ、顔を引っ張り、膝を叩き、太腿を撫で、胸元を叩く。
「ゴホッ!」
勇人は自分の胸を強く叩きすぎて、むせると言う常人が見せないような挙動を平然と示す。それでも勇人は自分の体をあちこち触り、地面を触り、植物に触り、匂いを嗅ぎ、舐め、しっかりと観察する。
そして彼の目から一筋の涙が流れた。
「……見える」
勇人は立ち上がろうとしたがすぎによろめいて、地面にへたり込んだ。足の力が入りにくくバランスを取る事が難しく、立ち上がる事が出来なかった。
「でも体は痛くない……!」
勇人はここでさっきまでの老人の言葉を思い出していた。
平等にチャンス。行動。
「これか……!」
勇人の胸中は感謝と歓喜で包まれていた。
これで老人の言葉はあながちウソと言えなくなり、もしかしたらベーチェット病の完治も可能なのかもしれないと思ったからだ。
現に勇人の体に異常は無くなり、目も見える。これが見えるという事なのかと感動でいっぱいになり、胸がはち切れんばかりに何かがこみ上げてくる。
患者服の袖で目元を拭うと気持ちを切り替える。未だ嬉しさで叫び出しそうだが、深い森の中でそれをやる気は無かった。
自分の意志で立ち上がろうとして失敗する。何事も成功をしなかった彼にしてみれば、成功こそ嘘っぱちの物だ。
勇人は何度も立ち上がろうとしては、倒れ込むという動作を1時間以上は続けていた。そしてようやく立ち上がるコツを覚えると、お尻についていた土を払い、ようやく現状を把握しようと行動をした。
「凄い、これが世界か……」
目の前に広がるのは薄暗いが、森の匂いに、鳥のさえずる鳴き声、たくさんの植物が広がっている。勇人は興奮して走り始めてしまったが、すぐに転んでしまい顔面を地面に打ってしまった。しばらく動く気配が無かったが、笑い声が聞こえるとムクリと起き上がり、胡坐をかいて座った。
「走れた。こけたけど」
すると鼻の穴からタラリと液体が出てきて、勇人はそれをじっくりと見つめた。
「これが鼻血か。これは赤ってやつだな。知ってるぜ」
満足そうに痛みの結晶を眺めると、ティッシュでも入ってないかとポケットをまさぐった。
するとすぐに異物感が手の先に伝わってきて、それを掴んだ。
「……何だこれ?」
ポケットには目的の物は無く、布の袋があった。紐で閉じられた中を見ると、金属でできた円盤状の物体が何枚かはいっていた。何か印字されているが、勇人にはその知識が無いので判断をする事が出来ない。
鼻血を止める手段が無いと困っていたが、勝手に止まってくれたので、勇人は再度歩き始めた。
目的地は無いが適当に歩くだけでも勇人の満足感はどんどん満たされていった。
自らの脚で踏み進めていくと言う、冒険感だろうか。まったく、勇人はこの感覚に新たな楽しみを見出していた。
布の中に入っていた金属を弄りながら歩いていく。金属は丸く、薄く、硬かった。指先で回転させながら、森をかき分けて進んでいく。手に伝わる植物の感触、体に引っ付いてくるのもある。何気ない一コマが勇人にとってすべて新鮮に映っていた。
すると視線の先、何m先かは分からないが森の中を横切って行った。あまりに遠くてゴマ粒のように小さかったが、鋭敏な感覚を得た勇人の目はそれを捉える事が出来た。
「え、なに、なに、何か居るの!?」
始めてみる動物の予感に、勇人は慌ててその影を追いかけて行くが、如何せん走り慣れないため勇人の移動速度は速いとは言えなかった。さらに、植物たちが勇人の足を取ってしまい、着の身着のままの勇人には走る事はおろか、普通に歩くのも難しかった。
やっとこさ、もう少しで例の影に追いつくころには勇人は後悔する事になった。
「ぎゃっ、ごぶ、やめ、……で、ぶあぁ、、……し、死ぬ」
「ゲヘゲヘゲヘ!!」
勇人より少し年下のような少年が、辺りと同じ植物色の人間にのしかかられていた。植物色の人間は手に勇人が持つ丸い金属と同じ色の何かで少年を刺している。
勇人はすぐにしゃがんで息を殺した。衣服が汚れるのも厭わず、そのまま寝転んで植物の陰に隠れこんだ。こちらからは見えないが、あちらも勇人を見る事は出来なくなった。
「あぶぇ、や、……ごぶ」
植物色の人間は高笑いしながらずっと少年を滅多刺しにしていく。勇人からは見えないが、それは幸運であっただろう。内臓が飛び出し、糞尿が漏れ出して、人間の尊厳がなくなる状態に少年はなっていた。植物色の人間はそんな事を痛痒にも思わず、ただ面白がるように執拗に少年を貫く。幾度も、幾度も。
(どういう事だよ!?あれって刃物だろ!?)
