一 今のわたしは③
わたしは希湖と一緒に廊下を歩き始めた。わたしは演劇部のため多目的室。希湖は手芸部のため被服室。それぞれ隣り合っているのだ。
「そういえば、そろそろ演劇部から衣装の注文がくるころかな。」
希湖がふとそう言った。
「そうね。もう明日から六月になるものね。」
わたしの学校では夏休み明けすぐに文化祭がある。そのための準備がそろそろ動き出す頃合いである。演劇部でも文化祭公演に向けてGWに集中練習、オーディションを行い、練習が活発になってきている。手芸部には毎年、その演劇部の衣装製作をお願いしている。手芸部にはコスプレを趣味としている人たちも多く、その出来栄えは商品化できるレベルではないかと思っている。
「あぁ~今年は早めに自分の作品作り終わっておかないと~。」
希湖はそう言って背伸びをした。手芸部も文化祭では作品展示や小物販売などを行うので、けっこう忙しいのだ。そんな中、演劇部の衣装を作ってもらうのは申し訳ない気持ちもするのだが、希湖に言わせると「コスプレはモデルに着られて動いてこそ輝くの!」とたいそう盛り上がるらしい。
「今年もカリンちゃん人形のお洋服作るの?」
とわたしが聞くと、希湖は大きくうなずいた。カリンちゃん人形とは、子供向けの着せ替え人形である。しかし、スレンダーなモデル体型が手芸好きの心をくすぐるそうで、聞くところによると、手作り衣装を着せている方がけっこういるそうだ。
「今回は和装テイストにするんだ~。」
「それはいいわね。楽しみにしているわ。」
そして希湖のデザイン案を聞いているうちに、多目的室に着いてしまった。
中に入れば、すでに何人かが来ていて自主的にストレッチをしたり発声練習をしたりしていた。
すれ違いながら挨拶をして、奥の壁際に鞄を置いたところで「優姫先輩ッ!」と後ろから抱きしめられた。
首を回してみれば、やっぱり演劇部の後輩の育だった。わたしの背中から腰に手を回したまま、上目遣いで見上げてくる様は、小さな子犬のようだ。ボーイッシュにカットされた黒髪からもふもふした耳が生えているように錯覚してしまう。
「優姫先輩、今日も可愛いですね!今日は自分とペア練なんで、よろしくお願いしますッ!」
そう言いながら離れると、にぱーっと笑ってくれる。今度は背中からブンブンと振られるシッポを連想してしまった。
「育ちゃん、こちらこそよろしくね。」
「はいッ!」
そして、元気な返事とともにわたしにまた飛びつこうとしたところで、首根っこをむんずとつかまれた。
「育、距離が近い。パーソナルスペースを考えろって、いつも言ってるだろ。」
そう言って育をつかまえているのは、演劇部先輩であり部長であり、この育の兄でもある新だ。 切れ長の目で困ったように妹を見つめている。
「すまんな、いつも育がうるさくて。不快だったら、思い切り突き飛ばしていいんだからな。」
「いえいえ。育ちゃんは可愛いですよ。新先輩がうらやましいぐらい。」
わたしがそう言うと、育はまたとっても明るい顔になった。新は育の首から手を放してため息をついた。
「そんなこと言うと、調子に乗るからやめてくれ。俺に気を使わなくていい。」
「あら、本心ですよ。新先輩が部長だから言っているのではありませんよ。」
「優姫先輩ッ!大好きッ!」
そう言うと、また育が抱き着いてきた。それを見て、またため息をつく新。
「もうすぐ練習だから、ほどほどにしろよ。」
「はぁい。お兄ちゃん。」
「ここでは、新部長、だ。」
新はむすっとしつつ、わたしの肩を軽く叩くと、練習を開始するため部屋の中央に立った。
でも、本当に育のことは子犬、じゃなくて妹のように可愛く思う。初対面の時「自分、優姫先輩に憧れて入りました!」とわたしの手を振ってぶんぶん振ってくれた。それからというもの、彼女はこうして毎回ストレートに好意を伝えてくれる。その素直さが、わたしには好ましく思える。他の人に対してもあかるく好意的に接しており、もはや演劇部のムードメーカーと言ってもいいくらい。さすが”ごぎげん”といったところか。
「―――それじゃ、今回の部活のメニューは以上だ。質問、連絡のあるやつはいるか?」
新がざっと部員を見回して、誰からも挙手のないことを確認する。
「はい、それでは練習か、か、あ、は」
新が大口を開けたまま、言葉を詰まらせ始めた。部員たちは、さっと手で耳をふさぐ。もちろん、わたしも。
「はぁぁぁぁぁっっっっっくっっしょぉぉぉぉん!!!!・・・・・・すまない、練習開始!」
新は手で口を押さえつつ、気まずそうに号令をかけた。でも、もうこのバカでかいくしゃみにも慣れたもので、みんな「気合入ったな!」「さすがくしゃみ部長!」とフォローなんだかいじりなんだか、わからない合いの手をいれている。
こんな形で”くしゃみ”の因縁がつけられていて、新には少し気の毒に思う。
わたしは改めて育と向き合うと「よろしくね」と笑いかけた。
育も「はいッ」と元気よく返事をしてくれた。
それから発声練習をして、短いセリフのかけあいをして演技指導をしたら、文化祭で行う演目の練習だ。
