第 9 話「評議会の招待」
統合評議会議事堂は、これまでにない緊張感に包まれていた。
十一の席すべてに評議会メンバーが着席し、中央の水晶タワーからの光が不安そうに揺らいでいる。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
コルヴァン首席長老が重い口調で会議を開始した。その表情には、500 年間抱え続けてきた重荷の影が濃く刻まれている。
「本日は、私が長年隠し続けてきた真実をお話しする時が来ました」
慎一は席に座りながら、評議会メンバーたちの表情を観察していた。テクニカの機械的な冷静さ、エルダの不安そうな眼差し、マーカスの警戒心、そして他の代表者たちの困惑。
「まず、田村管理者にお聞きします」コルヴァンが慎一を見つめた。「アルディアでの試練はいかがでしたか?」
「貴重な学びを得ました」慎一は答えた。「特に、ヴォイダス前管理者との比較について考えさせられました」
「そのヴォイダス様について...」コルヴァンは深く息を吸った。「実は皆様にお話ししなければならないことがあります」
議事堂に静寂が流れた。
「ヴォイダス様の失踪は...我々の責任でもあったのです」
その言葉に、評議会メンバーたちがざわめいた。
「どういう意味だ?」マーカスが立ち上がった。「ヴォイダス殿は突然姿を消されたのでは?」
「それが...表向きの説明でした」コルヴァンは苦しそうに答えた。「真実は異なります」
テクニカが前に身を乗り出した。
「首席長老、詳細な説明をお願いします」
コルヴァンは杖で床を叩き、空中に映像を映し出した。
500 年前のネクシス。今よりもさらに美しく、完璧に秩序立った都市の姿が現れた。
「ヴォイダス様の統治時代、多元宇宙は史上最高の平和を享受していました」
映像の中で、若いコルヴァンがヴォイダスと共に歩いている場面が映った。二人は親しげに議論を交わしていた。
「しかし、時が経つにつれて、ヴォイダス様は変わっていかれました」
映像が変化した。ヴォイダスの表情が次第に冷たくなり、他者との交流が減っていく様子が描かれた。
「完璧な論理による統治を追求するあまり、感情的な要素を排除するようになられたのです」
慎一は息を呑んだ。アルディアで聞いた「完璧すぎる調和」の意味が、より具体的に理解できた。
「私たちは最初、それを管理者としての成長だと思っていました」コルヴァンの声が震えた。「しかし、やがて気づいたのです。ヴォイダス様が人々の心を理解できなくなっていることに」
エルダが悲しそうな表情を浮かべた。
「それで、どうされたのですか?」
「我々は...話し合いを申し入れました」コルヴァンは続けた。「ヴォイダス様の統治方針について、感情的配慮の必要性を訴えたのです」
映像が最後の場面を映し出した。統合評議会でヴォイダスと他のメンバーたちが激しく議論している場面だった。
「しかし、ヴォイダス様は我々の意見を『非論理的な感情論』として退けられました」
「そして?」慎一が促した。
「最後の会議で、ヴォイダス様はこう言われたのです」
コルヴァンの声が途切れそうになった。
「『君たちには失望した。完璧な論理を理解できない者たちと、統治を続けることはできない』と」
議事堂に重い沈黙が流れた。
「その夜、ヴォイダス様は姿を消されました。後に残されたのは、『論理の極致に達した者は、孤独を選ぶしかない』という言葉だけでした」
テクニカが震え声で尋ねた。
「つまり、我々がヴォイダス様を追い詰めてしまったということですか?」
「そうなります」コルヴァンは深く頭を下げた。「500 年間、この罪悪感を抱えて生きてきました」
慎一は複雑な気持ちでその告白を聞いていた。
ヴォイダスの失踪は、完璧すぎる論理が招いた孤立の結果だった。そして、それを止めようとした評議会の行動が、かえって彼を追い詰めてしまった。
「しかし、それだけではありません」コルヴァンが続けた。「最近の境界不安定化について、テクニカから報告があります」
テクニカが立ち上がり、新しいデータを表示した。
「境界エネルギーの変動パターンを詳細に分析した結果、これは自然現象ではありません」
複雑なグラフが空中に浮かんだ。
「この規則性は、明らかに人工的制御の痕跡です。そして、そのパターンは...」
テクニカは一瞬躊躇した。
「ヴォイダス様の境界術と一致します」
評議会メンバーたちが一斉に息を呑んだ。
「つまり、ヴォイダス様が帰還の準備をされているということですか?」ユーリエが震え声で尋ねた。
「可能性は高いです」テクニカが頷いた。「そして、田村管理者の召喚も、その計画の一部かもしれません」
慎一は自分のことが話題になっているのに気づいた。
「私の召喚も、ヴォイダスの計画?」
「はい」コルヴァンが重々しく答えた。「おそらく、ヴォイダス様は自分と同じタイプの後継者を求められたのでしょう」
「同じタイプ...」
慎一は恐怖を感じた。自分がヴォイダスと同じ道を歩む可能性があるのか?
