中1春②
入学式をそつ無くこなし、クラスメイトと教師には愛想良く振舞っておいてから、急いで家に帰った。聞いていた通り、父さんは慌ただしく会社へと向かった。
ベッドに制服を脱ぎ捨ててから携帯電話を確認すると、ミャコから「もうすぐ着くよ」とメールが来ていた。
慌てて着替えて部屋を出て、ドアの角に足の小指をぶつけるという災難に遭いながらも堪えて洗面所に向かった。
歯磨きはっ、歯磨きだけは絶対にしておかなければ……っ!
中学生になった今日、しなければならないミションーー。それはミャコとの初キスだ。ずっと待っていた今日という日になり、もう俺の脳内にはキスのシミュレーション映像しか映らない。
そうこうしていると、家のチャイムが鳴った。心臓が跳ね上がる。うがいをし、深呼吸してから玄関を開けた。
「入学おめでとう、誠人!」
玄関を開けると、ミャコが満面の笑みでそう言った。少し照れ臭くて「うん」とそっけない返事をした。
勝手知ったるミャコは「お邪魔ー」と言いながら二階にある俺の部屋へと向かっていった。
ミャコが見えなくなったのを確認し、再び深呼吸をした。よし、紅茶でも淹れよう。
***
「ーーこれ、中学の制服でしょ? 着てみせてよ!」
部屋に入ると制服を掲げるミャコに出会った。しまった、片付けるの忘れてた。
キラキラと期待を込めた眼差しを向けられるので弱った。
「そんな眼で見ても着ないよ」
「いいじゃんいいじゃん、着ちゃいなよー!」
***
「少し、大きすぎるんじゃない?」
「……だから嫌だったんだ」
「あー、でも、本当に中学生になったのね。今実感した!」
さっすがミャコさん。気分を持ち上げようと気遣いができるなんて大人だ。それに比べて俺は、拗ねている。はいはい、どーせ子どもですよ。
「……そうだよ。もう小学生じゃないんだ」
「そうね、改めて、中学入学おめでとう、誠人!」
「……」
「えっと、入学祝いだけど……」
ここだ、ここで言うんだ、「俺が欲しいのはミャコの唇だよ」うっわ、寒い。変な汗かいてきた。
「じゃーん! ケーキ焼いてきたー!」
ミャコはそう言って荷物からケーキ箱を取り出した。絶句している俺に気づき、「なによ、私の手作りケーキが食べたくないっての?」と口を尖らす。
「ううん、食べたいけど……」
そのまま食べる流れになった。ミャコがにこにこして見てくるから、「美味しいよ」と感想を述べる。
しかしーー。困った。入学祝いはキスをもらうはずだったのに。そりゃミャコが作ったケーキを食べられるのは嬉しいけど、俺としてはミャコの唇を頂きたいわけで。悶々。
「誠人、顔赤いけど、もしかして体調悪い?」
「え?」
ミャコが俺の熱を測ろうと手を伸ばしてきたが、ふと躊躇って手に付いていたクリームを舐めた。彼女は不器用だから、ケーキを切り分けるときに付けたのだろう。だから彼女は、手の甲で額の髪をよけると、俺に向かって顔を近づけてきた。
額と額が重なる。こんなに近くに、ミャコの顔がある。俺は顔から火が出そうなほどに動揺する。ミャコの長い睫毛が上を向き、眼と眼が合う。ミャコは心配そうに、そのふっくらとした唇を開く。
「誠人、熱あるよ」
誠人くんの脳内シミュレーションがどんなのか、野暮三にも計り知れません。
歯磨きにこだわるし……
もしや、いきなりディープ狙いか……?
このあと、誠人くん奮闘します。