中2夏⑧
土曜日の演劇発表会は大成功を収めた。生徒たちにお菓子とメッセージカードを差し入れた私は、知り合いに会わないよう、学校から距離のあるカフェで時間を潰した。
誠人からは「会いたい」とメールが来ていた。今頃、「実習が終わったらちゃんと向き合う」という私の言葉を期待して待っているのだろう。
***
「別れたい」
誠人を突き放すように、冷たく言い放った。
「——なに言ってるの」
「好きな人ができたの」
「嘘だ」
「本当よ」ため息を吐く。「駄々こねないで。これだから子供は嫌なのよ」
心にもない言葉に罪悪感が募る。
誠人は私の目を見透かすように、澄んだ目でじっと見つめた。
「小六のとき、ミャコの大学の先生がうちに来たことあったよね」
「……」
「生徒に深入りするな、って言われたんだ。そのとき、ミャコが言ったこと覚えてる?
『どうしていけないんですか? 誠人君とはとても気が合うんです。いくら年が離れていようと、気の合う人ができるのはいいことじゃないですか。先生みたいな、あんたみたいな人がいるから、他人との関わりを避ける風潮ができたんじゃない? 今の日本に孤独死が増えてるのはあんたみたいな人の教育のせいよ!』って」
「よく覚えてるのね」
「記憶力には自信があるんだ。それに、一言一句忘れられないよ。面白かったからね」
「必死だったんだけど……。面白がられてたわけね」
「かわいいなーって。思ってたよ」
「っ年上からかわないで!」
「年齢は関係なく可愛いと思うよ」誠人はくすりと笑う。
「要するにさ、ミャコは真面目だから、年下と付き合うことに負い目を感じてるだけだろ。あのときの言葉を思い出してよ。年齢なんて関係ないって、ミャコが言ったんだよ」
「……だから、他に好きな人ができたの」
「苦しい言い訳だね。俺、そんな理由じゃ納得いかない」
誠人は別れることに納得せず、その後も何度も電話やメールをしてきた。私は彼との一切の連絡を遮断した。
そうしてちゃんとした別れができないまま月日は過ぎ、私は大学を卒業し就職、誠人が中学三年生になったある日、街中で偶然再会した。
そのとき、私の隣には三宅がいた。私たちを見て立ち尽くす誠人に当て付けるように、私は三宅と手を繋いだ。
「美耶子ちゃん!?」
「ごめん、静かに。ストーカーがいるの。彼氏のフリして」
そう言うと、三宅は私の肩を抱き寄せた。瞬間、私の中の大切な何かに、ピシリとヒビが入った気がした。
「……ごめん、もう行ったみたい」
そう言うと三宅はすぐに離れた。
「奈美遅いね……」
誠人が行ってしまった。
もう、本当に私たちは終わってしまった。
怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。憎んでくれればいい、私のことを忘れられないくらいに。
なんて我儘な自分。誠人を傷つけておきながら、その傷が癒えるのを恐れている自分がいる。
「お待たせ〜! ……って、ちょっとどうしたの美耶子! なに泣かしてるのよ、三宅のバカ!」
「えっ俺のせいかよ!」
「あんた以外誰がいるのよ!」
言い合う二人を見ていたら涙と嗚咽が止まらなくなり、まるで子どものように思い切り泣いた。
中学生編はこれにて終了です!
引き続き高校生編をよろしくお願いします^_^