1. プロローグなのじゃ
この作品は官能小説的な茶番やパロディネタ、オマージュなどが含まれているのじゃ。
嫌いな方はブラウザバックするかグラフだけ見るのがいいのじゃ。
ゴールデンウィークが明けたばかりの5月。神社の境内には生ぬるい風が吹き抜けていた。
木々の新緑は鮮やかだったが、石畳の隙間からは雑草が遠慮なく伸び、朱色の鳥居はすっかり色あせている。訪れる参拝客の姿はなく、静まり返った境内にぽつんと立っているのは青年がただ一人きりだった。
低めの身長に手元がすっぽり隠れるほど袖の余った萌え袖パーカー。そして眉どころか瞳まで完全に覆い隠してしまうほど重たく切りそろえられた黒髪の前髪。それが青年のトレードマークだった。
引っ込み思案で、昔から他人に頼ることがひどく苦手。大学に入学して「今年こそは何か変えたい」と、大好きな読書をきっかけに思い切って文芸サークルの門を叩いた。
……叩いてしまったのだ。
入部してから知った衝撃の事実。そこはただの文芸サークルではなく、艶めかしい笑みを浮かべる先輩のお姉様方が牛耳る官能小説特化の文芸サークルだった。
流されるまま退部も言い出せないまま、5月末の新入生歓迎イベントで『オリジナルR18小説』を提出する羽目になってしまった。小説自体は少し書いたことがあるが、大人の男女の絡みなど書いたことすらない。藁にもすがる思いで小説投稿サイトのミッドナイトノベルズへ試作を投稿してみたものの、連休が終わっても獲得ポイントは無慈悲な0のまま。
このままでは、獲得ポイントに応じた恐ろしいサークルの『罰ゲーム』が待っている。
焦りきった青年を見かねて、唯一の友人がぽつりと言ったのだ。「地元の山の上にある、寂れた神社に行ってみなよ。願いを聞いてくれる神様がいるらしいから」と。
「あ、あの……す、すみません……」
誰もいないはずの賽銭箱の前で、青年は誰にともなく小声でつぶやいた。5円玉を投げ入れ、ぎこちなく二礼二拍手。前髪の下でぎゅっと目を閉じ、縮こまりながら祈りを捧げる。
「じ、自分の小説に……たくさんのポイントが入りますように……っ」
すがるような願いだった。だが、返ってきたのは静寂ではなく――呆れ果てたような、幼くも妙に艶のある少女の声だった。
「やれやれ。神頼みでポイントが跳ね上がるなら、創作者は誰も苦労はせんのじゃ」
「ひゃいっ!?」
変な悲鳴を上げて飛び退いた青年の視線の先。拝殿の縁側に腰掛けている者がいた。
艶やかな和装を身にまとった十代前半ほどに見える幼い少女――だがその頭上にはピンと立った狐耳があり、背後では巨大なモフモフの尻尾がゆらゆらと揺れている。
何より異様なのはその手元だった。華奢な膝の上には光るノートパソコン。傍らには、紫や緑の派手なデザインのエナジードリンクの空き缶が何本も転がっていた。
「あ、あの……えっ、き、狐……? コスプレ……?」
「誰がコスプレじゃ。無礼な小僧じゃのう」
少女――否、神様はパソコンの画面から視線を外さず、パチパチと高速でキーボードを叩きながら言った。
「見ての通り、わしはこの神社の神じゃよ。まあ……近頃は少子化じゃの何じゃので参拝客もめっきり減っての。退屈しのぎに氏子からもらったPCで電子の海を泳いでおったら、ノクムンミッドの深遠なる魅力に目覚めてしもうたんじゃ」
「の、のくむんみっど……?」
「ノクターン、ムーンライト、ミッドナイトの3大成人向けサイトのことじゃ! わしは好みの作品を効率よく検索するために、データサイエンスまで独学で修めたからの。ふふん、神の能力を侮るでないぞ」
誇らしげに胸を張る神様だが、その口からは神仏とは思えない単語が次々と飛び出してくる。
「……で、お前さん。連休中に初投稿してポイント爆死した哀れな迷い子とはお前さんのことじゃな?」
「なっ、な、なんでそれを……!?」
「さっき願い事をしたじゃろ。どれどれ……作者名はこれじゃな」
「え? なんで分かって、あっ、ちょ、待ってください! 見ないで、恥ずかしいから見ないでください……!」
青年が萌え袖の手を振り回して止めようとするのも意に介さず、神様は画面をスクロールさせた。やがて、すっと細められた琥珀色の瞳が青年を品定めするように見つめる。ほんの一瞬、得体の知れない獲物を狙う肉食獣のような艶めかしい光が宿った気がして、青年は思わず背筋をゾクッと震わせた。
だが神様は、すぐにもとの不敵な笑みに戻って告げた。
「安心せい。お前さんの作品が良いか悪いかは、まだ分からんのじゃ」
「え……? で、でも、ポイントはゼロでしたし……」
「たった1作のサンプルで有意な差など出せるわけがなかろう。そもそもお前さんは『土俵』を知らんのじゃ」
「ど、土俵……?」
「そうじゃ。お前さんが飛び込んだミッドナイトには一体どんな属性の読者が何人おる? 月にどれだけの作品が投稿され、どれくらいのポイントが中央値となっておるか言えるか?」
「え、ええと……あ、あの……ぜ、全然わかりません……です、はい……」
青年は首をすくめた。ただ「なろう系の成人向けだから読まれるだろう」と安易に考えていただけだった。
「知らぬじゃろ? 戦場全体の分布も把握せず、ただ突っ込んで討ち死にし『才能がない』と嘆くなど片腹痛いわ。全体の中で自分がどの座標におるのか分からねば、直しようもないのじゃ。噂やあやふやな勘に頼るでない。まずは数字を見よ」
神様はカタッと軽快にエンターキーを叩くと、ノートパソコンをくるりと青年に向けた。画面には、数字や色鮮やかなグラフや複雑なマトリクスが所狭しと並んでいた。
「ひっ……! す、数学……!? ぼ、僕、数字は本当に苦手で……」
「案ずるな、グラフなんぞただの『絵』じゃ。絵本を見るような感覚で見ればよい。ポイントを得るためには、まずサイトの傾向を知ることが大切じゃ。それを1つずつ可視化して叩き込んでやるのじゃ」
言葉を失う青年に、神様は巨大な尻尾を嬉しそうにバサバサと振って見せた。
「講義料はそうじゃのう……エナジードリンクを毎回1本、わしにお供えすること。それで手を打ってやろう」
「えっ、そ、そんなことでいいんですか……?」
「うむ」
(……ふふ、久々に骨のありそうな獲物じゃ……しっかりと可愛がって料理してやらねばの)
神様はなにやら神妙な顔をしていた。
「……? あ、あの、どうかしましたか?」
「何でもないわ! さあ小僧、それでどうするのじゃ、わしと一緒に勉強するのか、一人でやるのか、どっちじゃ?」
「え、あ、は、はいっ! よ、よろしくお願いします……!」
ぺこりとお辞儀をする青年に、神様は満足そうに口元を吊り上げた。
「うむ。では――データで読み解くノクムンミッド講座、開講なのじゃ!」
こんな感じのノリですすむのじゃ。