勇人は初めて見たが、植物色の人間が持っていたのは正真正銘刃物だ。もっと言うなら包丁なんてちゃちな物ではなく、剣。そこまで長くは無いがれっきとした武器であった。無骨なその武器は少年の腹を突き破り、臓器をぐちゃぐちゃに掻き回していた。
少年は最初こそ絶叫していたが、時間の経過とともに声が小さくなり何も聞こえなくなった。それでも植物色の人間は少年を凌辱するのを辞めない。遠くにいる勇人にすら聞こえるような音を出しながら、少年を串刺しにする。グチャグチャと肉をかき分け、血液と肉が混ざり合う音が勇人の耳にこびり付く。
何分もその状態が続いていたが、遂に植物色の人間は刃物を刺すのに飽きたようだった。植物色の人間は少年の足を引きずって、勇人のいる方向とは逆方向に進んでいった。ズルズルと血が地面に足跡をつけていく。全身がズタズタに切り裂かれた少年はどうなるのだろうか。勇人は目の前で起きたおぞましい光景をどうにか振りほどこうと頑張った
◇
勇人はその人間がその場を離れても全く動く事が出来なかった。そして、現状の認識を改めざるを得なくなったのであった。辺りにはムッとする血の臭いがたちこめ、勇人はその場から離れた。
「マジかよ……」
勇人は植物色の人間が言った方向とは逆方向へ進んでいった。この方向ならあいつと会わなくても済むと思い、この判断を下したのである。
しかし、勇人の頭の中は混乱の極みにあった。
「他にもいたら俺もあんな風に……」
勇人は太陽の位置を確認しながら少しずつさっきの場所から離れて行く。だが、進めども進めども景色が変わる事が無い。ずっと緑色と思われる植物が生い茂るだけの場所を歩くだけだった。
「―――!」
そうして太陽の位置がかなりずれたころになると、悲鳴が聞こえた。ガサガサと何かから逃げるような音が聞こえる。勇人の脳裏には先程の虐殺の光景が浮かんでいた。日本だったら即日ニュースで取り上げられ、全国の話題になること間違いなしの殺人事件だ。それがまたしても起きようとしている。
勇人は迷う。
助ける訳では無い。勇人では助けられるはずがない。病弱の体から復活しただけで、圧倒的に同年代を下回るその体躯。剣を持ち、筋骨隆々とまでは行かないが、筋肉がきっちりと付いていたあの人間。勝負はする前からついている。
しかしこのまま一人で進んでも勇人もあの少年のようになる確率が高い。
(ずる賢く。冷淡に。他人を利用する。いざという時の囮が必要だ。決して助ける訳じゃない。女の子の声だから助ける訳じゃない。簡単じゃないか。助ければその後は勇人のいう事を聞くしかない。命の恩人だ。絶対利用価値がある。何も無理に助ける必要は無い。無理だと思えば逃げればいい。そうだ。勇人はお人よしじゃない。使えるものは使う。そいつが使えるかもしれない。勇人より使えれば仲間にしてもらえば、勇人の生存率が上昇する。大切なのは現状を切り抜ける事だ。ならば、仲間が必要。……行くか)
お人好しではないと言いながらも大声を出した人物の安否が気になる勇人は、急いで音のする方向へと足を進めた。
◇
森の中を二人の少女が走っていた。2人は手を取り迫りくる緑色の殺人鬼から逃避行を続けている。
