親愛なるマスターへ
拝啓
お久しぶりです、マスター。
店を辞めてから、世界を淡々と巡っていました。
西へ旅をしていた時、とある街で一人の露天商に出会いました。 その露天商は、人をイメージした香水を作る調香師でした。
曰く、「普通の香水を売るよりも、その人の生きてきた人生を香りで表現する方が面白い」とのことでした。
その時、昔マスターにマティーニのレシピを教えてもらったことを思い出しました。
「マティーニのようなシンプルなカクテルには、そいつの人生が宿っている。」
その言葉は、何の思いも込めずカクテルを作り続けていた当時の私の人生に、終止符を打たせてくれました。
あの頃の私は、ただ金を稼ぐことしか考えていませんでした。 けれど、稼ぐことが目的ではないことを、今ようやく理解しました。
マスターも露天商も、誇りのある仕事にこそ価値が宿るのであって、価値をつけるために仕事をしているのではないのですね。
そこで私も、誇りを持てる仕事をしようと考えました。
それは、全てがオーダーメイドのカクテルを作るお店です。 世界各地を旅した記憶や思い出をカクテルに。 お客様の人生を聞き、それを一杯のカクテルに込めるのです。
お店がオープンしたら、ぜひいらしてください。 旅の思い出をカクテルとして提供します。
そして、私の人生そのものを込めたカクテルを、マスターに捧げたいと思います。
P.S. 私のイメージの香りはメチルベンゾジオキシエピノンというもので、少し青さのある人生を表しているとのこと。 もし私がマスターの香りをイメージするなら、アンバーノートですね。上品でありながらどこか野性味のあるその姿にぴったりだと思います。
敬具




