妖精姫のお父様は、お口が悪い。
※本作は『見かけ詐欺の妖精姫、婚約者の社会的抹殺を図ります。なお、社会的抹殺だけではすまなかった模様。』の父親側を描いたお話です。
前作を読んでいただくと、より楽しんでいただけます。
「こんなブスが俺の婚約者かよ!!」
これが、愛娘の婚約者が、初めての顔合わせの場で娘に告げた第一声だった。
それを聞いてレオナードは心に誓う。
――このクソガキに、絶対に娘は渡さない、と。
◇
フローレンス公爵家の跡取りであるレオナードが結婚したのは、20歳のころのことだった。2つ年下である婚約者、エレノアが学園を卒業するのを待ち、その後、ようやく結婚したのである。
政略結婚ではあったが、交流を重ねるうちにお互い恋愛感情を持つようになり、今ではお互いに惚れ込んでいる状態だ。学園でも理想のカップルと噂されるほど、レオナードとエレノアは仲が良かった。
けれど、一つだけ心配なことがある。それはエレノアの身体があまり丈夫ではないことだ。季節の変わり目にはよく体調を崩していた。幼い頃より丈夫になったと本人は言うが、それでもレオナードは心配でならなかった。
だからだろうか。
――王妃様が第一子をご懐妊された。
その報せを聞いても、ではそれに合わせて我が家も子供を作ろう。そういう気にはなれなかった。
いつかは子供を持たなくてはならない。それは分かっていたが、身体が弱いエレノアに無理をさせたくないのも事実だった。もう少し。もう少しで良いから、二人の時間を堪能したかった。
「エレノア、無理に王妃様のご懐妊に合わせる必要もないだろう。なにより結婚したばかりなのだ。もう少し、私は君と二人きりの時間を楽しみたい」
「……レオ様。ええ、わたくしも、同じ気持ちですわ」
そっと微笑んでくれるエレノアは、きっと自分の気持ちを理解してくれているのだろう。少し寂し気に。けれど、嬉しそうに微笑むエレノアに救われるような思いがした。
それから、しばらくして。
王妃様が無事にご出産された。男児、――王子殿下だったそうだ。
この国の将来の王となる御子である。めでたい事だと、我が家でも祝辞をしたためた書状と共に、祝いの品を先に送っておく。
正式な第一王子殿下のお披露目でご尊顔を拝見したが、とても可愛らしい御子だった。王妃様の御子だ。将来素晴らしい国王になるのだろう。そう思うと、今から楽しみでもあった。
けれど、心配なことが一つある。
それは、王妃の懐妊に合わせて子供をもうけた高位貴族家に、女児が一人も生まれなかったことだった。どの家も皆、王妃の懐妊に合わせて子供を産んでいる。なのに生まれたのは男児ばかりで、女児がいないのだ。さらには、伯爵家の方にも女児は産まれていないという。そのことが少し気掛かりでもあった。
そして、一年後。再び王妃の懐妊が知らされた。
本当ならば、もう少しエレノアとの生活を楽しんでいたかった。何せ出産は命がけなのだ。身体の弱いエレノアは、もしかしたら出産で命を落としてしまうかもしれない。そう思うと、安易に子供を持つという判断が下せないでいた。
しかし、さすがにそろそろ我が家も王家に合わせて子供を作らないと、周囲から不審に思われるかもしれない。だからこそ、断腸の思いでエレノアに告げた。
「エレノア、そろそろ我が家も子供をもたないと、不審に思われるかもしれない」
「ええ、レオ様。わたくしは、いつでも覚悟はできておりましてよ」
「……すまない」
――ああ、エレノアは何と強い女性なのだろう。
命懸けの出産になると分かっていながら、それでも微笑んで了承する姿を見て、心が痛かった。
だからこそ、余計に。
――妻が命懸けで出産してくれる子供を、守らなければ。
そう思うのだ。
「エレノア、王妃様の第二子とは同じ学年にはならないよう、少し間を設けよう」
「あら……」
「他の貴族より遅れての出産となるが、構わないだろう。何せ子は授かり物だからな」
「まあ、ふふふ。レオ様、その通りですわね」
笑みを浮かべながらそう告げると、自分の意図するところを察したのかエレノアもころころと笑う。
他の貴族たちが我が家よりも先に子供を産んでくれれば、その分、我が家に目を付けられるのを防げる。
そう考えていた。
しかし。
「嘘だと言ってくれ……!」
王妃は無事、第二子を出産した。またしても王子殿下で、そのことは喜ばしい。喜ばしいのだが……。
「どうして高位貴族に女児が生まれないんだ!!」
「困ったわねぇ」
そう、またしても、高位貴族の家に女児が生まれなかったのだ。今回はかろうじていくつかの伯爵家で女児が生まれたようではある。しかし、王太子の婚約者ともなると侯爵・公爵家以上と決まっていた。つまり、伯爵家では身分が足らないのだ。