代わり映えのしない森の中をひたすら走り続けているが、二人の体力など後ろに居る人間に比べれば糞みたいなものである。それゆえに緑色の人間も慌てて追いかけるような真似はせず、二人の体力を削るように一定の距離を開けて追いかけ続けていた。知能溢れる作戦である。少なくとも野獣のような類ではない。少女たちはそう思っていた。
「お、お姉ちゃん。……げ、限界」
「頑張って、あと少しよ!」
少女の内姉であるレイラ・ブルィギンは、根拠のない希望を妹のニーナ・ブルィギンに与える。しかしニーナはその言葉に安心して、疲れた体に鞭打ち頑張って走り始めた。
それを見て安心したレイラではあったが、後ろから来る緑色の人物は追いかけてくるのを辞めないのを見て絶望感に満たされていた。ただの布の服しか持たず、手持ちは硬貨10枚だけ。これをあいつに投げつけた所で、一瞬の足止めしかできず、何の役にも立たないのは明白であった。
レイラとニーナはここに来るまでに、勇人と同様他の子供が緑色の人間に殺されるのを目撃していた。それを隠れてやり過ごし、移動する事数時間。まったく森を抜け出せず、まっすぐ進んでいるのかさえ疑う頃になって、後ろからこの人間が追いかけてきたのだった。周囲を警戒していたとはいえ、素人が数時間も警戒し続けるのは不可能だろう。まして少女である二人を責めることなど誰にもできない。
妹のニーナの手前レイラは疲れていないように振る舞っていたが、二人の体力は似通ったようなもので、レイラの体力も底が見え始めていた。太腿が重くなり、脹脛が悲鳴を上げ、横っ腹が痛い。肺は酸素を求め活発に動き、息が荒くなる。
2人の呼吸が同調し荒い呼吸音が静かな森の中で木霊する。いつまで走れば後ろに居る人間は諦めるのか。そんな事を考えてしまい、レイラは木の根っこに足を取られ激しく転倒してしまった。当然、手を握っていた妹のニーナも同様に地面に激突して地面に突っ伏してしまったのである。
「いった!」
「きゃ!」
突如体の重心が奪われ、空中に放り出されたレイラは現状を把握できなかった。なぜ自分は転んでしまったのか。そんな事を考えてしまい、後ろから迫る魔の手を忘れていた。
◇
勇人は音のする方向へ急いで進んでおり、遂にその目で少女たちを捉えた。
しかしながら二人はちょうど発見したと同時に地面に倒れ、緑色の人物はゆっくりと2人に迫っていた。その立ち振る舞いは完全に狩る側であり、余裕を持ったその行動は苛立ちを覚えるほどだった。
勇人は足元に落ちていた石を拾えるだけ拾って、静かに少女たちに回り込むように近づいていく。ここまでの行軍で衣服は汚れ、葉っぱがついてカモフラージュされている。ちょっとしたギリースーツの出来上がりだ。
「こっち来ないで!」
「ゲヘラゲヘラ!!」
緑色の人物は醜穢な声を上げ、腰布を剥ぎ取ると陰部をさらけ出しこの後少女たちがどうなるか一目瞭然になった。
(……犯す気か)
思った以上のチャンスである。
緑色の人物はさらに剣すら放り捨て、少女たちに近づいていく。
一人の少女がもう一人に抱き着いて微塵も離れようとせず、緑色の人物に抵抗できそうにない。
しかし勇人の目は地面に打ち捨てられた剣にくぎ付けになっていた。
(絶好のチャンス!本当だったら石で気を逸らすつもりだったが、あれがあれば関係ない。しかもあいつは女の子を犯すのに注意が散漫になっている。犯される瞬間に飛び出して、剣を回収。心臓若しくは首筋に剣を突き立てれば勝てる!)
