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二、血の日曜日16

 発砲する軍隊。逃げ惑う市民。その間を駆けるコミュンとポチョム。

 撃ち出される銃弾を、コミュンが弾き返す。驚く兵士達に、ポチョムが飛びかかる。

 軍は崩れ出した。その隙に市民達が逃げ出す。

「同志ポチョム! 市民を!」

 コミュンが叫ぶ。兵士からの銃弾を、次々と弾き返す。

「分かった! 同志コミュン!」

 ポチョムが応える。兵士を次々と、魔力と体躯で投げ飛ばす。

 コミュンが鎌と鎚をふるう度に、兵士達が倒れていく。皆気を失っていた。魔力だけで、相手を失神させている。

 兵士の倒れ方も、まるで何かに抱きかかえられているかのようだ。コミュンが怪我をさせないように、魔法の障壁を地面との間に展開している。兵士は傷一つ追わず、倒されていく。

 ポチョムは時間が経つごとに、体が軽くなるようだった。コミュンの放つ魔力が、ポチョムの体に気力と体力を補充する。

「これ程とは……」

 ポチョムはコミュンを見る。

 ノエルの身に何かが起こった。それは分かる。目を見張るのは、外見の変身以上の変化。そう、その魔力。その力。そして何より、その身から溢れ出ている神々しいまでの気迫。

 コミュンは舞うように、鎌と鎚をふるう。踊るように兵士の間を駆ける。

 兵士はなす術がない。何もできないうちに、皆倒されていく。

「まだ兵を退かせないつもり……」

 コミュンは小さく呟いた。兵士達はきりがない。突如現れた謎の少女と虎。その圧倒的な力。市民に向けていた兵士の多くを、士官は二人に差し向けていた。

 今や市民はほぼ、この場から逃げ出している。コミュン達は目的を達した。自分達も撤退を考えなくてはならない。だが――

「同志コミュン! そろそろ我らも退くぞ!」

「そうね…… でも!」

 コミュンは顔を上げると、冬の宮を睨みつける。そこにいるのは魔法皇帝。この国の頂点。

「何を?」

「同志ポチョムは先に退いて……」

 この惨事を、この流血をどう思っているのか。魔法皇帝はどんな顔をしているのか。その顔を確かめたい。コミュンは鎌と鎚を握り締め、そう思う。

「同志コミュン! 待て! 魔法皇帝は――」

 魔法皇帝の力は絶大。この冬の帝国で、全ての魔力の頂点に立っている絶対者だ。コミュンといえども一人で飛び込もうなど無謀だ。

 それはかつて仕えたポチョムが一番よく知っている。

「いくわ!」

「同志コミュン!」

「大丈夫! 顔を拝むだけよ! 後は任せたわ!」

 ポチョムの制止を振り切って、コミュンは大地を蹴った。



「前線との連絡は? まだつかんのか!」

 魔法皇帝――ニコライ二世は、苛立を隠せなかった。

 ここは冬の宮の奥深く。司令所は士官の配慮により、冬の宮の奥の迎賓室に設けられている。それでも銃声は聞こえてくる。遠い分、実感が湧きにくい。小さく、乾いた音だ。だが確かに銃声だ。誰かが撃たれている音だ。

