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空想科学的社会意義小説 魔法同志コミュっ娘コミュン  作者: 境康隆
一、フランソワ・ノエル・バブーフ
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一、フランソワ・ノエル・バブーフ9

 アニーが廊下の向こうに、いじめの相手をふわりと突き放した。

「まだやる気?」

 怪我をさせないように手加減して相手を解放したアニー。言葉だけはきつく、こちらも突き放すようにそう言った。次は手加減しない。言外にそうとでも言いたげな厳しい口調だ。

「優等生気取りやがって!」

「覚えてやがれ!」

 男子生徒は口々に吐き捨てると、他の仲間と廊下の向こうに消えていく。

 リッキーがそれでも怯えるように身を屈めて、慌ててノエル達の下に走ってきた。

「はん! いつでも相手になるわよ! クラスの平穏は私が守るわ! リッキー大丈夫?」

 ノエルが呼びかけると、リッキーははにかむように黙って何度も頷いた。

「いつでも言いなさいよ。私がとっちめてやるんだから」

「まるで護民官――グラキュース気取りね、ノエル」

 アニーは意気揚々と胸を張るノエルに、呆れたようにそう言う。グラキュース――それは古代『古の共和国』で、市民の為に戦い死んでいった兄弟官吏の名前だ。

「そうよ、私はさしずめグラキュースね。グラキュース・バブーフよ。そう呼んでくれていいわ」

「そう、グラキュース兄弟気取りもいいけれど、あまりやり過ぎないことね」

 アニーはそうとだけ言うと、何事もなかったかのように人垣をかき分け去っていく。

「……」

 リッキーが礼を言う暇もなかった。アニーは皆の視線を背中に受けて、悠々と歩いていく。

「何よ、あのブルジョワ? お高く止まっちゃって」

「アニーはいい奴だって。ブルジョワなのに、庶民の学校にわざわざ通ってんだぜ」

 風花が慌ててノエルの横にやってくる。その隣でリッキーが、やはり無言で何度も頷いた。

「はぁ? ただの嫌みじゃない。何の為にそんなことすんのよ?」

「そう突っかかんなよ。アニーの奴、あの上品さだろ? 下々の暮らしを知る為に、あえて田舎の学校を選んだ貴族様――そんな噂すらあるぜ、アニーには」

「貴族がこんな町外れの学校に、くる訳ないじゃない。ちょっと美人で、成績がいいからって、皆持ち上げ過ぎなのよ。夢見過ぎなのよ」

「でもアニーの奴、ノエルより頭いいもんな。ビックリだよ」

 風花が心底感心したように言い、リッキーがこれまたやはり黙って何度も頷いた。

「なーっ! 私別に負けてないわよ!」

「この間の試験では、アニーが一番で、ノエルが二番だったじゃないか」

「たまたまよ! たまたま! いつも私が二番じゃないわ! 私が一番の時だってあるもの!」

「それにしてもノエルとはいつも、一番を半々で分け合ってるよな。やっぱアニーも頭いいわ」

「キーッ! 腹立つ! あいつ大嫌い! べぇっだ!」

 ノエルはもはや見えなくなったアニーの背中に、思い切り舌を出して見送った。



 昼前。ポチョムは畑仕事に精を出していた。仕事に集中すればする程、ポチョムとマリーは無口になっていく。

 ポチョムは口数が減る度に更に集中し、その中でどうしてもノエルの魔力のことを考えてしまっていた。

「マリー殿。ノエル殿は――」

 何故それほどの魔力を? とポチョムが思い切って訊こうとしたその時、マリーが口元に人差し指を持っていった。静かに。そう無言で促している。

「あの娘の父親――クロードは『華の共和国』の出でしてね……」

「華の共和国というと…… 市民革命があったあの……」

 市民革命の話はここ、冬の帝国では御法度だ。華の共和国の革命を、この冬の帝国でも再現すべしという意見を、政府は恐れ弾圧している。

 ポチョム自身も反乱には立ち上がったが、市民すら犠牲にしてよいと考える過激な革命論者には、正直言って眉をひそめている。そう、革命論者が過激になる分、政府の弾圧も過剰になる。マリーが声を潜めたのは命の為だ。

「そうです…… 色々な国を転々と渡り歩いたらしくって…… マリア・テレなんとかいうお姫様にも、仕えたことがあるらしいですよ…… 少佐にまでなったとか、言ってました……」

「マリア・テレ…… もしや音の帝国では? 少佐とは…… 凄いですぞ」

「そうなんですか? 私はあまり詳しくないんですけど…… ヨーゼフ何世だかは、自分が育てた――とか、よくホラは吹いてましたけどね。あの子の名前も、華の共和国の隠れた英雄の名前からとったそうですよ。独裁がどうの、コミュンがどうのと言い出した人の名前ですわ。でも男の人の名前なんですよ。何もそのままとることもないでしょうにね」

「やはり男の人の名前でしたか。ですが、コミュンとは何ですかな?」

「さぁ? 私にはさっぱりです。ノエルは街の図書館で、色々調べたみたいですけど。コミュニケーションがどうとか、いろいろ言ってましたけど。私には難しくって……」

「そうですか。ではノエル殿の魔力の強さは、そのお父上――」

 譲りと言いかけた時、当の本人が帰ってきた。

「たっ! だいっ! まーっ!」

「グォッ!」

 当の本人の足の裏が、ポチョムの脇腹を襲った。

「ガハ……」

 ポチョムが声にならない声を上げる。不意打ちな上に、脇腹にもろに入った。どうにもノエルはこの蹴り方が好きらしい。

「これ! ノエル!」

 マリーが思わず声を上げる。よりにもよってあんな一番弱そうな所を、全く無警戒な時に、全体重を込めた飛び蹴りとは。育て方を間違ったかと、思わず天を仰ぎたくなってしまう。

「働いとるかね! ポチョムくん!」

「み…… 見ての通り…… ですな……」

「ポ、ポチョムさん…… 大丈夫ですか?」

「どれどれ…… 凄い! これ全部二人で耕したの? いつもなら三日はかかるよ!」

「喜んでもらえて…… 何より、ですな――グフッ!」

 ポチョムはそれだけ言うと、痛みに耐えかねて四肢を屈した。

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