「……嫌な予感しかしない」
「まあまあ、レオ様。その時なったら考えましょう?」
膨らんだお腹を愛しそうに撫でながら、エレノアはおっとりと笑う。その可愛らしい表情に癒されながら、そうだな、と頷く。
――いけない、エレノアの言う通りだ。今はエレノアが無事に出産できることに全力を注がなければ。
一先ず王太子の婚約者という問題は先送りにする。……現実逃避したとも言うけれど、今はもう、先のことは考えたくなかった。
そうして、数ヶ月後。子供が生まれた。
「エレノア、お疲れ様。本当に、お疲れ様。大丈夫かい? 辛いところはないかい? ありがとう、よく頑張ってくれた。あとはこちらに任せて、君は自分の身体を一番に考えてくれ」
子供の性別よりも何よりも、妻も、子供も無事だった。そのことが、神に感謝の祈りを捧げてしまうほど嬉しかった。生きている。妻が、自分を見て笑っている。もう、そのことが嬉しくて仕方がなかった。
けれど。
「あらあら、レオ様ってば。うふふ、そんなに泣いていると、娘の結婚式の時は大変ですわね」
「君も子供も無事だったんだ! これが泣かずには……待ってくれ。いま、なんと?」
何だか嫌な単語が聞こえた。気のせいだったと思いたい。頼む、気のせいだと言ってくれ! そんなことを願いながら、引き攣った表情で最愛の妻を見つめてしまう。なお、エレノアが心配でべしょべしょに泣いていた涙は引っ込んだ。
「うふふ、可愛い女の子ですって、レオ様」
「…………ああああああ!!!!!」
「あらあら」
ふふ、と可愛らしく笑っているエレノアはまさしく可憐で可愛いが、それよりも、娘!? 念願の子供が、娘!?? と、そちらのショックの方が大きかった。
いや、嫌な訳ではない。女児でも男児でも、エレノアが命懸けで産んでくれたのだ。それだけで自分にとって可愛い子供に違いない。
しかし、状況を考えて欲しい。
――現状、王太子殿下の婚約者になれる高位貴族の家に、女児は一人もいない。
そんな状況で、娘が生まれた。
そして、我がフローレンス家は公爵家だ。
つまり――。
「すまない、エレノア! 根回しに行ってくる!!」
「うふふ、いってらっしゃい、レオ様」
出産という大仕事を終えた妻にずっと寄り添っていたいのは山々だが、それよりもやらなければならないことができてしまった。
――絶対に、娘を王家に渡してなるものか!!
そう心に決め、領地で隠居していた両親を呼び戻し、その対策に走り回ることになった。
王太子殿下の婚約者候補に、という話が出ないよう、妻の身体が弱いことを理由に「娘は我が家を継ぐ」と周囲に示し、我が家なりに王族との縁談を避けてきた。
それでもやはり王家から打診はあったが、事前に周囲に示していたことを理由に、出来れば他家から婚約者候補を、と言っておく。絶対に嫌だとは言えないが、それでも出来る限りの予防線は張っていた。
高位貴族の家からも、これで王太子殿下の婚約者候補の件は安心ですね、と笑顔で圧力をかけられるたびに、レオナードも笑顔で「うちの子は跡取りですよ」と暗に王家にはやらないぞと返す。バチバチと水面下で火花を散らす高位貴族に、伯爵家以下はビビり散らしていたようだが、そこは申し訳ないとは思っている。しかし、レオナードとしても娘を守るために必死だったのだ。
そして、王家とのやり取りが続いていた数ヶ月後、レオナードの元に嬉しい報せが届く。
「ローゼンベルク公爵家に女児が生まれたのか!?」
その報せを聞いたときは、両親と共に喜んだ。エレノアは娘――シルフィアを抱っこしながら、朗らかに笑っていた。
これでシルフィアを王家に差し出さなくて済む。そのことに安堵した。その後、議会での話し合いでローゼンベルク公爵家のご令嬢を王太子殿下の婚約者候補にという話でまとまった。
そしてシルフィアはフローレンス公爵家の跡取りだと明言していたので、我が家の嫁に、などと馬鹿を言う家はなかった。いたら全力を以て叩き潰していたところだった。これでもう、憂いはない。
そう、思っていたのだが……。
――その馬鹿が、いた。
シルフィアが10歳を迎えた頃。
なんと、王命で第三王子の婚約者にシルフィアを指名してきたのだ。あれほどフローレンス公爵家の跡取りはシルフィアだと言っていたのに。しかも、王太子殿下の婚約者候補でさえ辞退していたのに、なぜ第三王子? そう思っても仕方がないだろう。
「……仮に第二王子殿下ならば、まだ分からなくもない。王妃様の御子でもある。王子妃になるとしても、我が家の条件を――生まれた御子をフローレンス公爵家の養子にするという条件を飲んでくれるのならば、受け入れる余地はある」
「そうねぇ。シルフィちゃんがお嫁に行ってしまうのは寂しいけれど、その条件でしたらギリギリ許せるものねぇ」
