四、二月革命10
煙を上げる宮殿。遠くから聞こえる悲鳴と喚声。
コミュンの前に現れた、ドレスの少女――
「アナスタシア…… アニー……」
コミュンは目を見張る。信じられない。
シンプルだが上品なドレス。全身から醸し出される気品。知性溢れる凛々しい顔つき。ここ冬の宮で見かければ、誰だって高貴な人間だと一目で分かる。
コミュンは震えながら、アニーの背後の肖像画をもう一度見上げる。
家族に囲まれ、嬉しそうにしている魔法皇帝。その周りを取り囲む皇族達。皇后。四人の皇女。そして皇子――
いや妻と、四人の娘と息子だ。魔法皇帝も一人の父親だったのだと、コミュンは今更ながらその家族の笑顔に思い知らされる。
そしてその娘の一人は、今まさに目の前に立ち塞がる少女とそっくりだった。
肖像画の中で一際嬉しそうに父に寄りかかる少女。その娘が――アニーが今、コミュンの目の前で震えている。ロマノフの家族の――その肖像画の下で、驚きに震え目を見開いている。
「ノエル…… あなたフランソワ・ノエル・バブーフね…… そんな……」
アニーは思い出す。父は――魔法皇帝は魔法同志を名乗る少女を倒す為に残った。赤い軍服のドレスを着た、冬の帝国に歯向かう少女。それが帝国の敵だと聞いている。
「……あなたが、コミュンだったなんて……」
そのコミュンと思しき少女が目の前にいる。
よりによって、自分の一番の親友だと信じた少女の顔をして――
「お父様は?」
「……」
コミュンは目が合わせられない。うつむいてしまう。
「ニコライ二世よ……」
アニーは悟る。コミュンの手にある、血塗れの得物――
「……」
コミュンは思わず、鎌と鎚を自分の後ろに隠す。ニコライ二世の血糊がついた、鎌と鎚だ。
「マジカル・ツァーリよ!」
血を吐き出さんばかりに、アニーが絶叫する。
「アニー…… 聞いて……」
コミュンが顔を上げる。自分の口から全てを語る。そう決めて、震える声を絞り出した。
「魔法皇帝は……」
「いやよ……」
アニーは首を振る。
「ニコライ二世は……」
「ウソよ……」
アニーは後ずさる。
「私が――」
「いやっ!」
アニーの体が突如閃光を発する。眩いばかりの光が、冬の帝国第四皇女の身を包む。
「これは…… 皇位継承の光…… お父様……」
魔法皇帝の子供達は、皇女四人に皇子一人だ。アニーは四女。それでも神は、魔法皇帝の後継者にアニーを選んだようだ。
「アニー……」
「……ノエル……」
「アニー!」
アニーが名前を呼んでくれた。コミュンは思わず、その名を呼び返して駆け出す。
だが駆け寄ったコミュンを迎えたのは、友の微笑みではなかった。
「――ッ!」
それは強く鋭く光るサーベルの切っ先と――
「……ノエル…… いえ…… 帝国の敵! 魔法同志コミュっ娘コミュン!」
突きつけられたその言葉だった。
冬の宮の外では、市民の勢いが増していた。兵の幾人かは、部隊のいくつかは、もはやこれまでと市民側についていた。
サンクトペテルブルクの市民――労働者、農民、兵士他、多くの民衆――が、帝政打倒の声を上げて冬の宮を目指す。
人々の怒号が、凍てつく大地を震わす。市民の行進が、母なる祖国を揺るがせる。民衆の思いが、新しい時代をこじ開けようとする。
だが裏で暗躍していた革命論者達は、やにわに慌て出していた。
事態は突発的に始まってしまっており、状況は急激に変わり過ぎていた。
帝国の弱体化は望むところだが、今まさに滅びようとするのは――革命が起こるのは、思惑から外れていた。計算外だった。
そして何より、自分達の――革命論者達の指導による革命ではない。
このまま革命が起きても、それは『空想科学的社会意義革命』ではない。ただの『市民革命』だ。『民主革命』だ。
革命論者が一人、革命後の主導権を握る為に、この革命の中心地――冬の宮へと忍び込んだ。