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四、二月革命15

「コミュン! 覚悟!」

 魔法皇帝の裂帛の気合い。今までとは数段違う、その気迫。その覚悟。その一撃――

「――ッ!」

 コミュンの体が悲鳴を上げ、僅かに体勢を崩した時に放たれたサーベルの一閃だった。

「終わりよ! コミュン!」

 コミュンの右肩目指して振り下ろした渾身の一撃。

 これで終わり。魔法皇帝はそう確信する。

 だがコミュンの鎌が、辛うじてそのサーベルを受け止める。

「く……」

 しかしコミュンは反応が遅れた。コミュンの左手の鎌はかろうじてサーベルを受け止めたが、そのまま押し返すには角度が甘過ぎた。力を入れることができない。

 このままでは、魔法皇帝に押し切られる。コミュンは本能でそのことを悟る。

「この……」

 コミュンは歯を食いしばる。湾曲した鎌の刃が、真っ直ぐなサーベルを受け止めている。だがやはり少し遅かった。相手の力を押し返すには、コミュンの左手の角度は浅過ぎた。

「この程度なの! コミュン!」

「がっ……」

 魔法皇帝のサーベルが、コミュンの肩に押し迫ってくる。このまま振り抜けば、コミュンの右肩を切り裂くだろう。

「……」

 魔法皇帝は一度目をつむった。一瞬だけサーベルの動きが止まる。

「ぐ……」

 その隙を突くことすら、今のコミュンにはできない。

 魔法皇帝が静かに目を見開く。そして、聞き覚えのある言葉を口にする。


「そんなことでは市民は守れないわ!」


「うぉぉぉぉおおおおぉぉぉっ!」

 コミュンは吠えた。市民という言葉に、これまで見てきたその惨状が一気に思い出される。そしてその魔法皇帝の言葉に、体が無意識に動き出す。頭の中が真っ白になる。

 コミュンは右手の鎚を、背後に振り上げる。

「だぁああぁぁっ!」

 鎚で叩きつけたのは、自身の左手の鎌だ。鎌とサーベルがせめぎあう一点に打ち込む。鎌と鎚が火花を上げた。魔法皇帝のサーベルが一気に押し戻される。

「――ッ! ――ッ!」

 コミュンはふるう。無心でふるう。

 鎌の湾曲した刃にとらえられたサーベルを、魔法皇帝の肩に押し戻す。

「――ッ! ――ッ! ――ッ!」

 ふるう! ふるう! ふるう!

「はぁぁぁあああぁぁぁっ!」

 コミュンが吠える。魔法の鎌は、魔法皇帝の左肩をとらえている。コミュンは右手を振り上げた。後は右手の鎚を叩きつけるだけだ。

 これで――

 そうこれで終わり。後は右手を振り下ろすだけ――

「――ッ!」

 頭の名が真っ白になったコミュンの目に、優しく微笑む友人の顔が一瞬浮かんだ。

 それは幻でも錯覚でも、何でもない。今まさに目の前で微笑んでいた。死を前にして、まるであなたに殺されるのなら、本望とでも言いたげに。

「アニー!」

 コミュンは我に返る。だがそれは――



「あら。終わったようね」

 悲劇を望む少女が身を弾ませるように、ポチョムに背を向けた。己を一噛みで呑み込む牙を背にして、余裕の笑みを浮かべる。心底楽しそうだ。

「貴様……」

「いいわ。身分の違いを乗り越えて、お友達になった二人は見事殺し合いを演じましたとさ!」

「何を……」

 ポチョムの四肢が軋みを上げる。鋼鉄の手錠に絡めとられた四肢は、もはや全くその場から動かない。背中を無防備に向ける少女に、文字通り目と鼻の先にもかかわらず、手が出せない。