少女たちは必至に緑色の人物から遠ざかろうと地面を移動していたが、遂に背中が大木へと密着してしまい、それより後ろに行けなくなってしまった。左右どちらかに行こうとした少女であったが、腕にまとわりつく少女のせいで移動がままならなくなっていた。
少女に目線を向けていたため、緑色の人物への注意が疎かになり少女は両腕を取られ地面に倒されてしまった。
目を緑色の人物の股間部に向ければ、怒張したモノが目に入り生理的な嫌悪感が全身を突き抜ける。
一人蚊帳の外に出された少女はどうすれば良いのか分からず、その光景をぼんやり眺めている所であった。
そして緑色の人物が片手で少女の両腕を拘束し、もう片方の手で少女のズボンを剥ぎ取った。
「きゃあぁあ!!」
「ゲヘヘヘヘヘ!」
少女の陰部が露わになり、緑色の人物が自分の一物をねじ込もうとした瞬間、勇人は走り出した。
「―――ッ!」
無言の気合を入れ絶対地面に足を取られないようにしながら走り出す。地面に落ちている剣を両手で拾い上げ鞘から抜いた。
(重ッ!!)
少し慌ててしまい緑色に人物がこちらに気付いたのではないかと冷や汗をかいたが、目の前の成熟前と言った少女の裸体に興奮して、まったく後ろを見ていない。
性交渉の時に後ろを気にする奴はいないのか。勇人は経験が無く判断に困ったが、チャンスである事にかわりはない。
剣を片手で持ち組み倒された少女や呆然とする少女に黙っていろとジェスチャーをすると、二人とも頷いて身を任せた。
「―――ラァッ!!」
走り出した勢いを利用し、そのまま剣を緑色の人物に突き刺した。
「―――ッ!??」
喉を潰された緑色の人物は声を出すことを禁じられ、声なき声で苦悶する。
突き刺した剣を引き抜くと大量の血が溢れ出し、地面に横たわる少女に降りかかった。真っ赤になる少女を無視して、勇人は二の太刀を繰り出す。
「喰らえ!!」
「―――!?」
勇人は背中のど真ん中よりやや左を突き刺し、運よく肋骨に邪魔されず背中から胸へと剣は突き抜けた。心臓こそ無傷であった緑色の人物だが、肺を貫通された事実は変わらず、呼吸できない。
首と左胸を穿たれた緑色の人物はそのままゆっくりと倒れ伏し、少女と重なってしまった。
「ニ、ニーナ助けて」
緑色の人物の下敷きとなった少女は、もう一人の少女に助けを求め、ニーナという少女はこれに応じた。
倒れている少女の下着とズボンを持って、ニーナは死体を嫌そうにどかすと少女に服を差し出し、勇人に向き直った。
「見ちゃダメ」
「そ、そうだな」
勇人はこれが女の子の体か、なんて能天気に考えていたが、よく考えなくても失礼にあたる事は勇人にもわかった。すぐに後ろを向いて何もない空間を見つめ続ける。
剣は血の付いたままだったが、自分の服でふく気にもなれず、その辺の植物に擦り付けておいた。ややあって汚れが無くなる頃に、後ろから振り向いても良いとのお達しがあった。
振り向いてよく見ると二人は似通った顔をしていた。というよりも完璧に同じようにすら見える。
違いを挙げるとするなら、倒れていたほうが目がキリッとしていて、呆然としていたほうは垂れ目くらいの違いである。
二人とも外国人のようであり、金髪碧眼の白人だった。髪はくせ毛のようでゆるくカールしている。
と、ここで疑問が一つ勇人に湧いた。
「日本語上手いな」
さっき少女は「見ちゃダメ」とはっきりとした発音で勇人に伝えてきた。日本生まれなのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「?お兄さん、ロシア語話せるの?」
「ん?日本語だけだけど……」
「え?でもロシア語話してるよ?」
「お前こそ日本語話してるぞ」
二人して首をかしげ、謎が謎を呼ぶ形になった。
すると完全に着替え終わった少女が口を開いた。まだ血で真っ赤になっているのは致し方ないだろう。
「二人ともそんな事は良いから、早くここから離れるわよ」
