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四、二月革命3

 冬の宮にはもう、市民が雪崩れ込んでいた。その数に衛兵は次第に劣勢に立たされた。元より戦争に人員をとられ、この市民の勢いを止めるだけの兵はいなかった。

 冬の宮の中に入ろうとする市民。中に入れまいと、銃床で叩きつける兵。方々の窓や入り口で、似たような争いが繰り広げられていた。

 コミュンとポチョムはその混乱を、冬の宮前で見つめる。この国の権威の象徴とでも言うべき冬の宮。その冬の宮が落ちようとしていた。

「魔法皇帝は強い。市民では倒せないわ」

「……辿り着くことすらだな……」

「いきましょう!」

「おう!」

 決意とともに駆け出し、冬の宮に正面から突入するコミュンとポチョム。

 冬の宮のエントランスで、バリケード越しに市民と兵が銃を撃ち合っていた。

「ここは任せろ!」

 市民が押されていると見たポチョムが、コミュンを先にいかせる。

「分かったわ!」

 コミュンはそう叫ぶと、エントランスの兵を打ち倒しながら、一人奥へと駆けていく。廊下で遭遇する兵士も、コミュンは反撃らしい反撃をさせずに倒していった。

「――ッ!」

 駆ける廊下の先に、明らかに異質な男が立っていた。僧形だ。影を身にまとったような、陰鬱で長身の僧侶の姿があった。姿形よりも、その身から出る魔力と雰囲気がコミュンを威圧する。

「誰? どきなさい!」

「私の名はラ――」

 背の高い痩身の僧侶が、ゆっくりと口を笑みの形に開く。

「ら? 何? どきな――」

「そう! 私の名はラブプーチン」

「……ラ? ラブプーチン?」

 コミュンは足を止め、目を白黒させる。得物を構えることすら、一瞬忘れた。

「さよう! ラブプーチン! L・O・V・Eで、ラブプーチンだ!」

 僧侶は――ラブプーチンと名乗った男は、ドンと胸を張って一歩前に出る。ふざけた笑みをやはり浮かべていた。

「な、何? 何の冗談?」

「ははははっ! 冗談ではないぞ、お嬢さん。ちなみに、その爽やかな性格から、快僧ラブプーチンと皆呼んでくれるぞ」

「爽やかなんて顔…… してないわよ……」

 コミュンは魔法の鎌と鎚を慌てて構える。何かがおかしい。調子が狂う。

「何を! 私こそ愛の道を説く僧侶――ラブプーチン。まさにラブの化身。愛の発進基地。愛を作り出す源。言わば愛の工房…… いつの日か、人々に宇宙レベルの愛を伝える為に、コズミック・ラバーと呼ばれるような、壮大な恋愛小説を書くのが私の夢だ!」