「しかし、ここで重要な決断をしていただく必要があります」コルヴァンが慎一を見つめた。
「どのような決断ですか?」
「田村管理者、あなたは今、選択の岐路に立っています」
コルヴァンは立ち上がった。
「一つは、ヴォイダス様と同じ道を歩むこと。完璧な論理による統治を目指し、感情的要素を排除する道です」
「そして、もう一つは?」
「我々と共に、新しい統治の形を模索すること。論理と感情を統合した、真の調和を目指す道です」
慎一は考え込んだ。
これまでの経験が頭の中を駆け巡った。麻衣の言葉、アルディアでの学び、境界術の発見。
「私には、まだ学ぶべきことがたくさんあります」慎一は答えた。「完璧な論理だけでは、真の管理者にはなれないことを理解しました」
エルダの表情が明るくなった。
「では、あなたの答えは?」
「皆さんと共に学び、成長し、新しい道を切り開きたいと思います」
その瞬間、議事堂の緊張が和らいだ。
「素晴らしい」マーカスが拳を握った。「それこそが真のリーダーの答えだ」
「しかし」慎一は続けた。「ヴォイダスの帰還に備える必要もあります。彼と対話する機会があれば、説得を試みたい」
「説得?」アズライトが疑問を示した。「500 年間孤独を選んだ方を?」
「はい」慎一は確信を込めて答えた。「彼も、かつては理想を持った管理者だったはずです。その理想を思い出してもらえるかもしれません」
コルヴァンの瞳に涙が浮かんだ。
「あなたのような方を待っていました」
「ただし、そのためには私自身がもっと成長する必要があります」慎一は謙虚に答えた。「皆さんの力をお借りしたい」
「もちろんです」エルダが微笑んだ。「私たちも、あなたから学ぶことがたくさんあります」
会議は建設的な方向に向かった。
ヴォイダス帰還への対策、境界安定化の技術開発、そして新しい統治システムの構築。すべてが議題として挙がった。
しかし、会議の終盤で、予期しない報告が届いた。
「緊急報告です!」
通信担当者が駆け込んできた。
「ドラコニア世界で大規模な境界異常が発生しています!」
マーカスが血相を変えた。
「我が故郷で何が?」
「詳細は不明ですが、世界全体のエネルギーバランスが崩れています」
慎一は立ち上がった。
「これは、理論だけでは解決できない問題ですね」
「おそらく、現地に行く必要があります」テクニカが同意した。
「では、私も同行します」慎一が申し出た。
「危険です」エルダが心配した。
「だからこそ、管理者として行くべきです」慎一は決意を込めて答えた。「机上の学習だけでなく、実践的な経験も必要です」
コルヴァンが頷いた。
「では、緊急派遣を決定します。田村管理者、マーカス代表者、そして技術支援としてテクニカ長老」
「了解しました」
慎一は初めて、管理者としての実践的任務に就くことになった。
アルディアでの学びが、早速試される時が来たのだ。
しかし、それがヴォイダスの計画の一部である可能性も、彼の心に重くのしかかっていた。
## 次回予告
**第 10 話「選択の時」**
ドラコニア世界に到着した慎一たち。しかし、そこで目にしたのは想像を絶する光景だった。
「これは...世界そのものが怒っている」
マーカスの故郷で起きている境界異常は、単なる技術的問題ではなかった。ドラゴン族の魂と世界の法則が共鳴し、制御不能な暴走状態に陥っていたのだ。
「物理学では説明できません」
慎一の理論的知識が通用しない現実に直面する。
「心で感じろ、新人管理者よ。ドラゴンの誇りを理解できるか?」
古老ドラゴンからの試練。そして、慎一が下すべき重大な決断とは?
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## 後書き
第 9 話では、物語の核心となるヴォイダス失踪の真相が明らかになりました。
コルヴァンの 500 年間の告白により、完璧な論理の追求が孤立を招いた悲劇と、それを止めようとした評議会の善意が逆効果になった複雑な過去が描かれました。
慎一の選択は明確です。ヴォイダスと同じ道ではなく、統合と調和の新しい道を歩む決意を示しました。この選択が、今後の物語展開の基盤となります。
また、ヴォイダス帰還の可能性という新たな脅威も提示され、物語の緊張感が高まりました。
次回は、慎一が初めて本格的な危機に直面し、理論だけでは解決できない現実との格闘が始まります。