是非もなくその言葉に従った。
当然日本語で聞こえていたのだった。
◇
ひ弱な勇人では剣を長時間持つ事はできず、一緒にいるレイラとニーナで交代交代で運んでいた。日本男児として恥ずかしい限りだったが、ここで見栄を張っても仕方なかったので、勇人は二人に協力を要請した。
最初は嫌がっていたが、助けられた後ろめたさもあったのか一応は引き受けてくれた。
「レイラ・ブルィギンとニーナ・ブルィギンね。覚えた。覚えたはずだ」
パッと見二人は同一人物にしか見えないので、少し困る。
目元がきつく性格がはっきりしているほうが、レイラ・ブルィギン。姉。
目元がやわらかで垂れており、性格はおどおどしているほうが、ニーナ・ブルィギン。妹。
金髪碧眼、双子、身長140cmない程度、14歳。体重は秘密。髪型も肩まで届きそうなレベルの長さ。共にくせ毛であるため、目元で判断するしかない。
「レイラでいいわ、ユウト」
「わ、私もニーナでいいですよ」
「そ、じゃあレイラとニーナ、よろしく」
三人で周りを警戒しながら進んでいく。進む方向は勇人が当初目指していた方向に統一した。とは言うもののレイラとニーナも同じ方向を目指していたようで、意見の対立は起きなかった。
森はそこまで生い茂ってはいないが、適当な靴と病み上がりに等しい体調ではこの中を移動し続けるのは肉体的にも精神的にもつらい物があった。
疲れからもあり全員黙って歩いているとレイラが口を開いた。
「ユウト、さっきは助かったわ。ありがとう」
今更の礼ではあったが正面から言われるようなお礼など勇人の人生経験上あり得なかった。目も体も動かないとなれば、人の役に立つ事をするのはほぼ不可能と言わざるを得ない。性格のきつそうなレイラからの礼に面を食らって、勇人は顔が熱くなるのを感じていた。勇人はどう返答すればいいのか迷った末、
「あ、ああ」
という曖昧な返答しか返す事が出来なかった。
元はと言えば、助けた後囮にするという考えの元接触したのであり、誇らしげに褒められるというのははばかれる。後ろ暗い感情もあり、勇人は良い返答をする事が出来なかった。
勇人は誤魔化すように話題を変えて、ここに来る前の夢について聞いてみた。つまりは老人の事である。
「あぁ、あれ?不思議だったわね。話が終わったらこんな所に居たんですもの」
「……お、お姉ちゃんはなんでそんなに余裕そうなの?」
同じ顔をしながら対照的な二人だった。
「……本当に人格があるのか?」
「?よく意味が分からないわ」
「だからこれは俺の夢で、レイラとニーナは俺の想像だって事だよ」
「そういう考えもあるのね。……でも証明できないでしょ?私が本当に人格があるかなんて。違う?」
「……まぁな。そういうものだと思うしかないか」
それからも現状のすりあわせを行った。
しかし勇人とレイラ、ニーナにそこまでの齟齬は無く、情報の共有はあっという間に終わり、大した物にはならなかった。
「他に人は見なかったのか?」
「居たわよ。殺されてたけど」
レイラがそう言うと隣に居たニーナはビクッと体を震わせ、顔色が悪くなる。勇人こそ死体を見ていないが、レイラとニーナはそれを見た可能性がある。それを突く訳にはいかず、勇人は話を続けた。
「他にも人が居そうだな。あの部屋に居た分はこのに居るのか?」
「そ、そうかもしれませんね。私達だけと言うのは無いんじゃ……」
ニーナの方も勇人にだいぶ慣れ始め会話に混ざってきた。若干怯えているような気もするが、勇人は自分の顔を見た事が無いので、ニーナに確認するのが怖かった。
あとでこっそりとレイラにどうなのか聞いてみると思う勇人であった。
◇
あれからも大分歩き続け、日も傾き周囲も大分暗くなっていた。さっきまでは薄暗い程度で、少し神秘的な雰囲気すらあったが、今はただ薄気味悪いだけになっている。
ただし周りが暗くなったのは、悪い事だけでは無かった。
「……はぁ……明かりだ」
