一、フランソワ・ノエル・バブーフ7
大きく可憐な瞳を輝かせ、一人の少女が人垣をかき分けて現れた。
豪奢な金髪をたたえたその少女は、ノエルから周囲の注目を根こそぎ奪い取る。
凛とした声音によく似合う、これまた凛とした立ち姿の少女だ。
簡素だが上品な生地の服を身にまとい、一目でブルジョワ階級の娘だと分かる。
よく櫛が通っていると思しきまぶしいぐらいの金髪が、ふんわりと膨らむように肩から腰にかけて流れていた。そして何より自信に満ち溢れた、輝くような笑みを浮かべている。
肌は白い。肌理が細かい。そして言うなれば、生活に汚れていない。
意思の強さを表すかのように固く結ばれた唇は、吸い込まれそうな赤を皆に見せつける。
「ブルジョワ……」
ノエルはその姿に思わず呟く。何かとやり合っている、隣のクラスの生徒だったからだ。
「てめぇは…… アナスタシア……」
「あら、アニーって呼んでよ。クラスメートでしょ」
苦々しげに呟く男子生徒に、アニーと名乗った女子生徒は澄まして応える。
「うるせぇ! ブルジョワ階級が、俺らの学校でデカイ顔すんな!」
「上品な服着やがって! 嫌みなんだよ! のされたいか? あぁん!」
「そうよ! デカイ顔しないでよ! 引っ込んでなさいよ!」
「ノエル! お前までいじめの仲間みたいだぞ!」
風花はハラハラしながら、ノエルとアニーを交互に見る。
「ノエル? あら、ノエルじゃない? いたの?」
「いたわよ! むしろ先約よ! てか、今気づいたのね! 腹立つわ、あんたはいつもいつも!」
「あらそう。でもそのいじめてる男子は、私のクラスの生徒なの。邪魔しないでくれる?」
「いじめられてる男の子は、私のクラスの生徒よ。ブルジョワさんこそ、引っ込んでなさいよ」
「私はブルジョワさんじゃないわ。アニーよ」
「あらそうだった? 心証が薄いから、いちいち覚えてられないわ。ご免あそばせ。おほほ」
「ええそうよ。言われる度に、そう言っているわ。記憶力のない娘ね、ノエルは。うふふ」
ノエルとアニーは、周囲の目を釘づけにしながら笑みを向け合う。いじめの相手すら忘れてしまったかのように、不敵にわざとらしい合わせ鏡のような笑みだ。
「おいおいどうでもいいけどよ! 俺らの相手は、どっちがしてくれんだ? ああん!」
「そうだ。呼びかけておいて、ガン無視とはいい度胸じゃん」
リッキーを放り出すように突き飛ばすと、一際体格のいい男子が二人、ノエルとアニーの前に進み出てきた。苛立たしげに目を細め、自分達の楽しみを邪魔した女子二人を睨みつける。
「調子に乗んなよ! ブルジョワ!」
そう叫んで掴みかかってくる一方の男子を、アニーは力ではなく技で迎え撃つ。
軽やかに身を翻して横に避けると、同時に相手の手首を掴んでいた。相手の手首の親指のつけ根辺りに、自分の親指を当てると、アニーはそのまま何げない風に捻り上げた。
「アニーよ。何度も言わせないで」
「イテテテッ!」
痛点を極められたその男子は、痛みから逃れようと身を捩る。
だがそれはアニーの思惑通りだった。気がつけば男子は、腕を取られたままアニーに背中に回られている。もう一度アニーが軽く力を入れると、男子は肘を曲げられ後ろ手に手を取られていった。
「やるじゃない……」
その鮮やかな手並みにノエルが思わず呟くと、その声が聞こえたのか、
「ふふん」
アニーが自慢げに鼻を鳴らした。
「余所見してんじゃねぇよ! フランソワーズちゃんよ!」
「フランソワよ!」
殴りかかってきたもう一方の男子を、ノエルは魔力で迎え撃つ。
ノエルが左手を軽く振り上げた。左手は魔術を使う上での利き腕だ。
実に軽やかにふるわれたその左手の魔力で、その男子は力強く足を払われた。
「――ッ!」
男子は声も出せずに空中で半回転する。見えたのは天井だ。
ノエルが挙げていた左手を振り下ろした。男子は今度は上から魔力で叩きつけられた。
床に背中から激突する――
誰もがそう思った瞬間、ノエルは更に左手をふるう。
「ひ……」
男子は床に叩きつけられる寸前で、やはり魔力のクッションにその身を支えられた。しばし間を置いてその力が消え、男子はぽとりと床に落ちた。
「一丁上がりね」
ノエルが上機嫌で振り向くと、アニーが目を白黒させていた。
「やり過ぎじゃない?」
茫然自失で床に転がる男子に目をやりながら、アニーが呆れたように言う。
「ふふん!」
ノエルは先程のアニーに対抗したのか、殊更強く鼻を鳴らした。