「ああ。だが……、側妃が生んだ第三王子だと? しかも、側妃は元男爵令嬢だぞ? 礼儀もマナーもなっていない、そもそもまともな会話をすることもできない、国王陛下に媚を売るしか能がないあの娼婦のような女の、そんな息子の妃に、愛娘を差し出せと? しかも、王妃様も、議会も通さず、側妃の我が儘で? 国王陛下が独断で、王命を出したと??」
グシャっと。
国王からの書状が手の中で潰れる。
「よし、……潰すか」
低い声が出た。しかし、それも仕方がない。何せ愛娘の危機である。
「あらあら、そうだったのね。困ったものねぇ」
うふふと笑っていない目で笑っているエレノアも、やはり思うところがあるのだろう。温和なエレノアを怒らせるとは、さすが王妃に仕事を全て取り上げられることとなった愚王だと、レオナードもまた口元を歪ませて嗤うしかなかった。
すでに王命として発令されてしまったものをすぐに取り消すことはできない。それが分かっているから、これから婚約の解消に向けて動いていかなくはならず、そのことに深い溜め息を吐き出した。まずは王妃と議会に連絡をしなくては。そう考え、レオナードは動き出すのであった。
そして、シルフィアと第三王子との顔合わせの日。
正直なところ、第三王子の噂を聞いたことがなかった。何せ母親の側妃がやらかしまくっているので、噂は主に側妃のことしか上がってこない。だからどういう子供なのか分からなかった。もしもシルフィアが第三王子を気に入ったなら、フローレンス公爵家に婿入りするという形であれば、受け入れてもいいと思ってはいた。
けれど、結局のところ蛙の子は蛙だった。
「こんなブスが俺の婚約者かよ!!」
礼儀作法に優れ、いつも柔らかな微笑みを浮かべる儚げな容姿から、娘は『妖精姫』と呼ばれている。そんなレオナード自慢の愛娘を、ブスというとは。いや、そもそも初対面の女性に、しかも自分の婚約者に向かってそんな言葉を投げつける人間が、娘の婚約者にふさわしい筈がない。
なので、レオナードは誓う。
――このクソガキに、絶対に娘は渡さない、と。
そして、帰宅してからのシルフィアは開口一番こう告げた。
「お父さま、わたくしはあんなのと結婚したくありません」
自分の娘が正しく育っているようで安心した。あんなクソガキでも王命なら……、と王子妃になることを受け入れるようであれば、直ちに領地にいる両親の元に送って「心の病が」とでも言って隔離しなければならないところだった。そうならなくて良かったと、レオナードとしては一安心である。
シルフィアは愛する娘に変わりはない。けれどレオナードはフローレンス公爵家の当主である。フローレンス公爵家として、側妃腹の第三王子との婚姻はありえない。どうしてもと言うのなら、第三王子がフローレンス公爵家に婿入りする。これくらいしか妥協出来ない程、不味い相手なのだ。
フローレンス公爵家から第三王子妃を出してしまったら、明らかに王妃派と対立することになってしまう。だからこそ、シルフィアが王子妃になることを受け入れなくて良かったと、心の底から安堵した。
代々中立派を貫いていたのに、本当にあの国王はいらないことを仕出かしてくれたものだ。そう考えると頭が痛かった。
「もちろんだよ。シルフィをあんな愚者に嫁がせるわけにはいかないからね」
「シルフィちゃんをブスやババアと呼ぶなんて。躾けのなっていない子供には、婚約はまだ早すぎだったのではなくて? ねえ、あなた?」
「そうだね、あんな子供に婚約なんて百年早いと、国王に抗議をしておこうね」
笑顔でうふふとあははと笑い合いながら、怒りの手紙をしたため、早急に国王に渡すようにと使いを出す。
それから、シルフィアにはあったことは逐一報告するように告げて、その都度、国王に対して抗議をするのであった。
しかし。
――暴言だけでは飽き足らず、私の愛娘に暴力を振るうとは。あのクソガキ、よほど物理的に処分されたいらしいな?
将来的に、絶対に痛い目に遭わせてやる。そう誓うレオナードであった。
その後、妻のエレノアを通して筆頭公爵家のローゼンベルク家と水面下でやり取りをして、フローレンス公爵家は密かに王妃派に入ることにした。このまま中立派でいても良いことはない。それどころか、王妃派からは側妃派に見られ始めている。あんな女の派閥に入った覚えもなければ、仲間と見做されるのも反吐が出る。それに側妃派になったところで、待っているのは破滅の道だけだ。なので、エレノアや領地にいる両親とも相談した上で、王妃派に入る結果となった。代々中立派にいた我が家だが、もうそれしかフローレンス公爵家が生き延びる方法がなかったというのもある。
――本当に、余計なことしか仕出かさないな、あの愚王は!!