 そんなことは望んでいない。今すぐ止めなくてはならない。

 だが――

「銃を納めよ! こんな簡単な命令が、何故伝わらん!」

 彼の言葉は、前線に伝わらない。

 サーベルを腰に差した軍服で、魔法皇帝は焦燥感とともに歩き回る。

 臨時に設けさせた司令所に、魔法皇帝のブーツが苛立たし気な足音を響き渡らせた。

「市民を巻き込んで、何が革命だ…… 何が理想だ! 革命論者め! 過激派め!」

 魔法皇帝は吐き捨てる。自身の思念も、何者かによって遮られている。おそらく革命論者の仕業だろう。直接の伝令は、前線の混乱で上手くいかない。

 いたずらに時間だけが過ぎる。この間にも、市民が死んでいく。

「もう一度いけ! この馬鹿げた騒動を、終わらせろ!」

 魔法皇帝が士官を叱りつける。怒鳴られた士官は、慌てて敬礼すると司令所を飛び出した。

「……」

 飛び出し、廊下を走り去る士官。その背中を廊下の反対側で、何者かが息を殺して見送った。

「何者だ?」

 誰よりも早く、その侵入者に気がついたのは、魔法皇帝自身だった。廊下の陰に向かって、力強く詰問する。司令所の中の士官と衛兵達が、一斉に廊下に振り向いた。

 現れたのは赤い軍服を模したツーピースのドレスの少女だ。

「魔法同志コミュっ娘コミュン」

 陰から現れたコミュンは、真っ直ぐ魔法皇帝を見つめる。冬の帝国の皇帝。この混乱の最大の責任者。魔力と国力の象徴。魔法皇帝――マジカル・ツァーリ――絶対的な権威だ。

「ツァーリ! お下がり下さい!」

「革命論者か?」

 魔法皇帝の周りを、士官と衛兵が即座に固める。

「違うわ――」

 コミュンは答える。自分は革命論者ではない。

「ただの市民よ」

 そう、市民だ。コミュンは思い出す。デモに参加した沢山の市民達。あの人達の思い。祈り。願い。そして痛み。怒り。嘆き――

 それを背負った市民の代表だ。

「市民? ただの賊か? そんな訳はなかろう!」

 士官の一人がそう決めつけると、誰よりも前に出る。

 凛とした目の前の少女。混乱に乗じた、ただの賊な訳がない。

 格闘をするには広いとは言えないこの部屋で、油断なく士官はサーベルを身構える。その切っ先が真っ直ぐコミュンを狙う。

「そうよ。ただの市民じゃないわ。私は魔法同志コミュっ娘コミュンよ!」

 魔法同志コミュっ娘コミュンは、魔法の鎌と鎚を悠然と構える。士官に向けて構えつつも、目は真っ直ぐ魔法皇帝を見つめていた。そのことに士官が気づく。

「貴様の相手はこちらだ!」

 士官のサーベルは、正確にコミュンの心臓を狙う。寸分の狂いもない。だが――

「遅い……」

 そう。狙いの正確性の割には少し遅い。コミュンは少しだけ鎌を動かす。士官のサーベルは、それだけでそらされた。

「この……」

「終わり……」

 士官が次の一撃を繰り出そうとする。その為の一瞬の呼吸。その呼吸が終わる前に、コミュンの鎚が士官の肩に食い込んだ。

「ぐ……」

 その重い一撃に、士官は気を失う。がくりとその身から力が抜けた。

 その隙にできるであろう、一瞬の好機に反応したのは若い衛兵だ。

「……」

 倒れ始めた士官の陰から、無言のままサーベルを突き出す。下から上へ。鋭角に。当たる寸前まで士官の体に隠れる軌道を選び、相手には見えない弧を描いて衛兵の刃がコミュンに迫る。

「く……」

 コミュンは反応が遅れた。皇帝直属の衛兵ともなると、やはり腕に覚えがあるのだろう。鎌で防ごうにも、もう間に合わない。鎌を握ったコミュンの左脇腹の下に、鈍く光る刃が迫る。

「ハッ!」

 コミュンは左足を、半歩後ろに退く。軍服をかすめるサーベル。流石のコミュンも冷や汗が出た。軍服とサーベルの間には、僅かな隙間だけしかない。

 その幸運を聖母に感謝する間もなく、コミュンは鎚の柄を逆さに持ち直した。

「この!」

 最初の突きが避けられたと見るや、そう吐き捨てて衛兵は刃を水平に向ける。

「ヤッ!」

 気合いとともに衛兵は、刃を引いた。サーベルの戻し際に、脇腹を僅かでも切り裂こうとする。だがその狙いは阻まれた。刃は鎚の柄に防がれる。逆さに持ち替えたコミュンの鎚の柄が、衛兵の攻撃をしのぐ。僅かに間に合った、木製の柄の先。それが鉄の刃を防ぐ。

「魔法の鎚か?」

 衛兵が驚愕する。サーベルを防ぐ木製の柄。魔法のアイテムとしか考えられない。

「……そうよ! そして魔法の鎌よ!」

 コミュンの鎌が唸りを上げて、衛兵のサーベルに襲いかかる。

「……」

 魔法皇帝はその様子を、静かに見ていた。

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