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二、血の日曜日7

「マリー殿。ノエル殿は?」

 朝から姿の見えないノエルの姿を探して、ポチョムは家の中で首を巡らせた。

「珍しく日曜礼拝にいくって言ってましたけど…… ちょっと遅いかしら……」

 マリーも不安げに、窓の外を覗く。娘の代わりに外に見えたのは、その友人の父親だ。

「バブーフさん! あんたのところは無事か?」

 風花の父――工藤ライカが息せき切りながら、ドアを開けて入ってきた。

「どうしました? ライカ殿」

「首都でデモだ! いや、暴動だ! どうも兵隊が発砲して…… 怪我人も出てるらしい!」

「何ですと?」

 ポチョムは思わず、四肢に力を入れる。兵隊。発砲。怪我人。ポチョムの記憶がうずく。

「大混乱らしい! プーシュカ――大砲すら持ち出されそうな、暴動が起こってるって!」

「そんな! ノエル!」

「ノエルちゃん…… 首都にいるのか? まずいぞ…… デモ隊も兵隊も大混乱だ。巻き込まれてないか……」

「ノエル!」

「ダメだ! バブーフさん! あんたまで巻き込まれる!」

 慌てて外に飛び出そうとするマリーを、ライカが押し止めた。

「ライカ殿。マリー殿を頼む!」

 ポチョムがそんな二人を押し退けて外に出ようとする。

「あんたこそ、ダメだ。その……」

「ライカ殿! その先は…… 心の中だけに……」

 ライカの言い淀んだ先を、ポチョムが察する。ポチョムのような魔法のマスコット猛獣が、このような郊外に身を寄せている。身を隠している。どう考えても訳ありだ。

 ライカは察して、黙っていてくれている。知らなかった。事情は分からなかった。いざとなれば、そういうことにしなくてはならない。

「ポチョムさん……」

 マリーがポチョムの背中に、声にならない声をかける。娘の安否と、ポチョムの安全。いや、娘の命とポチョムの命。秤にかけていいものか、マリーには分からない。

「マリー殿……」

 ポチョムは後ろを振り向いた。マリーに甘えるように、首をこすりつける。自分の匂いをマリーにすりつけ、鼻が弱っている分大きく息を吸ってマリーの匂いを心に刻む。

「ワシなら大丈夫…… 必ずやノエル殿を連れて帰ってきますから……」

 ポチョムは優しく微笑み、マリーの姿を脳裏に焼きつけると家を飛び出した。



 ノエルは自分の身に何が起こったのか、すぐには分からなかった。熱い。とにかく熱い。右足が焼けるように熱い。そして、熱さの後、やっと痛みがやってきた。

「キャーッ!」

 ノエルは自分の足を押さえて、街道の石畳の上に倒れ込む。血が吹き出した。すぐに止まるような出血には見えない。貫通した弾丸は、太ももの前と後ろに、穴を空けていた。

「ウ…… ウワーッ!」

 ノエルを撃った兵士が、叫び声を上げる。尚もノエルに銃口を向けていた。銃口が震えている。その兵士の怯えそのもののように、鉄の塊が震えていた。

「う…… 撃たないで……」

「う…… 動くな……」

 兵士は怯えている。威嚇の為、更に銃口を前に出す。

「イヤッ!」

「ヒッ! うご…… くなっ!」

 兵士が自分の中の恐怖に負けて、引き金を引いた。

「キャーッ!」

 周りの市民が潮を引くように逃げ出す。

「――ッ!」

 ノエルが声にならない悲鳴を上げる。左足のスネを打ち抜かれた。

「ウワッ! ワワッ! ワァッ! ワーッ!」

 兵士が叫ぶ度に、銃口が火を噴く。四発のうち、二発がノエルに命中した。一発がノエルの左足太ももにめり込む。今度は貫通しなかった。もう一発は、左肩を打ち抜いた。

「く……」

 ノエルは全身の痛みに、一瞬意識が遠のく。自分を撃った兵士が、弾切れにもかかわらず、更に引き金を引いているのが音で分かる。

 周りは似たような状況だ。

 逃げ惑う市民。自身も恐怖に逃げ出しそうになりながら、市民に銃を向ける兵士。

 人々を支配していたのは、恐怖だった。

 銃を持った兵士に対する恐怖。銃持った自分達より数の多い市民に対する恐怖。殺さないと相手に殺される恐怖。逃げ惑う人々に押し潰される恐怖。上官の命令に従わないと、自分の身が危ない恐怖。殺さなければ、殺されるという恐怖。次は自分だという恐怖。力による恐怖。恐怖そのものを恐れる恐怖。

 そしてこの恐怖がいつ終わるのか、誰にも分からない恐怖に、市民は更に恐怖した。


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