視線の先にほんのりと明るい光が目に入った。角度を変えると木々に阻まれすぐに見えなくなってしまったが、確実に人が居る証拠がそこにあった。
「……やっと?」
「……疲れたぁ~」
老人の言葉を信じるならば、レイラとニーナも重病患者であり簡単には運動できる環境では無かった筈だ。今は命の危機にさらされているからこそここまで来たのであって、普通に考えてこんなに動ける訳が無い。
勇人は明日は筋肉痛になる事を確信しつつ、順番でニーナから剣を受け取ると不意に後ろを向いた。
「……どうしたの?」
「……ユウトさん?」
勇人は二人の言葉を無視して、後ろを見続ける。
勇人には何かが植物をかすめる音が聞こえ、どうにも嫌な予感がしていた。そしてそれは当たっていたのである。
2体の緑色の人物が突如茂みから姿を現し、こちらに走り寄ってきている。
一も二もなく3人は走り始め、明かりまで一瞬でも早く行こうと全能力をかける。今を生きる為脳が脚の筋肉に普段以上の負荷をかける事を許し、元病人とは思えないほどの爆発的な速度で森を抜けようとする。しかしそこはただの病人基準であり、健康な緑色の人物の方がはるかに速い。
「「ゲギャギャギャギャ!!」」
悪魔の笑い声が背中に突き刺さり、幾ばくか筋肉が硬直するような感覚に陥ってしまう。それでもあの死の権化から離れようと必死に足を動かす。
植物や石で体を痛めつけても、今の3人にはまったく痛みを感じる暇も無く走る。脳内麻薬に等しい物質が体を強制的に動かし、痛覚を無効化していた。人間としての防衛本能に他ならない。それほど3人は劣勢に立たされていた。
(……戦っても勝てない。あそこまで逃げれば……!)
走り続ける事で何とか剣の侵略を避ける事に成功している3人は、ようやく森を抜け解放された視界を得られた。そして目の前には多くの人間。白い部屋に居た子供たちが大勢いた。
「あんなに……」
次に続く言葉は顔の横を通り過ぎる何かによって遮られた。
ビュンッと頬の隣ギリギリを通り過ぎた物体は、緑色の人物の眼空に激突すると、そのまま頭蓋を貫通した。勢いそのままに下半身だけ動いていた緑色の人物だが、次の命令が脳から送られず地面を踏み外すと盛大に地面に突っ込んだ。
「弓……!」
約50m先から動く動物に目に当てる技量。一撃必殺と呼んでも良い攻撃だった。
この攻撃によって後ろに居た一体が排除されたが、もう一匹は未だ追いかける事を辞めていなかった。目の前にこれだけの人間が居ながら全く怯んだ様子を見せていない。
早く殺してくれと3人は思っていただろうが、勇人が射線を塞いでおり弓手は撃つ事が出来なかった。
それを察知した勇人はその場で立ち止まり、緑色の人物と相対した。
後ろからはどよめきが起きており、それだけ無謀な事をしているのを全員が分かっていた。
(俺だってそんな事するつもりはないわ……!)
要は射線が通れば勝手に目の前の人間もどきは、激強の弓の使い手によって殺される。一瞬のすきがあればあとは勝手にやってくれると、勇人はどこか確信していた。
両手で持っていた剣を鞘を着けたまま握りしめ、タイミングを待つ。
あと10m。
走っていた緑色の人物は腰に下げていた剣を抜いて、肩に担いだ。上段からの振り下ろしと言うのは見え見えだが、勇人にそれを止める技量も筋力も無い。
そして1秒もしないうちに勇人は行動に出た。
右から鞘ごと剣を緑色の人物の顔目がけて、ゆっくりと放物線を描くように投げた。
自分の武器を捨てると言う愚かな選択は、緑色の人物に大きな動揺を与え、尚且つ視界が剣に埋め尽くされた。緑色の人物は勇人の投げた剣を払い捨て、勇人を斬り上げようと狙いを付けたが、すでに勇人はその場から大きく飛んでおり、遥か彼方まで逃げていた。
そして勇人の予想通り弓使いは緑色の人物に最後の一撃を額に叩き込み、緑色の人物を死へと追い込んだ。
勇人はそれを振り返った瞬間見ており、憧憬抱くのであった。
「……カッコいい」




