三、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ7
見開かれたまぶた。一点を見つめる瞳。何より意志のこもったその視線。
この不利な状況でも、ノエルはまだ勝負をあきらめていない。
ノエルの目を覗き込み、アニーはそう確信させられる。圧倒的有利に立っても、アニーは気を抜くことができない。
市民という言葉とともに、一度は盛り返したノエル。追い込まれてもまだあきらめないのは、その市民の為だろう。ノエルは本気で市民を守る気でいるようだ。
だが中途半端な実力なら、あきらめさせなくてはならない。怪我をするだけだ。アニーはそうも思う。そして心を鬼にして、アニーは断言する。
「そんなことでは市民は守れないわ!」
「何を!」
ノエルは思わず右手を、後ろに振り上げた。
「そんな大振り!」
そのような大振りは当たらない。避けると同時に、止めの一撃を繰り出す。アニーはそう心に決める。ノエルに自分の実力を分からせてやる。危ないことはさせないように、あきらめさせる。その為には本気の攻撃で、アニーはノエルを叩きのめす覚悟を決めた。
アニーはノエルの右手の動きに、全神経を集中する。
「ハッ!」
空気を切り裂くようなノエルの気合いとともに、ふるわれるその右手。アニーはその軌道を見切ろうとする。だがノエルが打ちつけたのは、ノエル自身の鎌だった。
「だぁっ!」
二人の得物が交差し、まさにせめぎ合うその一点に、ノエルは渾身の力で鎚を叩きつけた。
「なっ!」
思わぬ展開に、アニーが驚きの声を上げる。ノエルは自分で自分の得物を打ちつけて、アニーの得物を押し戻したのだ。
「――ッ!」
ノエルは更にふるう。鎌に鎚を叩きつける。
「――ッ! ――ッ!」
ノエルは更に二度ふるう。それは単純だが、重く鋭い効果的な連続攻撃だった。二人の得物は瞬く間に、中間点へと押し戻される。アニーは耐えることしかできない。
「ぐ…… な……」
「――ッ! ――ッ! ――ッ!」
ふるう! ふるう! ふるう!
ノエルは更に、矢継ぎ早に右手をふるう。打ち込む先はやはり、己の左の得物だ。
「く…… が…… この……」
打ち込まれる度にアニーは、その衝撃でサーベルを懐に押し戻される。
両手で衝撃に耐えるのが精一杯だった。都合七度打ち込まれる間も、アニーは鎌の湾曲した刃に絡めとられ、自分の得物を思うところに納めることができない。
気がつけばアニーは、自身の左肩の上でノエルの攻撃を凌いでいた。
「これで!」
ノエルが気勢を上げる。立場が一気に逆転した。アニーは愕然と目を見開いている。そのことが、ノエルに余裕を取り戻させた。
「にゃはっ!」
ノエルはわざとらしく満面の笑みを浮かべる。止めを刺さんと、右手を大きく振り上げた。
「ちょ、ちょっと! ノエル! 目が怖いわよ!」
うろたえるアニーの声を気にもせずノエルは――
「食らえ! 『鎌と鎚の連撃』!」
たった今考えたらしき技の名前を叫びながら、右手の鎚を左手の鎌に叩きつけた。