四、二月革命8
空を滑空するラブプーチンは、郊外まで瞬く間に飛んでいく。眼下に見えるのは、焼かれる街と、暴力をふるう兵。そして喚声を上げる民衆だ。
「ははははっ! 真面目に真面目なことをするから、後戻りできなくなりいき詰まる…… いき詰まった果てが、暴動に革命とは…… ははははっ!」
快僧は嗤う。あざけるように笑う。
「もっと不真面目に、真面目なことをすればよいのだ。んん? 真面目に不真面目なことの方がいいかな? まあどちらでもいいか! ははははっ!」
ラブプーチンは大きくハートの翼を羽ばたかせた。何枚かのハートマークが抜け落ち、ピンクの光を発しながら地面へと落ちていく。
ハートマークが落ちた地面に、瞬く間に花が咲く。川に落ちたハートマークは、魚の群れを勢いづかせた。
ピンクのマークが次々と雪の大地に、そして屋根をすり抜け家の中に落ちていく。
馬がいななき、犬が駆け回った。カラスは訳知り顔で頷き、身を丸めた猫が更に丸くなる。
いずれもハートマークが降ってきたもの達だ。
ラブプーチンはその光景を感知して笑う。
「ははははっ! サービスだ! 取っておき給え! ははははっ!」
民衆の先頭に立って気勢を上げる男の上に、ハートマークが落ちていった。
男は仲間達を鼓舞しようと、悪政を糾弾する即席の演説会をしていた。背筋をしゃんと伸ばして胸を張り、力強く拳を握り締める。
その凛々しい顔つきと相まって、その演説は周りの者を魅了していた。
だがハートマークがその身に落ちてくるや、男の態度が豹変する。
男は子供のように地団駄を踏んで、悪政を訴え始めた。そして仰向けに寝転がるや、駄々をこねるように両手両足をばたつかせて市民の窮状を訴える。
周りの市民はそのあまりの変わり様に、ただただ呆然と見守ることしかできない。
「ははははっ! やればできるじゃないか! ん?」
ラブプーチンは眼下に、駆ける少女を見つける。異質な少女だ。
「鼻の利く革命論者もいたか…… 宮殿に向かうつもりか?」
ラブプーチンは背中に手を回しハートマークを一枚掴むと、大地に向けて投げつけた。
「……」
少女が左手を振り払い、何処か楽しげに襲いくるハートマークを魔力で打ち砕いた。辺りがピンク色に一瞬染まる。
少女は快僧にチラッとだけ軽蔑したように視線を送ると、そのまま無視して走り続けた。
「やるな! ははははっ! まぁせいぜい頑張りたまえ! お嬢さん!」
ラブプーチンは首都の外れにくると、高度を下げた。街道脇に馬車の屋根が見える。
「馬車を出せ!」
着地すると同時にそう叫ぶと、快僧は馬車に乗り込んだ。逃走用に確保しておいた馬車だ。
「よろしいのですか?」
亡命の手配も任せていた、御者が問う。
「義理は果たした! 亡命する! 『力の帝国』にいくぞ!」
役目は終わった。そう考えた僧侶は、この国の変わりゆく様を、外から眺めることにする。
「力の帝国のどちらに?」
「力の帝国マサチューセッツ州――アーカムだ! コズミック・ラバーを書く!」
快僧ラブプーチンは、自分の第二の人生に思いを馳せた。思わず頬が緩む。
「ははははっ! ペンネームも考えるぞ…… そうだな…… うん、ちょっとHでPな、ラブコメディー作家…… 愛の工房…… うん。H・P・ラブクラ…… ――ッ! 痛っ!」
馬車が突然走り出し、快僧は舌を噛んだ。
「あれね……」
魔法皇帝の家族と思しき肖像画を、コミュンは舞踏の間で見つけた。
天井近くの壁に、家族七人の姿が額縁に飾られている。コミュンが立ち入った入り口の、ちょうど反対側の壁にそれは掲げられていた。
火をつけられたのか、何処からともなく煙が漂ってくる。その煙に隠れて、肖像画がよく見えない。部屋もその炎の熱にやられているのか、他と比べて随分と暖かい。
「――ッ!」
一歩歩き出すと、コミュンは動きを止めた。
誰かがいる――
侮れないその立ち姿。自然体でいて、それでいて尚伝わってくるその凛とした気迫。
少女はちょうど肖像画の下に立っていた。
陰に隠れてコミュンにはシルエットしか分からない。
その人物はドレスを着ている。少女のようだ。立ち姿も凛々しい少女。
「ハッ!」
ドレスの少女は気合いとともに、床を蹴った。コミュンの目の前でサーベルが一閃する。
「くっ…… 早い!」
コミュンはかろうじて、魔法の鎌で受け止めた。
「――ッ!」
一瞬で距離を詰め、サーベルの一撃を放った少女。
コミュンの鎌と、少女のサーベルの剣戟が火花を散らした。
その火花にお互いの顔が、そして魔法皇帝の家族の肖像画が浮かび上がる。
「――ッ!」
コミュンは目を見開く。固まってしまう。相手も同じ表情だ。驚きに目を見開いている。
「ヤッ!」
少女はサーベルに力を込めると、後ろに飛び去った。肖像画の下に着地する。ロマノフの家族の下に、少女がサーベルを構えて呆然と立ち尽くす。
「そんな……」
「どうして……」
二人の少女は愕然と、お互いの顔を見つめ合った。