そう、怒り狂うレオナードであった。
それからは、ローゼンベルク公爵家と手を組み、せっせと側妃の不正、第三王子のやらかしの証拠を集めていた。
◇
そうして、第三王子とシルフィアが婚約してから約8年後。
「シルフィア・フローレンス! 俺様はお前との婚約を破棄する! そして、俺様はミアと結婚する!」
バカ王子の宣言と共に、全てが終わりを迎えたのである。
なぜ己の愛娘が婚約破棄を宣言されなければならないのだ。そんな怒りはあるが、それでもやっとシルフィアが解放されたと思えば、まだ我慢できた。
それに。
「我がフローレンス公爵家は国王陛下の退位を求める。元々王妃様の許可も得ず、議会の承認も得ずに我が娘シルフィアを第三王子の妃にと無理矢理王命で婚約を結ばされたのだ。フローレンス家としては、王太子殿下の婚約者候補を断ってまで、我が家の跡取りだと宣言してきた。それなのに、国王陛下はよりにもよって第三王子の妃に我が娘を差し出せと王命を出した。もはや国王陛下に対する忠はない」
思いの丈を国王に直接ぶつけることができて、少しすっきりしたというのもある。
絶対零度の視線で睨みつけながら告げれば、国王は真っ青な顔をして俯いた。この愚王、フローレンス公爵家が王太子の婚約者候補を断っていたことすら忘れていたな? レオナードはそれを悟ってしまい、さらに冷ややかな目になったことは言うまでもない。
長年にわたり側妃の我が儘を許してきた国王は、各方面からの圧力に屈し、自ら王位を退くと告げた。もっとも、駄目押しの王妃の一言が効いたのだろうということは、一目瞭然だったけれど。
あとは側妃を処分し、第三王子の処遇も決まれば、もう大丈夫だろう。
――シルフィアが第三王子の婚約者となってしまってから8年。……長かった。
きっと、それを一番実感しているのはシルフィア本人だろう。
だからこそ、レオナードは笑顔で愛娘を労わった。
「お疲れ様、シルフィ。長い間、すまなかったね」
「とんでもございませんわ、お父様。お父様やお母様が常にわたくしの味方をしてくださっていたのですもの。辛いことなんてございませんでしたわ」
うふふ、と笑う表情はエレノアそっくりだ。
巷では妖精姫と囁かれているが、シルフィアの内面が自分に似ていることは分かっている。けれど、肝心なところで優しさが出てしまうのは、そこはエレノアに似てしまったのだろう。
「それにしても、大人の世界というものは厳しいものでしたのね。わたくしは社会的抹殺だけでよろしいかと思いましたが、まだまだでございましたわ」
ふう、と溜め息を吐いて告げるのは、第三王子やその他王族のことだろう。
確かに、フローレンス公爵家の当主となるなら社会的抹殺だけで終わるのは甘すぎる。けれど、それはこれからゆっくりと学んでいけばいい。
何せ――。
「それは仕方がない。シルフィは王子妃教育を受けながらの、並行しての当主教育だったのだから。全部完璧にこなせなくて当たり前だろう」
「そうよ、シルフィちゃん。もうすぐ学園も卒業ですけれど、しばらくはレオ様について、学んでいけば良いと思うわ」
「はい、お母様。お父様、ぜひ宜しくお願いいたしますわ」
「もちろんだよ。私が引退してシルフィが当主となった時も、困ったことがあれば頼ってくれて構わないんだよ」
それが、当たり前のことなのだから。
レオナードだって始めから全て上手く行っていたわけではない。当主を継いでしばらくのあいだは、父に補佐をしてもらっていたこともある。今だって何かあれば相談に乗って貰っていた。それが悪いことだとは思わない。全部が全部当主が決めていかなければと気負ってしまえば、視野狭窄になってしまうかもしれないからだ。
だから。
「頼るべきところは頼る。私もいまだに父上を頼ることもある。それでいいんだよ、シルフィ」
「お父様。……ええ、分かりましたわ」
レオナードの言葉にシルフィアは嬉しそうに微笑む。エレノアもそんなシルフィアを見て、嬉しそうに笑っていた。
レオナードは大きく息を吐く。
やっとエレノアもシルフィアも、平穏に過ごすことが出来るようになった。
――あの日、エレノアがシルフィアを産んでくれたとき。
妻も娘も無事だったことが、何よりも嬉しかった。そして今、二人は自分の隣にいる。
レオナードは、それだけでもう十分幸せだと、頬を綻ばせるのであった。




