四、二月革命1
そしてノエルとアニーが出会ったその四日後。
運命の日――
その日は女性の為の祝日だった。そのことを祝う為に、人々が街角に集まる。
だがやはり人々が集まると、口の端に上るのは日々の不安だった。
その小さな不安が市民の口々を巡る間に、大きな不満へと育っていった。ただの集会が、やがて大きなデモ集団となった。人々は声を上げて行進し出した。
スローガンに、シュプレヒコール。プロパガンダ。そして喚声。怒号。罵声。
市民は声を上げて、窮状を訴えた。
血の日曜日事件の記憶も生々しい軍は、暴動の武力による鎮圧を強く主張した。
魔法皇帝は初め、武力を市民に向けることをよしとしなかった。
だが軍上層部は進言する。外国と戦っている今、国の内部で乱れていては、戦争に破れもっと多くの犠牲者が出る。その時犠牲になるのは、デモに参加すらしていない市民だと。
やむを得ず魔法皇帝は了承する。魔法皇帝の名の下に、ついに帝国は兵を出す。
そしてまた多くの人命が、失われていった。
ノエルは家を飛び出した。そのまま力の限り駆け出す。ポチョムがその背中を追った。
えも言われぬ悪寒が、その時家で繕い物をしていたノエルの背中を襲ったからだ。そして自然と、ノエルの頬を涙が伝わる。涙は止めなく落ちた。
ノエルは理解する。
人が死んでいる。首都サンクトペテルブルクで、また悲劇が繰り返されようとしている。この止めなく落ちる涙のように、多くの人が命を――
「人が…… 人が沢山……」
「ノエル殿……」
ノエルは繕い物の手を休めて、家を見回した。母は今、親族の家に砂糖とお金を借りにいっている。しばらくは帰ってこない。
「ポチョムくん…… いくわ……」
そしてノエルは母に書き置きを残して、家を飛び出した。
折しもまた、吹雪き始めていた二月の冬の帝国。
隣で次々と四肢の跡を雪に刻むポチョムと目が合うと、ノエルは迷わずその背中に飛び乗った。ポチョムがノエルを背にし、更に加速する。
「変身するわ!」
ノエルは魔法の鎌と鎚を虚空より呼び出した。
左手に持った鎌を、右斜め前に突き出す。その刃が眼前に、そして上向きにくるように構えた。右手の鎚を柄の中程で持ち、やはり前に手が交差するように突き出す。
ノエルの目の前で、鎌と鎚が交差する。斜めに十字に重ねられた鎌と鎚。重ねられるや否や内から赤く輝き出した。瞬く間に周囲がその赤に染まる。
「マルクス! エンゲルス――」
使命ととともにもたらされた呪文を、ノエルは唱える。その使命を果たす為に唱える。
「コミンテルン!」
呪文とともに現れた、五つの頂点を持つ星形の光の輪。金色に瞬くその光の輪が、ノエルを下から上へと包み込んだ。
ポチョムは駆ける。ノエルを背にして、雪の大地に四肢を刻む。自分の命を救った少女が、己の背中で変身の呪文を唱えている。もはや止めない。ノエルの目を見てそう心に決めた。
「世界同時に革命よ!」
この日の為に生き残った――
ポチョムはそう思う。赤い軍服を模したツーピースのドレスに変身した少女が、己の背中の上で戦いの為に名乗りを上げている。
「魔法同志! コミュっ娘コミュン! そうよ私は護民官!」
この娘の為に命を拾った――
ポチョムはそう信じる。聖母に選ばれし少女が、全ての者に向けてその手を差し伸べようとしている。少女の使命が人々を守ることなら、ポチョムの使命はその少女を守ることだ。
いくぞ――
背にしているだけで、勇気と魔力が注ぎ込まれるようだ。
ポチョムは赤い勇気と魔力を内から発する少女とともに、
「君のハートに! チェ・ゲバラ!」
覚悟の決め台詞を叫んだ。