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第一話 少年と少女は出逢う

闇を覆う天蓋に星々だけが瞬き、黄金の天体のない夜。


川のほとり、大きな岩場に立つ女がひとり。


うねる白銀の髪が風に靡く。

素朴な飾りのないワンピースに素足だというのに、美しい顔と肢体のせいで神話の物語の女神のように見えた。

唇からこぼれるのは旋律――夜を震わせるような歌声。


その声は甘く、切なく、胸を締めつける。

声が止むと死んでしまうかのように、時に激情を、時に美しい思い出を、切れ間なく紡いでゆく。


少し離れた洞窟の焚き火の前で。

大きな耳と尻尾を持つ獣人の壮年の男、アシュル。そして青年にさしかかるか否かというくらいの少年、テオがその姿を見つめていた。


「……姫様は、新月の夜にだけ歌を」

アシュルの声は短く低く響く。


テオは美しい普段とは全く違う姿の彼女に目を奪われながら問う。

「どうして、歌を……」


「姫様は千年生きる『言の葉の魔法使い』。

新月は大人の姿に戻り、魔力が強くなると言う。そして、姫様が力を込めた言葉は全て魔法になってしまう。

だから、月が隠れる夜……言葉を封じ歌うそうだ。過ちが、起こらぬよう」


アシュルはその美しい光景を眉を顰めながら教えた。いつも優しく見守る彼が珍しく感情的に見えた。


テオは何故か胸がいっぱいで、喉が詰まりそうだった。

姫ーーエリオラの姿は少年の知らない姿だった。


月明かりのない夜空の下の彼女の姿は見慣れぬ大人の姿で、そして…人ならざるもののようで。

それでもあまりの美しさにどうしても目を逸らすことができない。


胸を焼くこの気持ちに名はないのかもしれない。少なくとも少年、テオはまだ知らなかった。

ただ、その歌声と姿は、切実で苦しげで。どうやっても目を離せないのに、見てはいけないように思った。


アシュルはそんな少年を横目に見やり再びエリオラの方へ視線を戻した。

その瞳に浮かぶのは、見守ることしかできない者の狂おしいほどの愛おしさ。

言葉にすれば壊れてしまう想いを胸に抱き彼もまた祈るように姫の歌を聞いていた。


エリオラは歌い続ける。

切実に激しく鮮烈に。

彼女自身を、運命を、ほんのひととき忘れたかのように。


◇ ◇ ◇


小さな村はいつもの日々を繰り返していた。


テオは大人に混じって荷を担ぐ。

背丈に合わない荷の重さに、食い込む縄に肩の肉が抉られてじくじくと痛む。

監督の男が怒鳴った。


「さぼるなよお!テオ!」


賃金は安い。仕事は苦しい。孤児の彼は村の厄介者だ。それでも、厳しい仕事を大人に混じってする事で食い繋いでいた。


そのときざわめきが走る。

「……随分と大きいな」

「アレが例の美しい旅人か……」


視線の先には、マントの下できらめく銀の三つ編みを背に流した美しか小さな少女と、彼女を肩に乗せ剣と弓を携えた巨躯の狼獣人。

村人たちの噂話が広がっていく。


「どこかの姫だとか」

「あの従者と共に旅しているらしい」

「魔法が使えるという噂だ」


テオは一瞬、見惚れてしまったがすぐに視線を逸らした。


――自分には、関係ない。


苦しい仕事を終え、くたくたの体で向かった先は村の中でも一番小さなパン屋。


この店はたった一人のおばあさんがやっている。唯一この村でテオに寛容な人だ。


「いらっしゃい、テオ」

「……黒パンを半分」


受け取ったパンはいつも通りで、でも温かかった。一番安いそれをいつも少し多めに切ってくれる。

けれどおばあさんは、ぽつりと口を開いた。


「……ごめんねえ。実はそろそろ店を閉めようと思うんだよ」


「えっ……どうして」


「本当にごめんねえ…私もお店を続けたかったんだけどね…。

お医者さんがこの前の疫病で後遺症でそのうち目が見えなくなる、っていうんでね…。

店を締めて大きな町の救世院に世話になるしかないかと思っていてね」


テオは言葉を失った。

数か月前に流行った疫病。よく知らないが、とある高名な賢者が全て消し去ってくれたという。幸運にもテオはかからなかった。


だが、村でかかったひとたちの一部はその後遺症で目が見えなくなる人もいた。


おばあさんは悲しそうに笑った。

「救世院は、あまりいい噂もなくて恐ろしいけどね。……もっと店を続けて貯める予定だった老後のお金もなくてね」


テオの視界が滲んだ。

唇を噛み、涙をこらえる。


「…ずっと買いにきてくれてありがとうね」


テオは言葉もなく勢いよく頭を下げ、店を走って出た。

走って、走って、転んで、それでも袋に入ったパンだけは守った。立ち上がって涙を拭う。拭っても拭ってもこぼれてきた。


おばあさんがいてくれたから、きっと自分は生きてこれた。パンを売ってくれ笑ってくれた。こっそり読み書きを教えてもらった。

だが…いつも一番安い黒パンを半分しか買えたことはなかった。そして何もテオに出来ることはきっとない。


彼は無力な自分に腹が立ち悔しさで立ち止まりそうになった。でも泣きながら歩いた。


その背に、鈴のような声がかけられた。


「……泣いているの?」


振り返ると、昨日の夜に見たあの少女――エリオラが立っていた。

夕日の光を受け銀の髪がまばゆく輝く。

自分より小さいのに、ちぐはくに悲しそうな大人びた微笑みを浮かべていた。


初の長編作品です。最後までストーリーは書き切ってあります。もしよろしければブックマーク、感想、反応をお願いします。

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