「革命の悲劇よね。昨日の友は、今日の敵。親友をその手にかけてでも、革命を成し遂げた少女。まさに理想の為に生きる革命者だわ」

「……黙れ……」

「フランソワ・ノエル・バブーフ! この名を我ら空想科学的社会意義者達の先駆者として――いえ、教祖のように祭り上げてもいいわ!」

「黙れと言ってる…… あの娘はそんなことは、望みはしない……」

「そんなもの。プロパガンダ次第よ。全体を優先する社会の為に、いくらでも曲げて宣伝するわ。そうね、まずはこの革命ね。私の同志に、いち早く旗を立てるように言ってあるの。この冬の宮に私達の旗が翻れば、実際に誰が帝政を倒したかなんて、関係なくなるもの」

「……何を……」

「ほら、見て。噂の癒しと戦いの少女――魔法同志様。私にも似合うでしょ」

 少女が軽く念じるとそのしなやかな金髪が、一瞬で黒髪に変わる。装いも赤一色に変身した。

「おのれ…… なり替わるつもりか……」

 ポチョムは唸る。だが首以外はまるで動かない。その首も少女には届かない。せめて前足一本でも自由になれば、少女に一撃を届かせることができる。

 だが――

「あら失礼ね。結構な噂を流してあげたのは、私達よ。これぐらい当たり前だわ。さて、あなたはもう用済み…… そうね。この煙に巻かれて死ねば。動けないでしょ? その手錠では」

 そう、だが手錠は重さを増し、完全にポチョムの四肢を絡めとっていた。

「さようなら。役に立たない牙と爪を持つ、哀れな飼い虎さん」

「グァァァアアアァァァッ!」

 ポチョムは一際大きく吠えると、己の右前足にかけられた、鋼鉄の手錠に噛みついた。

「無駄なあがきを――」

 少女は首だけ振り返って、その様子を見る。魔獣の牙といえ、少女の手錠は食い千切れない。

 少女にはその自信が――

「ガァッ!」

「――ッ! なっ!」

 ポチョムは残った左の牙で、鋼鉄の手錠とその少女の自信を砕き散った。

 そして手錠と同時に、己の牙もが砕け散る。

「ガァァァァアアアアァァァァッ!」

 ポチョムは間髪を入れずに、自由になった右前足をふるう。右上から左下へと斜めにふるわれたその爪は、少女の右肩から脇腹にかけて、背後から切り裂いていた。

「が……」

 少女が身を捩って悲鳴を漏らす。その背中には三本の爪跡が、無惨にも刻みつけられていた。

「浅かった…… いや、足りなかったか……」

 ポチョムは三本の爪痕を見て呟く。一番力が入る爪は、少女に傷を負わせていなかった。そう、己の右前足の爪は、魔法の鎌に捧げていたからだ。

「おのれ! おのれ! おのれ!」

 少女が余裕の笑みをかなぐり捨て、怨嗟の声でポチョムに向き直る。

 息が荒い。体力も、魔力も余裕がなくなったのだろう。その証拠に、残りの鋼鉄の手錠が唐突に虚空へと消えた。

「ぐ…… 魔力が…… 魔力が抜けて…… これでは計画が。私の…… 私の独裁政治が……」

「あきらめろ……」

「黙れ! 私はあきらめないわ! 旗さえ揚げてしまえば、どうとでもなるもの!」

「その体で、独裁とやらは、無理――ですな……」

 ポチョムは少し余裕を取り戻す。だが体力は限界を超えていた。四肢から力が抜けて、床に突っ伏してしまう。

「く…… 覚えていなさい。しばらくは臨時で集められた連中が、この国の政府を乗っ取るでしょう…… 寄り合い所帯のような、烏合の衆のような連中がね…… でも――」

 少女は憎々しげに毒づき、手の甲を己に向けて指を重ねる。ピンと伸ばされ、天地左右に重ねられた五本の指は、まるで鉄格子の様にポチョムには見えた。

「でも、私は必ず帰ってくるわ。私は不屈の意思を持つ少女!」

 少女の身が一瞬にして凍りつく。

「そうよ! 私は鋼鉄の少女! スター――」

 少女の体が粉々に砕け散る。何処からともなく吹いてきた風に乗って、突然開いた窓から窓へ、その氷は飛んでいった。

「ノエル殿……」

 ポチョムは力を振り絞って立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き出した。

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