題名は『星の姫とさらわれた騎士』。ジャンルとしては冒険活劇となるだろうか。主人公の姫が大妖精にさらわれた婚約者の騎士を助けに行くというのが主軸だ。その道中で仲間を増やしたり、邪魔をしてくる妖精たちを退治したりするという展開がある。
文化祭公演は、三年生の引退公演でもあるので、主役どころは三年生が担う。一、二年生も、校内で行われる公演なのでどんなに出番が短くても一人一役はもらえる。その分、大道具も小道具も部員全員で作る。衣装だけ例外的に手芸部に頼んでいるという形だ。
わたしもGWのオーディションで姫の邪魔をする妖精の役をいただいた。中ボスくらいの強さ、という設定なので、それなりに出番が長い。でも今日の練習では序盤から仲間が増えるところまでぐらいをやる予定だから、わたしは新たちの演技をじっくり見ることにした。
きりっとした佇まいでさらわれる騎士を演じる新。短髪黒髪で身長が高いので、ビシッと立っているだけでも様になっている。
新演じる騎士は大妖精に眠り薬を入れられ、妖精の従者に担がれていってしまう。姫は後を追いかけようとするが、衛兵に止められてしまう。そこで、夜中に違う派閥の妖精の力をかりて騎士の姿になり、こっそり城を抜け出す。そして、旅の途中でさすらいの魔術師などに出会って仲間になってもらう。
セリフや立ち位置など細かく詰めるところはあるが、大筋としてはできてきたところで、下校のチャイムが鳴った。
「お疲れ様でした!」
今度はくしゃみをすることなく、新は部活を締めた。みんな一斉に荷物をまとめはじめる。
「優姫先輩ッ!一緒に帰ってもいいですか!?」
「ええと、希湖と涼也もいるけれど、それでもいいなら。」
『涼也』と言った瞬間、育のみけんに少しだけしわができたけれど、すぐ笑顔にもどって「優姫先輩と一緒に帰れるならいいです!」と答えてきた。
「新ぶちょーも一緒に帰りますよね?」
育のわざとらしい部長呼びに、新はむっとした顔になったけれど「俺はいい」と答えた。
「自転車もあるし、そんなに大所帯で歩いたら迷惑だろ。」
新は自転車通学だ。理由は体力をつけるためだそうだ。将来は劇団に所属したいとも考えているらしく、そのために努力をしている姿は尊敬する。一方の育は電車通学なので、わたしたちと途中まで帰り道が一緒になる。
「んもー。三年生は文化祭で引退ですよ?可愛い後輩と一緒に帰れるのも、あと少しですよ?いいんですか?いんですかッ!?ねえ!?優姫先輩も新ぶちょーと一緒に帰りたいですよね!?」
なんでわたし!?
育が新に詰め寄りながら、ぐるりんと首を回してわたしをじっと見ている。
こういう時、こういう時って、”白雪姫”ならなんて答えるのだろう。
「そう、ですね。確かに、新部長と一緒に帰れたら楽しいですけど、でも、部長のおっしゃることもその通りですし、きっと、まっすぐお家に帰ってやりたいこともあるでしょうし・・・。」
そこでいったん言葉を切って、新を見る。
新はガシガシと片手で頭をかきつつ言った。
「ま、そういうことだ。俺は自転車で帰る。また今度誘ってくれ。」
そして「おつかれさん」と育、わたしと頭にぽんと触れてから多目的室を出て行った。
育は「いつもそうやって逃げるんだから・・・こっちも素直じゃないし・・・」と頬を膨らませていたが、すぐにわたしの腕をとって「ま、しょうがないですね。帰りましょう!」と明るく言った。
多目的室を出ると、ちょうど希湖も出てきたところだった。
「お疲れ様ですッ!希湖先輩ッ!」
育はわたしの腕をとったまま、軽く頭を下げた。
希湖は「お疲れ様。育ちゃんは今日も優姫にべったりね」とほほ笑んだ。
そして、わたしたちはそのまま涼也と待ち合わせしている正門まで歩き始めた。
育とは何度も一緒に帰っているので、希湖とも顔見知りだ。育の素直なところを希湖も気に入っているようで、今も最近のドラマの話題などで盛り上がっている。
ただ、心配なのが育と涼也の関係だ。
正門近くに立っている涼也の姿が見えてくると、わたしの腕をつかむ育の手の力が少し強くなった。
涼也が気づいて声をかけてくれる。
「おつかれ~って、忠犬まで一緒かよ。」
「人を犬呼ばわりとは失礼ですね!」
わたしも育に対して『子犬』という感想をもっているので、内心ドキッとする。
「わたしは優姫先輩の可愛い後輩第一号です!」
「それを言うなら、うるさくてしつこい忠犬一号だろ」。」
「だから犬じゃありません!」
「そうだよ~涼也君、育ちゃんは犬じゃないよ~。まあまあ、とりあえず、歩こう?ね?」
涼也がおちょくり、育がきゃんきゃん反抗し、希湖がなんとなくなだめる。
この四人で帰ると、こういったパターンができてしまった。
なんとか育も落ち着いたので、わたしと育とで並んで先に歩く。後ろで希湖は涼也と並んで歩いて、少し顔を火照らせている。
先ほどのドラマや俳優の話題でわいわい喋りながら歩くと、あっという間に駅前の通りまできてしまった。ここで希湖と育とは別れる。希湖は駅前の塾へ、育は電車で帰るためだ。
両手を頭の上でぶんぶん振って「優姫先輩さよーならー!」と見送ってくれる育に同じように手を振り返す。希湖も「優姫、涼也君、また明日ね」と笑いながら手を振ってくれた。
そして涼也と家へ帰る。朝みたいに曲がり角のところでお互いの家の方向へ別れる。




