中2夏④
「わかった、あの実習生が白雪姫やるなら、王子役やってもいいよ」
「えぇー?!」
教室内のブーイングに、はっと我に返った。いかんいかん、特別扱いみたいでちょっと嬉しかったから、余韻に浸っちゃったじゃないか。
実習生はあくまでも指導役だ。生徒たちの演劇に参加できるはずがない。
「こら。王子やりたくないからって変な言い掛かりつけない」
「え、いや、別に言い掛かりじゃないですけど……」
狼狽える誠人を、じっと見つめた。
「きみの王子姿、見たいです」
「……やります。いえ、ぜひやらせてください!」
誠人が顔を赤らめて意気込んだ。「手の平返しやがった!! 年上好きか‼」との声が聞こえたが、あえて聞こえないふりをする。
「学級委員さん、王子役が決まったので、次も進めちゃってください」
「あっ、はい! では次に主役の白雪姫ですが、やりたい人はいますかーー?」
あの日、他のクラスよりも早くホームルームが終わったのは誠人のお陰だろう。彼が王子役を引き受けてくれてから、とんとん拍子に配役が決まった。
その後、クラスのみんなは部活動へ、そして私は日誌を書きに資料室へと向かった。
誰もいない資料室はむっと熱気が籠っていたため、すぐに窓を開けて空気を入れ替えた。涼しい風が頬をくすぐる。一つに纏めていた髪の毛を解くと、風で靡いて快かった。
暫くするとドアを開閉する音がしたので振り向いて見ると、大きなスポーツバッグを肩に掛けた誠人がいた。
「ーーどうしたの?」
「うん……、久しぶりに会ったから。部活行く前に来てみた」
あんまり嬉しそうに笑うから、チクリと胸が痛んだ。誠人は私が彼を避けていたことに気づいているのだろうか。ーーおそらく、感のいい彼のことだから気づいているのだろう。
「王子役おめでとう」そう言うと、誠人は顔を背けて「別に嬉しくない」と拗ねた。
「ミャコが白雪姫ならいいのに」
「いやー、この年で姫はないでしょー。どっちかっていうと継母じゃない? 大体、王子よりデカい姫ってどうなの」
そう言うと、誠人は鞄を投げ置いて近づいてきた。怒った顔をして睨んでくる。
「な、なに?」
「俺、身長伸びたよ! ミャコが俺から逃げ回って見てない間に!」
「それでも私より低いじゃん」
「ミャコがデカすぎなんだよ! 巨人!」
「あぁん?」
「またすぐ般若になるし。まじ色気ない……」
「失恋な! 色気出す相手を選んでるだけですー!」
「俺に色気出さなくて誰に出すんだよ!?」
言葉を失ってしまった。顔を背けて窓の外を眺め、「ああ良い風ねー」なんて呟いたら、誠人が真面目な顔をして手を繋いできた。
「あの、誰かに見られたら困るんですけど」
「……誰に色気出すんだよ?」
どうやら答えなければ離さない気らしい。
そろそろ誰か来るかもしれないし、早くしないと本気でマズい。でもなんと言えばいいんだろう。口を開くと顔から火が出そうだ。
「……せ……」
「せ?」
期待の籠った眼差しが辛い。中学生に色気なんて出したら性犯罪じゃないだろうか。
「……成人した誠人さんにです」
「……俺なら良し」
少し不満そうだったけれど、なんとか手は離してもらえた。