応接間の客人
街の長ヘルシャフトの屋敷は、重厚な雰囲気を醸し出している。
肥沃な土地が生み出す恵みを、彼が別の街へと商談をまとめていく。
代々、肥沃な土地を巡って小競り合いが絶えなかったのを
彼の見事な手腕で収めていった。故に彼は街の人々から
支持を集めている。
いつもなら彼の執務室に通されるのだが、今日は応接間に通された。
頑丈でいて厚みのあるドアが開き、室内に一歩踏み出すと思わず絨毯に足を取られる。
こんだけ毛足が長いってすごいお値段なんだろうなぁ。
見渡せば、調度品も上質なものばかり。この応接間は特別な客人しか入れないと
噂で聞いたことがあったが、目の前のソファに座る3人の男は少し薄汚れていて
長旅をしてきた印象を受けた。3人のまとめ役なのだろうか、銀髪の美丈夫な男と
ヘルシャフトも交渉を進めているようだ。
「ドゥーラ、待っていたよ。早速で悪いが仕事を頼みたい」
ヘルシャフトは、いつにも増して食えない笑みで声をかけてきた。
「今日は、どんな依頼ですか?」
ヘルシャフトの言葉に、客人が3人とも振り返る。興味津々とした視線が痛い。
「この方々と薬草を取りに行ってもらいたい。」
私の仕事は薬草を扱っているので、森や近隣の山や谷から
採取することもある。ただ、私だけがそれをやっているわけでもなく、
もっと年長で経験のある人間は街にはたくさんいるんだけども、なぜ私に?
「新鮮なブリスコラをお探しなのだそうだ」
私が不審がっていることを察して、薬草の名前を告げた。
ブリスコラというのは、確かにこの近くに多く群生していることがある
薬草で、花びらから根に至るまで、捨てるところがないほどに様々な
薬効を持った貴重な薬草だ。
ただし、花の頃はとおに終わってしまっている。
もうこれだけ暖かくなれば、どこにも咲いてはいないだろう。
「もう時期は外れてますよ。来年まで待ってもらうしかないのでは?」
そう、私の言葉に注目していた客人3人の疲労の色が濃くなったように見えた。
その様子を見て、ヘルシャフトはかすかに口の端を上げたように見える。
「君なら知ってると思ったんだがね、狂い咲きしているブリスコラの場所を」
静かに、じっと見つめていたヘルシャフトは淡々と言った。
狂い咲きしていそうな場所はわかる。私自身はもう2度と足を向けたくないと思う
領域にあった。あの場所は、確かに熟練とかどうとかの問題じゃない。
だからこその私への依頼か。
何も言わない私にヘルシャフトは、続けた。
「無事に依頼を達成出来た場合のお礼なんだが」
ヘルシャフトの甘美な囁きに思わず耳がぴくりと動く。
「王都に勉強に行きたくないかい? なに費用は気にしなくていい」
王都は文化、芸術、知識、物、人あらゆるものが揃う夢のような場所だ。
王都には、憧れの王立植物園があり、その中の薬草園に勉強に行きたいと
常々思っていた。でも、滞在する為の費用は今の私では捻出できないし
王立なのでただ門を叩けばいいわけではない。それ相応の人物の
紹介状が必要になってくる。
王国の薬箱と名高いアルカの街の長の紹介状なら天下無敵ではないか。
ここまでのいい条件を出して来るってことは、かなり切羽詰まってる状態の
病人がいる事と、その相手がかなりの資産家なんだろう。
今後の付き合いも計算の上での依頼ということになる。
狂い咲きしていそうな条件の場所は私にとっては二度と行きたくない場所
だとしても、心がぐらんぐらん揺れている。
「お願いします。薬草を必要としているのはまだ8つの女の子なんですよ」
ヘルシャフトとのやり取りを見守っていた銀髪の美丈夫は静かに言葉を紡ぐ。
8つの少女が必要としているのか……。
「分かりました。ご案内します」
私は思わず口にしていた。