中2夏⑥
王寺役だけ居残りをして個別指導をすることになった。
生徒たちが散り散りにいなくなった教室で、私は椅子に座ってシナリオに目を落としていた。
気まずい。キスシーンなんて見た直後だからか、いつも以上に誠人を直視できない。
「さてと……」誠人が伸びをして、気まずい沈黙を破った。
「ミャコ、白雪やってよ。相手いないと いまいち熱が入らない」
「相手いても棒読みのくせして」
「分かってないな、相手によるんだよ。いいから早く、こっち来て!」
相手によるんだよ、って何よ。
渋々誠人の側に横になった。仕方がないので目を閉じると、「ああ、なんて美しい子なんだ」から始まる王寺のセリフが口にされる。
「全然心込もってない。はい、もう一回」
「心込めていいの?」
「当たり前でしょ。はい、どーぞ」
誠人はため息を吐いた。
「ああ……、なんて美しい子なんだ」
目を閉じていた私は、頬を撫でる誠人の指に驚いた。けれどセリフを中断しないよう、じっと耐える。
「青白いまでに白い肌! あどけなく歪んだ口元! まるで苦痛という快楽を享受しているかのような皺が寄った眉間! なんと険しくも儚い、美しい子なんだろう!」
目を閉じていても、心震える感動が伝わった。今回は棒読みではなかった。これなら合格を出せる。しかし、白雪相手にこんなに心を込めなくていいんじゃないだろうか。棒読みさえやめれば、ここまで本気を出さなくていい。そうアドバイスすべきかどうか迷っている間も、誠人はまだ私の頬を撫でている。まだ演技は終わっていないようだ。
誠人の指がそっと唇に触れる。
「好きだよ」
そう呟き、覆いかぶさる影を感じた。
——好きだよ、なんてセリフ、シナリオに無い。
慌てて誠人を押しのける。まったく、油断も隙もあったものじゃない。
「……痛いじゃないか、白雪」
「あんたが変なことしようとするからでしょ!」
「変なこと? 心外だな、キスは白雪を生き返らせるほど尊いものでしょ」
「それに、すっ、好きって言った! そんなセリフないわよ!」
「好きじゃないとキスしないと思う。アドリブだよ」
「白雪と王寺は初対面なのに好きとか変じゃない!?」
「関係ないんじゃないかな。好きになるのに、時間も、それから——、年の差も」
「…….」
「ねぇミャコ、もう、俺のこと避けないで。俺から逃げないで、ちゃんと向き合ってよ」
誠人は真剣だった。もう、はぐらかすのはやめよう。そう思った。
「わかった」
「本当!?」
「うん、誠人と向き合う。でも、実習が終わるまで待って。向き合った後で、他の生徒と同じ態度で接する自信ないもの」
そう言うと、誠人は少年らしい混じり気のない笑顔で「やった!」とガッツポーズをした。私が何を決意したかも知らずに。
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