旅の道行
生まれた街アルカを出て数日。私はブリスコラの蕾を守って、王都を目指していた。
さすがに色んなことが有り過ぎてこの街道沿いの宿屋に来た時に私は何年ぶりに高熱で寝込んだ。三人は、さすがに無理やり高熱の私を連れ回すわけにもいかず、この宿に足止めされている。
そんな時、同じ方向から来た旅人がユーラーティの聖域で山火事があったという噂を運んで来た。
大規模な火災になったとの事で原因は不明なのだという。
神殿では、現在原因を究明中で不法に侵入したものが火を放ったのであれば
極刑にすることを表明しているのだそうだ。
隠し部屋で捕らえられていた父の親友のクラルおじさんの変わり果てた姿を目の当たりにし今でも胸が締め付けられるようだ。
クラルおじさんが死ぬ間際、父が生きていると言い残した。
亡骸すら帰ってこなかった父。
今思えば不思議だった。亡骸を罪人としてさらされることも無かった。
ただ、ユーラーティの神官が来て処刑したと告げただけだった。
母を亡くし、大罪を犯した者の家族としてめまぐるしく環境が変わり、
生きる事に必死だったから、そこまで冷静に考える余裕が無かった。
父が生きている……、もしそうなら逢いたい。お母さんは亡くなってしまった事を
伝えなくてはいけないし、もし、クラルおじさんのように酷い目に遭っているのなら
なんとしても救い出さなければ。
思いがけない朗報に、信じられない思いと、信じたいという願いが
複雑に絡み合っている。
ようやくベッドから起きられるようになった私は、隣の客室にいる三人にいつでも出発できると伝えに行くことにした。
母は救えなかったけど、8歳の女の子が病と戦っているのならば急がなくては。
私のせいで足止めされた分取り返さなければならない。
彼らの部屋をノックしようとすると、話し合ってる声が聞こえる。
ノックして邪魔していいものか少し様子を見ることにした。
「証拠隠滅に必死ですね。かなりの大物が複数絡んでいるかもしれません」
ファザーンは、のんびりと呟いた。
「山火事であの隠し部屋を燃やしちまったのか……
探せばまだまだなんか有りそうそうだったのに」
ケルドは少し残念そうにつぶやく。
「とにかく王都まであと少しだ。
ドゥーラが回復したら、クアンダーの屋敷に行かないと」
ガルディアは焦りをにじませながらふたりに話す。
今が頃合だろうか。そっとノックしてみる。
「あの……ドゥーラです。開けてもいいですか?」
その声に中からどうぞ、というファザーンのゆったりとした返事と、がたん、
と椅子の倒れる音がして、ドアが勢いよく開いた。
何か壁のようなものが立ちはだかって中が見えにくかったが、
その壁のように見えたのはガルディアだった。
「ドゥーラ、大丈夫なのか?無理するなよ!立っていないで座れ」
そう言って、倒れていた椅子を起こし私に勧めてくれる。
その様子をファザーンは微笑ましく見つめ、ケルドは
窓辺に座ってニヤニヤと見つめている。
「な!なんだよ、ドゥーラは病み上がりなんだ!心配したっていいじゃないか!!!」
ふたりの冷やかす様子に慌ててガルディアは怒鳴るようにまくし立てる。なぜか顔が赤い。
「我々は何も言ってませんよ?ガルディア」
悠然と微笑むファザーンはかなりの美丈夫なのでこの笑顔を女性が見たら
失神者続出するほど破壊力がある。この顔に見慣れた私でも少しドキッとしたし。
ガルディアはガルディアで線の細いファザーンとは対照的に筋肉質の均整のとれた体躯に日焼けした肌は男の色気というものが全開している。
ケルドもこのふたりに挟まれているというのにまた違う魅力がある。
南国の生まれというのでとても明るくいたずらっぽい笑顔が
年配の方々から支持を得ている。しかも会話も軽快で、誰もが思わず笑顔になるという技も持っている。
なんか、追い立てられるように数日過ごしたせいで、ようやく一息ついて周りを見渡してみればゆく先々の女性の不興を買うほどに、結構役得な状況になっていた。
「皆さんの足を止めてしまいましたが私、大丈夫ですので王都に向かいましょう」
心配そうに眉を寄せるガルディアだが、もともとの目的は王都にいる8歳の病人に
薬草を届けるということだったのだし、何も言えないでいる。
「ありがとう、ドゥーラ。明日の朝には出発して薬草を届けましょう。そのあとあなたを
ヘルシャフトの王都の別邸にお送りしますから」
その日は準備に当てられて、明日の朝宿を引き払い王都へ出発することになった。
そして、朝。
出発の支度を整えて朝食を食べている時に宿の表が妙に慌ただしくなった。
宿の女将さんが表に様子を見に行くと、誰かと少し話をして慌てて私たちのテーブルまで
やってきた。
「迎えに馬車が来ていますよ!!あの……お嬢様、お忍びの旅だったんですか?」
やや興奮したように私を見る女将さん。病気のお世話をしてくれている時は普通の
世話好きのおばさんだったのに、今はなぜか期待の眼差しで私を見つめている。
「え?」
混乱して状況についていけない私に変わり、ファザーンが女将さんに質問をして状況を
確認した。どうやら表の騒ぎは、馬車を横付けされた為で、馬車はここいらには珍しく
黒塗りの上質なものらしい。宿の前に馬車を横付けされたのは初めての事らしく、野次馬が
集まってきつつあるようだ。で、その御者が私を迎えに来たと女将に告げたのだ。
ケルドがすぐに立ち上がり、表に様子を見に行く。
笑顔を浮かべつつも何かを思案しているファザーンと、周囲を警戒しているガルディア。
頬を染めて、私を見つめる女将さん。そして、何が何だか分からない私。
その均衡を破ったのは表に様子を見に行っていたケルドだった。
「ドゥーラお嬢様、王都の屋敷から迎えの馬車ですよ」
うやうやしく、片膝をついてケルドは芝居がかった様子で一枚のカードを差し出した。
そのカードには、ただ一言、メッセージが添えられていた。
『あなたに会える日を待ち望んでおりました クラーヴィオ・ヘルシャフト』