「な、何…… 何なの?」

 今まさに多くの人が命を落としている中で、この男のふざけた態度はコミュンの調子を狂わせる。コミュンは完全に足を止めていた。思考も止まりそうだった。

「ペンネームも考えておるぞ…… そうだな…… どうしようかな……」

「今考えてるでしょ!」

 相手の話につき合い切れなくなったのか、コミュンが苛立ちまぎれに魔法の鎌をふるった。

「ははははっ! 足止め失敗か。やるなお嬢さん」

「何?」

 コミュンは気づかされる。この僧侶は『どく』『どかない』の主題を、すり替えて気づかないようにしていたのだ。結果、時間稼ぎをされていた。

「この!」

 コミュンが更に獲物をふるうと、魔法の鎌がラブプーチンを二つに切り裂いた。少なくともコミュンにはそう見えた。

 だが僧侶は高笑いをすると、そのまま無傷で二つに分裂してしまう。

「魔法同志コミュっ娘コミュン! やはり我らにあだなすか?」

「貴様がいなければ、戦力の均衡は破れなかった。自身の存在理由を、疑ったことはないのか?」

 二人の快僧はコミュンの両脇に回り込み、廊下の左右から問いかける。

「この…… 何を……」

 コミュンの鎌が、更に二人のラブプーチンを切り裂く。そしてやはり僧侶は分裂する。

「聖母の力を手に入れたとうそぶき、人心を惑わし、混乱させているのは貴様らだ。違うか?」

「貴様は何故変身する? 聖母のご加護? 違うな! 私は遭遇した兵士に聞いたのだ!」

「貴様の唱える変身の呪文! それは社会意義者達が唱えるお題目だ!」

「笑わせる! 空想科学を信奉する社会意義者達の呪文だと…… 魔法同志コミュっ娘コミュン! 貴様は踊らされているのだ!」

 四人の快僧が、めまぐるしく位置を変える。そしてその言葉とともに、コミュンを惑わす。

「うるさい!」

「ははははははははははははははははははははっ!」

 コミュンが鎌をふるう。僧侶は切り裂かれる。

 そして八人のラブプーチンが、コミュンに笑い声を投げかける。

「空想科学?」「絵空ごと?」「社会に対する意義?」「一昔前の空想の域にまで達した科学?」「空想『社会』科学がもたらす未来?」「空想科学で社会に意義ある貢献?」「科学が問題を解決するのか?」「空想のような科学は、社会に生きる意義を教えてくれるのか?」

「黙れ!」

 コミュンが苛立のままに吠える。

「ははははははははははははははははははははっ!」

「ははははははははははははははははははははっ!」

 八人のラブプーチンは同時に笑う。

「自分の価値?」「革命?」「命をあらためる?」「誰の命だ?」「聖母様の命令か?」「命令で国を倒すのか?」「聖母様が政治に口を出すのか?」「聖母様が社会に暮らす意義をもたらしてくれるのか?」

 八人のラブプーチンが、コミュンの周りを目まぐるしく飛び回る。

「く……」

 コミュンは攻めあぐね、鎌と鎚を握り締めた。

「ははははははははははははははははははははっ!」

「ははははははははははははははははははははっ!」

 八人のラブプーチンは更に高らかに笑う。そして同時に断言する。


「魔法同志コミュっ娘コミュン! 貴様は利用されているだけだ!」 


「何を!」

「同志コミュン! 伏せろ!」

 遠く後ろから聞こえたポチョムの叫びとともに、一条の電撃が八人の快僧の間を走り抜けた。

「おおおおっ! 静電気か?」

 閃光が通り抜ける。八人の快僧はその電撃の後に、一点に吸い込まれるように集まり出した。

「せ…… 静電気?」

「左様だ、お嬢さん! 流石の快僧も、静電気には勝てん! 静電気に吸い寄せられるという、面白そうなイベントの誘惑にはな! ははははっ!」

 一人に戻ったラブプーチンが、嬉しそうに笑う。お腹も抱えんばかりだ。

「な……」

「同志コミュン! 耳を貸すな! 時間稼ぎだ!」

 ポチョムが駆け寄りながら吠えた。

「何なのコイツ!」

「何なのコイツ!」

 コミュンの声を、ラブプーチンが真似をする。痩身の中年男性が、十五の少女の声色の真似をする。気分が悪いこと、この上ない。

「この……」

 ノエルはその調子を狂わす相手の態度に、どうしても冷静さを保てない。

「相手にするな。このふざけた態度が、この僧侶の手だ」

 走り寄ったポチョムが、コミュンとラブプーチンの間に立ち塞がる。

「同志コミュン! ここは任せろ!」

「ほほう。貴様、やはり生きていたか…… ポチョムキン・タウリチェスキーよ!」

「その名は捨てた!」

 その言葉とともに、ポチョムがラブプーチンに襲いかかる。力の限り跳躍し、牙を剥く。

「おっと!」

 ポチョムの一撃は、ラブプーチンが紙一重で身を翻して避けた。まるでポチョムを牛に見立てた、異国の闘牛士のような動きだった。そして紙一重に見えて、余裕でかわしている。そのふざけた身のこなしと、顔に張りついた笑顔がそう物語っていた。

「いけ! 同志コミュン」

 だがお陰でポチョムは、コミュンの為に道を確保する。冬の宮の奥へと続く廊下を、ポチョムが押さえ、ラブプーチンに睨みを利かす。

「分かったわ! 同志ポチョム!」

「いかせは――」

「お前の相手は、ワシだ!」

 コミュンが廊下の奥へと駆け出した。それを追いかけようとした快僧ラブプーチンの前で、ポチョムが吠える。

「おのれ…… 魔法のマスコット猛獣…… 恩を忘れたか! 国を裏切るか?」

「この国はもう、やり直さねばならないところまできたのだ! それがこの国の為だ!」

 魔獣と快僧は互いに視線と殺気をぶつけながら、己の魔力を高めていった。

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